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お客さん【リザード族の女の子】の場合 その2


 “カランカラーン”


 道具屋【ラーフ】のドアベルは今日も軽やかな音を響かせてクロエさんへお客さんの来店を伝えます。



「クロエさん大変だ!」



 ですが今日はどうやらお店へのお客さんでは無かった様です。


「そんなに慌ててどうしたのかしら?」


 焦った声で話し掛けて来た相手は近所で主に魔導具を扱った店を経営している犬人族の男性でした。

 クロエさんは作業していた手を止め、その相手に返事をします。

 少し前に別のお客さんから買い取った物をこのまま売っても大丈夫か調べていたのです。


「ああ、クロエさん大変なんだ! 落ち着いて聞けよ? いいか? 落ち着いたか? 落ち着いたら言うぞ?」


「貴方が落ち着いた方が良いと思うのだけれど、良いわよ」


 どう考えても本人が一番焦ってるのに落ち着けも何も無い物です。

 クロエさんは逆に男性へ落ち着く様に促してから続きを待ちました。


「実はな……スタンピードが起こったらしい!」


「何ですって?」


 スタンピードとは魔物の集団暴走の事です。


 何らかの理由により大量の魔物が一斉に移動しだしてしまうのですが、原因は色々ありすぎて一概には言えず、防ぐ事は難しいのです。


 一部の理由だけでも言うと、森の奥で増えてしまった魔物が食べ物を求めての大移動だったり、森林火災からの脱出だったり、上位の魔物からの逃避だったり、本当に色々な理由で始まってしまうのです。


 そしてそれは規模が大きくなれば人では到底止める事など出来ません。

 場合に依っては村や小さな町位踏み潰してしまう程の被害をもたらします。


 ですからクロエさんは咄嗟に逃げなければならないかもと逃げ先を考えます。

 何せクロエさん達が住んでいる新市街は丸太の塀で囲まれてるだけの余り守りに信頼の置けない場所なのです。

〈なんで町を囲う外壁がただの丸太かと言うと、新市街地を早く安く作る為に予算削減と工期短縮を兼ねて当時の代官がそう決めちゃったのです。 要するに一言で言うと、手抜きです!〉


「旧市街なら大丈夫そうだけど、入れてくれるかしら?」


〈対照的に旧市街は古い時代に建てたのですが、しっかりとした石壁で囲われています〉


 いくらスタンピードとは言っても旧市街を囲ってる石壁の中なら安全かな?

 とクロエさんは考えましたが、犬人族の男性の次の言葉でそもそも逃げなければと思ったのは杞憂だったと知ります。


「ああ、心配するな。 スタンピード自体はBランクPTの『神官潰し』とCランクの『火焔の道』、それに他にも最近この町で活動しだしたCランクの狐人が中心になってるPTが一緒に対処して向きを逸らしたから町は安全だ」



「そう、なら安心ね。 『神官潰し』と『火焔の道』の方は面識ないけれど、Cランクの狐人はリリンかしら? 今度来たらちゃんとお礼を言わないといけないわね」


 スタンピード自体を止められた訳では無いのですが、なんと進行方向をずらしてくれたと言うじゃないですか。

 町に向かって来ていたら町の存続自体を揺るがす大災害になってたかもしれません。

 それを未然に防いでくれたと言う冒険者達にはいくら感謝してもし足りない位です。



「いや、安全だが安心じゃ無いんだ。 それというのも偶然魔物が通った場所が貴重な薬草類の群生地でな、丸々全部パーになったらしい」



「え……なんですって!? それは落ち着いてる場合じゃないじゃない! 暫くは備蓄があるけれど……来年までは持たないわよ」


 貴重な薬草と言えば『上級回復薬』や『病気の治療薬』果ては『魔術触媒』に至るまで多種多様な物の素材になる薬草なのです。

 その群生地が全滅したとなれば冒険者は言うに及ばず、町全体で非常に困る事になるのでした。

 特に重要なのが『病気の治療薬』になる【ゲール草】と言う薬草です。

 これが無い間に流行病でも起こってしまえば町は大変な事になるでしょう。



「ああ、うちも同じだ。 それに、一度踏み荒らされた群生地で来年以降も薬草が採れるとは限らんしな……」



「どうしましょう……。 困ったわね」


「一応商業ギルドが薬草の群生地を探す依頼を出す事に決めたんだが、早々見つかるとも思えない」


「そうね。 そんなすぐに見つかる場所にあるのならもう発見されていてもおかしく無いものね」


「ああ、それともう一つ悪い話だが、去年工房都市とその向こうの王都で流行病が起こったのは覚えてると思うが、そのお陰でどの町も品薄だから取り寄せも期待出来ない」


「ええ、覚えているわ。 運が悪いわね」


「とにかく俺も伝手を頼って何とか仕入れられないか当ってみる。 クロエさんも頼んだよ」


「分ったわ。 私も何か手を考えておくから何か進展があったら教えて頂戴」


 そう約束を交わし、犬人族の男性は他の人の所へと話を伝える為に去って行きました。





~~その日の夜~~





「クロエさーん、聞いた聞いた? あ、こんばんは」


「こんばんは、聞いたわよ。 貴方、依頼の品をスライム踏んで滑って転んで壊したそうじゃない」


 元気一杯にドアを開けて入って来たリザード族の女の子にクロエさんは挨拶代わりのジャブを放ちます。

 実は店の常連からリザ子さんがつい先日すっごいドジ踏んで依頼の失敗をしたと聞いたばかりだったのです。

 その常連はリザ子さんとも仲が良い人なので面白可笑しく失敗談を話していったのでした。


「ち、ちが! あれは違うんです!! わたし悪く無いんですってば! って言うかなんで知ってるんですか!? と、とにかくそんな事は忘れて下さい!」


「ふふふ、分ったわ、冗談よ。 で、スタンピードの事でしょう? 聞いたわ。 凄く困ってるのよね」


 “困ったわー”とクロエさんは自慢の深緑の髪の毛先をいじりつつ面白くなさそうに溜息を吐きます。


「あれ、町には来なかったのになんか困る事があるんですか?」


 リザ子さんとしてはこの町の冒険者達が大災害を未然に防いだって話で盛り上がろうと思って来たのに何だか予定と違う感じです。


「そうね。 たまたまでしょうけど、丁度魔物が通った場所が希少な薬草の群生地だったらしくてね。 このままだと病気とかの薬が来年まで持たないのよ」


「おぉぅ、それは困りますね!」


「うん。 んー……本当に分ったの?」


 すっごく困るって説明した筈なのにあっけらかんと気楽な返事をするリザ子さんにクロエさんは毒気が抜かれちゃいます。

 困った困ったと悩んでる自分が何だか馬鹿みたいに感じちゃう程のさっぱり感です。


「大丈夫ですってー、ちゃんと分ってます。 でも無いなら他から持ってくれば良いと思うんですけど!」


「それが他の町も品薄で売ってくれないのよ」


「ありゃ、そうなんですか」


「そうだ。 貴方、冒険者仲間で何とか出来そうな人知らない? 知ってたら一声掛けてくれないかしら、【ゲール草】って言う種類の薬草よ」


 と、クロエさんはリザ子さんへ一見無茶振りしてる様に感じる事を言ってみます。

 ですが、これでも一応可能性はあるのです。


 希少薬草はそれなりに高く売れます。

 そしてそんな薬草の群生地をひっそりと見つけて自分達だけの秘密にしてる冒険者というのは意外な事にそこそこ居ます。

 群生地を独り占めしても一攫千金という程儲かる訳では無いのですが、駆け出しから中級辺りの冒険者にとっては結構美味しい副収入なのです。


「うーん、【ゲール草】を隠してそうな人は知らないかも。 だけど一応それっぽい人に声掛けてみますね」


 リザード族の女の子は薬草を定期的に売ってる人を何人か思い浮かべてクロエさんへ了承の返事をしました。

 ただ、その人達が【ゲール草】を持って来た事は無かったと思うのですけれども。


「ありがとう。 頼んだわね」


「わっかりましたー! で、話は戻るんですけど聞きましたか!?」


「はいはい、今度は何かしら?」


「だからスタンピードを逸らしたPTの事ですよ! 『火焔の道』って今一番ホットなPTなんですって! 火焔なだけに!」


「…………んー、今日は冷えるわね。 雪でも降るのかなっと」


「酷い! で、そこのローナって人が火焔魔法を使う度に辺り一面火の海にしてバッタバッタと魔物を倒して行くんですよー! 感動しました!」


 と、リザ子さんはナチュラルに親父ギャグを混ぜつつまるで見てきたかの様に言っていますが実は全然違う所に居たので見た訳ではありません。

 そもそもリザ子さんはローナさんを遠目にチラッと見掛けた事があったような無いようなと言う位、まったく接点の無い間柄です。

 同じギルドに所属していても会わない人とはまったく会わない物ですからね。


「へえ、凄いのね。 私も一度見てみたい物ね」


「おー、クロエさんでもそう思うんだね」


「あら、何かおかしいかしら?」


「おかしいって訳じゃないけど、なんとなくそう言う魔法とかにクロエさんは興味ないのかと思ってた」


「そんな事無いわよ。 若い頃は大魔法使いに憧れたりする普通の子供だったわよ。 それにラミア族って結構魔法と相性良いのよ?」


 ピッピと杖を振るフリをしながらクロエさんは小さな時の夢をあかします。

 この辺境の地では小さな女の子が見る夢のトップ三にあげられる程、大魔法使いはありきたりな夢だったりします。

 何故なら親が子供に聞かせるおとぎ話で、勇者の英雄譚と並ぶ大人気のお話に女の子の大魔法使いの冒険譚があるからなのでした。


「へー、クロエさんにもそんな純粋な頃が有ったんですねー」


「へぇ、今は純粋じゃないと……良い度胸ね。 今日から貴方には三倍の値段で売る事にするわ」


「ぎゃー、冗談、冗談ですってー! 許して下さいよー」




 スタンピードであわや大災害が起こったかもしれないと言うそんな時も、結局の所いつも通りの軽口を言い合って日常は過ぎていくのでした。



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