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序章 炎が作る黒い景色

 ライナスは目の前に弱弱しく地に落ちたネックレスを手に取った。

「これが召喚器か。俺のとは違うな」眺めてつぶやいた。


 召喚器とは文字通り、召喚士が召喚のために使用する道具のことを指す。ライナスも一つだけ持っており、それは彼の服の裏の首の位置にぶら下がっている。色形は黒い真珠の形状をしており手で握れるサイズだ。魔力を込めるとたちまち黒龍ファフニールが召喚される。


 そして1つの召喚器から1匹の召喚獣が召喚される。しかし召喚器に関してはわかっていないことが多く、形状、数、召喚獣の種類などが分からないことに加え、なにより、たとえ召喚士といえど、異なる召喚器を手にしたところで必ずしも召喚できるわけではないことが、謎を際立たせている。


ーさっきの口ぶりから察するに、どうやらこいつは選ばれなかったみたいだな。チラリと先ほどまで会話していた黒焦げた下半身に目を向けるが、目に哀れみはなかった。


「さておれはどうかな?」その宝珠にぐっと魔力を込める。ぼうっと月の宝石は魔力を帯びて淡く光りだした。ライナスは今日一胸を高鳴らせ、瞳は映し出された妖光以上に輝きを見せた。


 たちまち陣が形成されるかと期待したが、何分か経ってもついにそれは現れず、ライナスの心とともに光は萎んでいった。


「くそっ!!」ライナスは宝石を地に投げつけた。それは草むらから一度だけ跳ね返ってどこかに消えた。

「また、はずれか!」ライナスはそのまま膝をついた。

「いったいいつになったら……」

「俺は……お前を蘇生できるんだ。」 少しの間、何も見えない虚空を眺めていた。



 ぼとりと上空から腕が落ちてきて、ライナスは気を取り直した。彼は仕事に戻ることにした。用意していた革袋を茂みから取り出すと、美しい女の一部であった腕を黙々と掴んで入れた。

ーにしても「こいつ」を襲っていた銀髪野郎はだれだ?レイとか言ってたが、かなりの炎魔法の使い手だった。

ーシルビアを狙ったということは、まさか、あいつも召喚器を狙ったのか?

 手慣れた手つきで袋の紐を縛るとライナスは手を止めた。遠くで火柱が立つのが見えたのである。

「あいつ、生きていやがったのか。」思わず声に出してから、急いで袋を肩に掛けた。


 火柱は遠くで何個も生成されて、ライナスを中心に円を描くように動いていた。そしてそれらが急激に取り囲んでくる。

「ファフニール!」ライナスは叫んだ。叫ぶと、上空から黒龍が現れ、下りてくる……はずだった。

竜が現れると同時に地上から1mほどの魔法陣とともにそこから生み出された大きな炎の矢が出現し、上空へと放たれた。それは下降する黒龍の右翼を貫き大穴を空けた。

「何!?」

黒龍がそのまま地へ堕ちた。壮大な地響きとともに、土まみれになった龍は恨めしそうにこちらを睨みながら、光の粒子と化して風に流れていった。


「遠くに炎があるからと言って敵が近くにいないとは限らないよ。」ライナスのすぐ近く後方で先ほど聞いた声が聞こえた。

「くそっ!まずい!」聞こえてきた方向に腕を向けようとした。しかし、動かそうとした右腕が熱かった。

ーない。 肘から下がなかった。気づいた時にそれは下から上へ斬り飛ばされており、どさっという音とともに、後ろで着地した。

「ぐっ!?」ライナスは右の上腕を抑え、溢れ出る鮮血を止めようとする。


「だめじゃないか。ちゃんと死を確認しなくちゃ。」左手に炎を纏った剣を携えた銀髪の青年を目にとらえた。

ーこいつは、まずい。まずいが……思考が追い付かない。

「死とは……だれしもが通る道だ。そして死に際したときこそが、人は最も本能に忠実に動き、醜く、そして美しい」炎剣を目でなでながら、淡々と話す。

「それを見ないなんて君は……全くもって落第点だよ。」

「じゃあ……さようなら」 冷酷な笑みを浮かべ、黒髪の青年に告げた。


 ライナスは距離をとろうとレイを見ながら下がろうとする。しかし、それよりも早くレイが手を向ける。しなやかに伸びた指先に小さな魔法陣が形成されるのがスローモーションで再生された。細い、鋭い炎の矢が陣からゆっくりと放たれていく。ゆっくりと、確実に炎が動き、空を切っている。それはライナスの腹の中心に触れ、周囲が焼け、肌がただれ、表皮を貫き、腹の中へとすすんでじんわりと熱を伝え、そのまま背中へと進み、最終的に抜けていった。ぱちんと集中力の切れたライナスは腹を手で押さえ、信じられないという表情で患部をみた。じわじわと赤く染まっていくそれを見ながら、ライナスは血を吐き、膝をついた。朦朧と景色が霞んでゆく。


ー死ぬ……のか。こんな簡単に。


 向き直ると更なる絶望が目に入ったが、それに対応する表情を作る間もなかった。無慈悲にも手をかざして、再度火球を放つレイの姿とライナスを覆う暖かな影が、彼が最後に見た光景であった。

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