幽霊不動産屋
■ 昼・不動産屋
とある不動産屋。
不動産屋店員・加村芽絵子に連れられて一人の男が入ってくる。
芽絵子「先輩お客さん拾ってきました!」
浅倉 「加村くん…拾ってきたはないでしょう… どうぞこちらでお待ち下さい」
芽絵子の先輩・浅倉は席をすすめる。
男・宗方孫一は
芽絵子はその対面に座り名刺を差し出す。
芽絵子「わたくし加村芽絵子ともうします 本日はどのような物件をお探しですか?」
孫一 「…物件?」
芽絵子「こちらなどいかがでしょうか? 青山霊園! 夜は墓場で運動会ですよ! あとはこちら樹海! 生前は都会でバリバリ働いていた方に人気ですね! 逆に海の近くはあんまりおすすめしていなくて潮風に当たるといつの間にか成仏しちゃうんですよ! あははーって洒落になんないか」
浅倉 「加村くん」
芽絵子「あ ごめんなさい つい喋りすぎちゃって… それでは改めてどのような場所で地縛霊になるのをお望みですか?」
孫一 「…地縛霊?」
芽絵子「はい幽霊不動産『ホーンテッド』はこの世に未練のある霊の方々に地縛して良い物件『地縛物件』を紹介する 地縛霊専門の不動産紹介業社です」
孫一芽絵子の名刺を見る。
幽霊不動産『ホーンテッド』と。
ここで初めて孫一の姿が見える。
幽霊だとわかる風貌をしている。
孫一 「おれは死んだのか?」
芽絵子「お見受けしたところそのようですね あでもお綺麗ですよ! 内臓とか目玉とか飛び出してないし…」
孫一 「おれは…おれは死んでねえええ!」
ポルターガイスト。
備品が飛び交い次々と壊れる。
芽絵子「ぎゃあ先輩助けてください! 自分の死を受け入れられないパターンです! あ また仕事中にマインスイーパーやってる!」
浅倉「今手え離せないから自分で何とかして」
芽絵子「そのつもりです!」
芽絵子はおもむろにラジカセを取り出す。
荘厳なクラシックが流れ始める。
次第にポルターガイストが止んでいく。
孫一 「…おお …うおおお」
芽絵子「ジェゼッペ・ヴェルディのレクイエム『怒りの日』あなたたち幽霊にとっては毒でもあり薬でもある 落ち着いた?」
孫一 「ああ…」
芽絵子「あんまり聞きすぎると成仏しちゃうから」
ラジカセの停止ボタンを押す。
芽絵子「とりあえず名前を教えてください」
孫一 「名前… ーー宗方だ… 宗方孫一」
芽絵子「…随分古風なお名前ですね」
孫一 「貴様はメスヤギみたいな名前だ」
芽絵子「どうせ初孫のくせに!」
浅倉 「芽絵子くん…お客さんと喧嘩しないでよ…」
芽絵子「他は!? 他にはおぼえてないんですか!?」
孫一 「以上だ」
芽絵子「もしかして名前しか思い出せない?」
孫一 「そうだ」
芽絵子「ええ…どうします?」
浅倉 「ちょっと手が離せないからマニュアル見て」
芽絵子「給料泥棒! えーっとえーっと『記憶に混乱が生じるケースは少なくありません 根気強く対話を繰り返しましょう』? めんどくさいー」
しばらく芽絵子はマニュアルを読み続ける。
やがて意を決するようにいう。
芽絵子「お引き取りください」
浅倉 「芽絵子くん…」
芽絵子「慈善事業じゃないんです 記憶がない以上料金の支払いもままならないでしょう? ただでさえお金の回収が難しい仕事なのに」
浅倉 「芽絵子くんは金に汚いなあ」
芽絵子「誰が回収すると思ってるんですか! 先輩はいつもそこに座って 来る日も来る日も パソコンに最初から入っているゲームばかりやって! 最近のゲームもやったらいかがですかあ!?」
浅倉 「今ざっと調べてみたけどここ数週間に宗方孫一という人物が死んだ記事はない」
孫一 「メスヤギ貴様より有能そうだ」
芽絵子「…う うるさい!」
浅倉 「万が一事件性のある死因ならばきみだけの問題ではなくなる… そうだ! 記憶が戻るまでここで働いてもらうというのはどうだろう」
芽絵子「はああ? 断固反対! 幽霊が地縛霊の世話するなんてきいたことない!」
孫一 「だからおれは死んでいないと…」
浅倉 「記憶が戻ればその辺りもはっきりするでしょう?」
孫一 「むう…」
芽絵子「反対! 反対!」
浅倉 「芽絵子くんは 特別報酬が出るよう上に掛け合ってあげよう」
芽絵子「なっ! …仕方ないですね 孫一! 厳しくいくから! 癇癪だけは起こさないで」
孫一 「…メスヤギ先輩」
浅倉 「…芽絵子くんは本当現金だね そういうところ嫌いじゃないよ」
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芽絵子(M)「別に金に汚いわけじゃない それはあたしの判断基準の一つでありおばあちゃんとの約束だ 大切な約束だ」
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