幽霊不動産屋の仕事
■ 数日後・昼・道
芽絵子(M)「新人の仕事は外回りだ 例えば無許可の地縛霊を取り締まるのもあたしたちの仕事である」
花瓶が置かれた電柱
小さな女の子の霊が立っている。
芽絵子は冷たい視線でそれを見下ろす。
芽絵子「ちょっとあなた 誰の許可を得てここで地縛行為に及んでいるわけ?」
少女霊「…?」
芽絵子「最近この辺りで『出る』って問題になってるのよ あんまり勝手なことしてるとヴェルディで逝かすわよ」
孫一 「やめろ芽絵子! まだ小さな女の子だぞ!」
芽絵子「幽霊に大小なんてないの!」
孫一 「少女よ 一人で不安だったであろう? この女は粗暴だが悪人ではない お主の力になってくれる 共に参ろうぞ」
孫一と女の子手を繋ぎ歩き始める。
芽絵子「ーーチッ(舌打ち)」
■ 数日後・昼・とある民家
芽絵子(M)「この仕事で一番大変なのが費用の回収である」
孫一 「ここは?」
芽絵子「以前物件を紹介した故人の実家 今日はここで金を払ってもらう」
孫一 「目の色が違うな…」
芽絵子「当然! 実際に金が動くんだから気を引き締めていかないと踏み倒されるわ!」
孫一 「穏やかではないな」
芽絵子「霊が地縛した地縛物件の賃料は事後交渉で故人の親類に支払ってもらうことになる でもまず確実に霊感商法を疑われるわ だから故人のプロフィールやごく身内しか知らない秘密を盾に粘り強く交渉を続けるわけ …おそらく長い戦いになる」
孫一 「…それは脅迫ではないのか?」
芽絵子「科学的に証明する手段がないだけよ」
孫一 「おい だがそのように欲望剥き出しでは相手に警戒心を抱かせてしまう」
芽絵子「うるさい あんたは黙って見てなさい」
芽絵子は玄関のチャイムを押す。
× × ×
芽絵子(M)「数時間にわたる大立ち回りの末どうにか金の回収に成功した 3割引で…」
× × ×
■ 翌日・昼・とあるアパートの一室
芽絵子(M)「地縛霊というのは極論いなくても良い存在だ あたしたちはそれでも未練タラタラの彼らに地縛場所を紹介し続ける それが弔いであり人らしく消えていく唯一の方法だからだ」
サラリーマン風の中年男性の霊・霊1とチャラチャラした若い男の霊・霊2が言い争っている。
霊1 「わたしが草葉の陰から 娘を見守っている隣で 毎日どんちゃん騒ぎですよ!」
霊2 「知らねーよ おれっちは天に召されるまで騒ぎ明かすって決めてんだ!」
芽絵子(M)「地縛霊同士の騒音トラブル よくあることだ 一銭にもならない案件なので早急に処置する」
芽絵子「……」
無言でスマホからヴェルディを再生する。
言い争っていた二人がヘナヘナと床にへたり込む。
曲を止めて手元の契約書を確認する。
芽絵子「ご契約時に説明した通りここは『重複地縛可』の物件です 複数の霊体が同じ部屋に地縛することが稀にあります また人間に迷惑をかけない限りはどんちゃん騒ぎも問題ありません」
霊1 「そんな…」
芽絵子「結局当人同士の話し合いで解決してもらうしかありません」
霊2 「えー おれっち話合いとかだりー」
芽絵子「あんまりわがまま言うとーーヴェルディで逝かすわよ?」
孫一 「まあ待てメスヤギ」
芽絵子「誰がーーっ」
孫一 「貴様は(霊1)三度の飯より酒が好きだと書いてあるな」
霊1 「まあ腎臓やって逝くぐらいには…」
孫一「辛い闘病生活であったことは想像に難くない だが時間と肉体の拘束から解き放たれた今なら自由に呑み喰らうことができるのではないか? どうだろう一席設けてみては」
霊1 「一席…?」
孫一「そう二人で朝まで呑み明かすのだ!」
霊1・霊2「(驚愕)ーーなっ!」
孫一 「『重複地縛可』の物件を選んだのは一人で地縛することが不安だったからではないか? 貴様らの畏れや寂しさは同じ霊としてわかっているつもりだ」
芽絵子「ふんっ…」
孫一 「なに 腹を割って話してみないことにはわかるものもわからない」
霊1 「し しかし…」
孫一 「ならばおれも同席しよう! おれも同類と酌み交わしてみたかった所だ!」
霊2 「…おれっちは酒さえ飲めれば何でもいいっすよ」
霊1「まあ不動産屋さんがいてくれるなら…」
孫一「話は纏まった!共に騒ぎ明かそうぞ」
芽絵子は不満げな表情を浮かべる。
■ 同日・夕方・帰り道
孫一 「あのような冷たい言い方をしなくても良かろう」
芽絵子「酒飲んで手打ちって時代錯誤も甚だしいわ」
孫一 「だが通り一遍のやり方では解決できる問題もできなくなってしまう」
芽絵子「効率を上げようとしただけよ それにどちらかが地縛場所を移る場合はまたウチにお金が落ちるかもしれないじゃない」
孫一 「芽絵子 そのようなやり方で金を儲けてはダメだ」
間。
芽絵子「あたしは幽霊と飲み会なんて死んでも嫌だから」
孫一 「それに関しては死んでみんことにはわからんな! がはは!」
芽絵子「……」
孫一 「とにかく人間思いやりが肝心よお」
芽絵子は思い切り顔をしかめた。
× × ×
その後も行く先々で二人は衝突を繰り返した。
× × ×