お客さん【狐人族の女の子】の場合 その2
“カランカラーン”
道具屋【ラーフ】のドアベルが今日も軽快な音を鳴らしてクロエさんへお客さんの来店を伝えます。
「クロエさん、こんにちは」
大きな狐耳と二本の尻尾をピコンと揺らし、狐人族の女の子が入店と共に挨拶してきます。
少し前にこの町へ引っ越してきて以来の常連客、リリンさんです。
クロエさんは難しい顔で希少薬草の入手をどうすれば良いのか考えていたのですが、それを中断して笑顔で返事をします。
「いらっしゃいリリン、聞いたわよ」
「え、何をですか? もしかして私、いつの間にかやらかしてなんか変な噂でも立ってますか!?」
とクロエさんの言葉にリリンさんは咄嗟に過剰反応しちゃいました。
性格なのか過去に何かあったのか、どうやらリリンさんは周りの噂を気にしてしまう質の様です。
「大丈夫よ、『頑張ってる』とか『真面目』とかそう言う良い話しか聞いた事無いわよ。 あ、あと『可愛い』ってのも多いわね」
「かかか可愛いって!? だ、誰ですかそんな事いうのは! まったく……ほんとに……もう!」
可愛い呼ばわりに怒った素振りをしますが、それとは裏腹にすっごく嬉しそうなリリンさんです。
耳も尻尾も忙しなくピコピコぶんぶん振られちゃってるのが喜んでる証拠ですね。
「そうじゃなくて、この間のスタンピードの事よ。 貴方達のお陰で町が助かったわ。 ありがとうね」
「い、いえ、私は当然の事をしたまでです。 それに実を言うと私達以外のPTが凄かったので、その人達こそが町を守った功労者なんです」
「例え本当にそうだったとしてもよ。 ありがとうリリン」
本当にリリンさんが言う様に殆どの戦闘を他の人達がやったとしても、それでもリリンさんが町を守る為に自分の命が危ないにも関わらず戦ってくれたと言う事実は変らないのです。
なのでクロエさんは心の底から感謝します。
「えへへ………あ、いえ、なんでもありません」
クロエさんの真摯なお礼にニヘラっと様相を崩して喜んだリリンさんですが、しかし何故かハッと気が付くとすぐに真顔に戻って喜んだ事を隠して冷静を装いました。
……なんで隠す必要があるのかは分りません。
ただし、やっぱり尻尾も耳もぴこぴこぶんぶん動いちゃってるのでバレバレなのはご愛敬です。
「ところでクロエさん、何だか難しい顔してましたけど何かお困りですか?」
冷静を装って上手く誤魔化した筈なのにクロエさんに生暖かく見守られちゃってる事に気が付いたリリンさんは強引に話題を逸らす事にしました。
それに本当に気になってた事でもありますしね。
「ああ、そうだリリン、【ゲール草】とかの希少薬草が生えてる所をしらないかしら? こないだのスタンピードの影響で希少薬草の群生地がダメになっちゃったから困ってるのよ」
クロエさんもリリンさんに聞かれたのでなんとなく言ってみただけなのですが、実は妖術師は魔法を使う為の触媒作りに様々な植物を使うのでもしかしたら何か知ってるかも、と少しだけ期待してもいました。
ですがリリンさんの反応は予想とは違い――
「え…………もしかしてスタンピードの向きを逸らした方向に……? ごめんなさい、私のせいだ。 どうしよう……」
――と、見るからに真っ青な顔色で狼狽え出しちゃったのでした。
別にそもそもクロエさんは群生地が向きを逸らした先に有ったとか一言も言ってないんですけどね。
「ちょっと待ちなさいリリン。 別に貴方のせいじゃないわよ」
「いえ、違うんですクロエさん。 逸らす向きは私が決めたんです……その方向なら集落とかは無いはずだからって……」
「そう、良くやったわ。 私は貴方を誇りに思うわ。 リリン、だから貴方が責任を感じる様な事は何一つ無いわ。 胸を張りなさい。 この先誰に何を言われたとしても、よ」
クロエさんは初めて会った時から感じて居た事ですが、どうやらリリンさんは他人からの評価に凄く臆病な所があるようです。
しかしそんな難儀な性格なのに今回非常に目立つ事をしてしまい一躍時の人になってしまいました。
本人としてはもう気が気じゃないのでしょう。
だからクロエさんのちょっとした一言でもそこから色々と連想して、そして自分を責めてしまったのです。
なのでクロエさんは真っ直ぐにリリンさんの目を見て、そして諭す様にゆっくりと、はっきりと『貴方は凄い事をしたよ。 誇りにして良いんだよ』と教えてあげます。
そうする事で切羽詰まって涙目であーでも無いこーでも無いと言って自分を責め続けているリリンさんに、町を救った、人の為になる事をした、と言う自信を持って貰おうとします。
それでもやっぱり自信が持てないのか、オロオロと視線を彷徨わせるリリンさんへクロエさんはただただ静かに真っ直ぐ目を見続けます。
これ以上言葉は要らないと言わんばかりに優しく目を見続けると、次第にリリンさんの動揺も収まって来ました。
そしてそんなクロエさんの姿にリリンさんはずっと張り詰めていた緊張が不意に解けてしまって、解けてしまったが最後、涙が止めどなく溢れてぽろぽろぽろぽろ頬を伝ってこぼれ落ちていってしまいます。
「あ、ありがとうごじゃいましゅ。 ぐろえざん」
その涙をクロエさんはそっとハンカチで拭いながら少し場違いな事を思うのでした。
いくら泣きながらとは言え『ぐろえ』は酷い……と。
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~暫く後~
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「……えーと…………目にゴミが入りました。 ところで【ゲール草】ですね。 生えてる場所は分りませんが売ってくれる場所なら知ってます」
ゴシゴシと袖で涙の跡を拭いてリリンさんはどう頑張っても無理な言い訳で泣いた事を隠そうとします。
こう言う所も素直に泣いたなら泣いたと言える様になれば安心なんですけど、まだそうもいかないようです。
それはそれとして、クロエさんはリリンさんが凄く重大な事を言った事が気になりました。
「売ってる場所? でも工房都市から来た貴方なら知ってると思うけれど、あっちは去年の流行で在庫もろとも使っちゃって売ってくれる程は持ってない筈よ」
「はい、そこじゃなくて森の人達です」
「森……確かにエルフ族は持ってるでしょうけど、伝手が無いから交渉が出来ないのよ」
(あ、でも少し前に一度だけ女の子と一緒にエルフが来た事あったわね。 とは言っても、結局何処に住んでるのか知らないから伝手には出来ないのよね)
「私もエルフの知り合いは居ないのでそこは諦めるとして、他にもゴブリン族とかオーク族とかが売ってくれるんですよ。 私、時々買いに行きますもん」
「それは盲点だったわ! 確かに彼らからなら買えるかも知れないわね。 さすがよリリン。 でもどうやって買いに行けば良いかしら」
「はい! ……あ、いえ、褒められる様な事ではありません。 そうですね、彼らの集落へは街道が繋がってる訳では無いので冒険者に依頼するのが良いんじゃないでしょうか?」
クロエさんに褒められてリリンさんは一瞬喜びましたけど、だけどすぐにそれを隠してしまいます。
そしてまたしても隠しきれずに尻尾がふるふる動いちゃってる状態でスッと無表情で買い付け方法を提案してくれます。
「そうね。 それしか無さそうだけど、その方法だと高く付いちゃうわね。 まあその辺は商業ギルドと掛け合ってみるしかないか……。 なんにせよ希望が見えて来たわ。 リリン、ありがとうね」
「うふ! ……あ、いえ、お礼を言われる程の事ではありません。 そうだ、私のPTが定期的に買い付けに行くって言う手もありますよ」
クロエさんのお礼の言葉にリリンさんは一瞬喜んで笑ってしまったのですけど、またすぐに表情を取り繕って隠してしまいました。
「んー、それはさすがに悪いわ。 でも、もし他に受けてくれる冒険者が居なかったらお願いするかもしれないわね。 その時はしっかり報酬も払うし受けれそうだったらで良いからお願いするわね」
「はい、お任せ下さいな」
と、リリンさんは意外とある胸をドンと叩いてクロエさんに得意顔で返事をするのでした。