約束
■ 数日後・昼・不動産屋
浅倉 「もう三日は落ち込んでいるね」
芽絵子「…孫一が記憶をなくした理由わかった気がします」
浅倉 「ふむ」
芽絵子「あのままでは助けられなかった」
浅倉 「つまり性格が記憶の積み重ねから生じるものだと仮定した場合 宗方孫一の人格が大室奈々美を助けたいという衝動の妨げとなっていたのか だから取り除いたと」
芽絵子「…わたし孫一と約束したんです 大室奈々美を助けるって」
浅倉 「…所詮霊との約束だ 反故にしたところで問題はない」
芽絵子は浅倉を睨みつける。
浅倉 「耐えなさい 一つの嘘がこの先たくさんの霊を救う」
芽絵子「でも二人は生きてるんですよ!?」
浅倉 「割り切りなさい 確かに今回は特殊なケースだったが深入りは禁物だ」
芽絵子「…儲けにならないからですか?」
浅倉 「違う 危険なんだ」
芽絵子「危険?」
浅倉 「例の地上げ屋死んだみたいだよ」
芽絵子「……」
浅倉「千馬鉄二の怒りを買ったのだろう きみが相手取ろうとしているのはそういう男だ」
間。やがて芽絵子は諦めるように言う。
芽絵子「…わかりました」
浅倉 「…多分わかってないでしょ」
芽絵子「先輩とはわかりあえない!」
浅倉 「…きみは金に汚いぐらいがちょうどいいんだけどなあ」
芽絵子「休暇をいただきます!」
浅倉 「…認められないといったら?」
芽絵子「労働者の権利だ!」
■ 同日・夜・千馬邸の前
道端でうずくまる芽絵子。
そこに孫一が現れる。
芽絵子「あたし子どもの頃犬猫感覚で幽霊を拾ってくる子どもだったの それで結構危険な目にあうことが少なくなくて困った両親はあたしを霊媒師的な仕事をしていた祖母に預けた そこでおばあちゃんと約束したの『お金にならない霊は絶対に助けるな』って」
孫一 「……」
芽絵子「それは無闇に関わるなって意味なんだと思うけど今考えると大雑把な基準よね」
孫一 「だが霊と犬猫の区別がつかない子どもにはわかりやすい基準だ」
芽絵子「はは 確かに」
孫一 「しかし貴様は一人の大人だ 自分で考えて答えを出せ 頑なに祖母の言いつけを守る必要はあるまい」
芽絵子「また説教?」
孫一 「どうにもな 務めて霊たちと一線を引いて接する貴様が辛そうに見える」
芽絵子「あたしあんたとの約束破ろうとしていた」
孫一 「一時の気の迷いだ しかし芽絵子はここに来た それが答えだろう?」
芽絵子の表情は決意の色が見えた。
芽絵子「それで? できたの孫一」
孫一 「とりあえず形にはなった」
孫一が差しだしたのは紙の束。
芽絵子はその中身を確認する。
芽絵子「…ご苦労様」
奈々美「…あなた何者なの」
芽絵子の後ろに大室奈々美が立っていた。
芽絵子「…大室奈々美さん一つお尋ねしたいことがあります」
孫一 「おい芽絵子!」
芽絵子「しっ黙って ーーどうしても腑に落ちないんです なぜあなたがリスクを冒してまで宗方孫一を合格に導いたか 少なくとも気紛れなどではなかった」
奈々美「なんのことかしら」
芽絵子「おそらくそれは一種の賭けでありあなたが表社会に残した最後の楔だった」
奈々美「……」
芽絵子「本当は彼に助けて欲しかったからではないですか?」
奈々美「お嬢さん過度な妄想は身を滅ぼすわ」
奈々美は立ち去る。
芽絵子はその背中に向かっていう。
芽絵子「覚悟しておいてください ブタ箱を掃除して待ってます」