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1章 笑みの奥の奇怪

「よし、じゃああいつが誰か知っているか。俺を襲っていた銀色の髪のやつ」魔法談義もよそにライナスは他に知りたいことを聞くことにした。

「レイ=ハミルトン。結構有名だけどあなた知らないの?」

「ん? そうなのか。」

「そうよ。炎魔法使いのレイ。サラマンダーの加護を受けてかなり強力な魔法を使うって話だけど。」

ーサラマンダー、4精霊の内の一つで炎を司るってやつか。


「んで、マリアも会ったんだろ。殺したのか?」

ーというよりは殺しあったというほうが正しいか……

そう言ってライナスはうかつを悟った。先に人の命を安く扱う人を、嫌いどころか大嫌いと言ってのけたマリアに対し放ってしまった言動の軽率さに後悔した。

案の定マリアは睨みをきかせてライナスを視線で刺していた。

「殺すなんて物騒なことを言わないで。丁重に焼き返したら逃げていったのよ」

「……すまん。」ライナスは悪事を見つかった子犬のように体を縮めながら言った。

「……ただ焼き返すってのも十分物騒な気がするが……」

「他に表現が思い浮かばなかったの」


ー確かにあのリフレクションなら可能かもしれない。自身を守りに徹していればまず死ぬこともないだろうし。

「まあ言い回しなんかはどうでもいいんだが……その……尊大な正義感を持っているマリアさんには申し訳ないが、やつがまた他の人を襲ったらどうするんだ?その時ころ……捕まえておかなくてよかったのか?」

「別にレイに関しては逃がしたくて逃がしたわけじゃないのよ。あなたが倒れてさえいなければ捕まえてしかるべき罪を受けさせようと思っていたのよ」

「うっ」ライナスは痛いところを突かれて目を背けた。自分がいなければマリアはライナスに回復などせずに捕まえることに専念できたことだろう。できたかどうかは別にして。

「それはごめん」

「いいのよ。君を救えたんだから」そういう穏やかな表情がライナスにはまぶしかった。


 しばらくライナスはマリアと話していて、自分のことも助けてくれたこともあり、悪い奴じゃなさそうだと感じた。そして今日初めて話した相手であったが、彼女のことを正義感の強いお人好しな娘だと悟った。


そんな彼女と話すことはライナスには貴重な体験であった。あたたかで風のささめく草原で日向ぼっこをするような、過ごしやすいものであった。彼は世の中を正す意味であっても人を殺すことで生計を立てている。そこに若干の疑問を持っており、彼女と話していて心が洗われるように感じた。


「俺もいろんな人の命を奪っているって言ったら……俺のこともつかまえるのか?」ライナスは心の矛盾を思わず吐露した。彼女ならもしかしたら自分のことを叱ってくれる、これからの道筋を正してくれるんじゃないかと思った。しかし思わぬ回答がライナスを唖然とさせた。


「あなたは「死神」ライナスでしょ。」

「えっ」ライナスは一転して背筋をひんやりと撫でられたように感じた。そして女神のような彼女の虚像がガラスが割れるように音を立てて崩れ去っていくのを知った。

「死神ライナス、有名で言ったらあなたのほうがレイよりもかなり有名ね。彼は最近名が挙がってきたような人だから」

「お前、俺のことをどうして知っている。」ライナスは声を荒げて言った。有名とは言っても裏稼業界隈のみでしかライナスは自身のあだ名を聞いたことがなかった。この世の陽の当たらないところでのみ動く彼の名前が表で知れ渡るはずがない。しかしマリアはライナスの疑問を無視しながら彼のプロフィールをつづけた。


断罪者コンビクターのひとりで名前はライナス=アゼルヴェイン。年齢は私と同じ18歳。アーセル村出身で、そこで得た召喚獣である黒龍ーファフニールーを操って罪を犯したものを断罪する。その高い任務達成率から言われ始めた名前が「死神」……でしょ?」

「おいっ!」

「あなたのことを捕まえるわけがないわ。この世界を正そうとしてくれているもの」

「いい加減にしろ!」テーブルを叩いた。記憶の外にあった空の陶器のコップが倒れて床に落ちた。幸い割れなかったようだ。だが今はそんなことどうでもいい。

「そんなに大きな声をあげないで。私のことなら……すぐにわかるわ。」マリアはかがんでそのカップを拾った。浮かべた笑みがふっとテーブルの影に隠れた。


 ライナスの家はガレニアという国の北部に存在する首都、王都ガレニアにある。より正確には城下町中心街からやや郊外にあたる人民街の裏路地の一角に位置する。王都では毎日交代で2回、太陽が最も高くなる時と日が沈む時にそれを知らせる鐘を鳴らす業務を持ったものが存在する。この日もライナスが名も知らぬその者は職務を正確に果たしているようであった。


 喧噪な雰囲気が漂っているライナスの家だが、そこにも例外なく、平和で穏やかな正午を告げる鐘が響いた。

気づいたようにマリアがすっと立ち上がった。

「おい。どうした。」ライナスはまた語調を強めた。

「時間だから」

「時間だと?まだ話は終わっていないぞ」


 ライナスは思わず彼女を掴もうと腕を伸ばした。しかし、ドンと見えない壁に指が当たり、弾き返された。

「言ったでしょう?誰も私を傷つけられないの」やや冷たいような、悲しいような眼をしてマリアが言った。

「それにあなたもこれから用があるはずでしょ?」

「おいしいコーヒーをありがとう。またねライナス」それだけ言って、マリアは悠々と部屋を後にした。部屋を出て、玄関を進み、外へと消えていった。ライナスはただそれを黙って後ろから見守った。


「またね……?だと?」

「なんだってんだ。あいつは。」マリアがいなくなった後に独語した。

ー私のことはすぐにわかるとはどういうことだ。新聞かなんかにでも載っているのか。


謎が解決したかと思ったら新たな謎が生まれてきた。そんなことを考えながら、ライナスは正午の鐘が鳴ったことに遅れて気づいた。

彼にはこれから向かうところがあった。

このことすら知っているマリアはやはり只者ではないようであった。

急いでカップを洗い場へと移し、着のまま外へでた。


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