お客さん【狐人族の女の子】の場合
“カランカラーン”
道具屋【ラーフ】のドアベルが今日も軽やかな音を奏でてクロエさんへとお客さんの来店を伝えます。
それ自体は普段通りの事ですが、しかし今日のお客さんはひと味違いました。
いつもの筋骨隆々の鬼人族や人族、熊人族や虎人族の男性が入って来た事を想像して居たクロエさんは内心で驚きますが、それをおくびにも出さずに普段通りの態度で挨拶します。
「いらっしゃい、うちに狐人族のお客なんて珍しいわ」
そうなのです。
本日来店したお客さんは頭に金色のふさふさした毛が綺麗な大きい三角形をした特徴的な耳を付けた狐人族の女性だったのです。
しかも尻尾はふさふさもふもふのが二本も付いてます。
尻尾が『もっさもさー』と振られ、耳も『ふぁさ、ふぁさ』と動きクロエさんの意識を釘付けにします。
ちなみに狐人族の尻尾は狐人族の中でも付いてる人種と付いてない人種がいます。
さらに人種によって尻尾の本数も違うし、耳や尻尾の色も金や銀で違うので狐人族はかなり多様な種類に別れる人種の一つですね。
そして今日のお客さんは金色の毛で尻尾が二本あるんで『二尾金狐人』って事になります。
種族名が長いですね。
そしてもう一つ付け加えるなら、狐人族の女性は魅惑的でミステリアスな大人な色気を湛えた妖艶な人ってイメージがわりかし多くの人に有るのですが、彼女達も普通に人の子です。
なので大抵の場合妖艶な女性になんてなりません。
至って普通の女性です。
あと、髪の毛は金狐人って人種だったとしても金髪な訳では無くて色々います。
今回来店した方は濃い茶髪です。
「こんにちは、ラミアのお姉さん」
狐人族の女性、と言うよりもまだ女の子と呼んだ方がしっくり来そうな若い子はクロエさんにペコリと礼儀正しくお辞儀して挨拶します。
「はいはい、こんにちは。 それで、何かご用かしら?」
「はい、実は私、この度隣の工房都市から移ってきたCランク冒険者なんです」
「あら、その若さでCランクなんて凄いわね」
クロエさんは狐人族の女の子の言葉に素直に感嘆の声を返します。
実際にCランクはかなりの実力が無いとなれない上級冒険者と呼ばれる階級なのです。
「いえ、私なんてまだまだです。 お師匠様は私の歳にはすでにAランクに手が届きそうな位置にいたと言います。 私も負けない様にもっと気を引き締めて頑張らなければいけせん」
狐っ子さん口では“まだまだです”と言いつつも、クロエさんに褒められたのが嬉しいのか表情と口調こそ全く変らないのですが、大きな耳とふさふさな尻尾が『ピコン!ピコン!』と嬉しげに動いちゃってます。
「ふふふ、それで今日は挨拶周りに?」
「はい、それもあります。 ですけど本題はこれから活動する為に色々と入り用になるんでそれを揃えられるお店を探していたのです。 その話をギルドへした所、こちらが信用出来るお店だと紹介して頂いたので来てみたのです」
「そう、そう言う事なら一応喜んでおくわ。 でも見ての通りうちは普通の雑貨屋よ。 Cランクが欲しがる物が揃うかしら?」
「そうなのですか? 少し見て回っても宜しいでしょうか?」
狐人族の子がそう聞いて来たのでクロエさんは手振りで“どうぞ”と示します。
それを受けて狐人族の子も、それまでの普通の女の子っぽい顔から一気にCランクの上級冒険者の顔へ切り替えて店内の品揃えや品質を見て回りはじめました。
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最初こそクロエさんも一緒に見て回って居たのですが、途中で他のお客さんが来たのでそちらの対応をしなければならなくなり別れます。
しかもそのお客さんが初心者の癖に無謀な獲物を狩りに行くと言い出したので辞める様に説得し、身の丈に合った獲物を色々説明して必要な商品も用意してあげてと手が放せなくなってしまいました。
暫くの間無謀なお客さんに掛かりきりになってしまいましたが、やっと会計が終わり一息ついた頃に狐人族の女の子が戻って来ました。
「先ほどのお客さんとずいぶんと話し込んでた様ですが、どうかしましたか?」
狐人族の子はクロエさんが真剣な顔で何やらお客さん達にあれこれ説明していたのを不思議に思い聞いてみます。
「なんでもないわよ。 ただ、あの子達がEランクの癖にビックボアを狩りに行くんだと息巻いてたからドード鳥にしときなさいと教えてあげただけよ」
何事も自己責任な冒険者家業です。
若手の冒険者の中には早く初心者と言われるFやEランクを抜け出そうと無茶をして、そして取り返しが付かない失敗をする者も少なからず居ます。
狐人族の女の子も自分では慎重な方だと思っては居ても、それでも致命的では無い程度の失敗なら嫌と言う程経験してきました。
なのでクロエさんの様に無茶を忠告してくれる人が居ればどんなに良いだろうかと思った事は一度や二度ではありません。
しかもクロエさんは代案まで教えてあげてると言うのですから狐人族の女の子はただただ感心するのでした。
「それはまた……ずいぶんとお優しいのですね」
「そんな訳ないじゃない。 私はうちのお客に勝手に死なれたら売り上げが減るから身の丈に合った獲物を教えてあげてるだけよ。 ついでにドード鳥を狩る為の道具も売れるしね。 ……勝手に死ぬなんて許さないわ」
「あはは、このお店のお客さんになったら勝手に死ぬ事も出来ないんですね。 厳しいお店です」
何処か気怠げで心底どうでも良いと言いたげな態度と言葉とは裏腹に、クロエさんからどこまでも相手を心配していると言うそんな雰囲気を狐人族の女の子は感じ取りました。
「そんな事より、品揃えはどうだったかしら? 一応狐人族が使う妖術用の触媒も置いてあるけど、あんまり売れないから数は揃えてないのよね」
「いえ、正直驚きました。 工房都市の時に贔屓にさせて頂いていたお店より品揃えが的確ですし、何より品質がしっかりしています。 ……所々何だか良く分らない物も置いてありましたが……」
「ありがとう、そう言って貰えるとうれしいわ。 ……後、良くわからない物は私にも何だか分らないわ。 両親の命令で仕方無く置いてあるのよ」
「そうなんですか……。 あ、とりあえず今日はこの【小熊犬の尻尾】と【三角コウモリの羽】を二十個ずつ下さい。 あと【アールの触媒水】も三本お願いします」
「はいはい、あら? だけど触媒水はアール製よりミーリア製のが良いわよ?」
「え、そうなんですか!?」
触媒水とは様々な妖術を使うのに必要になる素材の一つなのですが、妖術使い自体がそれ程大勢居る訳では無いので作っている所が少なくて、この辺りの町では選択肢がアール工房製かミーリア工房製位しか無いのです。
そんな中、特に若い女の子の妖術師を中心にアール工房製の触媒水の方が色も綺麗で値段もほんの少しだけ安いので人気が高いのです。
そして狐人族の女の子も例に漏れず『色が綺麗だし』と言う理由だけでアール工房製を愛用していたのでした。
ちなみにアール工房製は澄んだ青色、ミーリア工房製は白く濁った濃緑色です。
「ええ、たしか一昨年の『妖術の夜明け』って本に比較表が書いてあったわ」
「え、その本持ってるのですか!? 毎年一回国際妖術師協会が発行してる本ですよね!? ずーっと読みたいと思ってた本です! すっごく人気ですぐに売り切れちゃうから買えた事無いんですよ! 高いですし……」
「そうなの? なら今度探しておくから買い物に来たついでにとかだったら読んでいっても良いわよ」
「ほんとですか!? ありがとう御座います! うれしいなぁ。 あ、じゃあアール製はやめて【ミーリアの触媒水】三本下さい」
と、注文を修正しつつ狐人族の子は店内から持って来た他の商品を会計の為にカウンターに並べました。
「はいはい、お買い上げありがとうね。 はい、これが【ミーリアの触媒水】よ。 全部で銀貨四枚と銅貨十五枚ね」(大体43.750円位)
クロエさんはカウンターの奥から触媒水を取り出して並べながら値段を計算して狐人族の子へ伝えました。
可愛い子だし礼儀も正しいから少し安くしてあげようかなという考えが一瞬過ぎりましたが、贔屓は良く無いかもと思い直して通常の値段で請求する事にします。
「安すぎ……くない! 少しまけて下さい」
ですが狐人族の女の子としては予想より凄く安かったのでかなり驚いた様子でつい本音を先に言ってしまいました。
今までのお店で買ったら銀貨五枚(50.000円)以上は絶対にする筈の買い物だったからです。
それでも初めての店で言い値で買う訳にも行かないと急いで取り繕って澄し顔で値段交渉に持ち込もうと頑張ります。
だけど尻尾と耳がプルプルッと小刻みに震えて無理してるのが丸わかりです。
「ふふふ、確かにまだまだね。 でもうちは初心者こそ歓迎の店だから特別にまけてあげるわ。 銀貨三枚と銅貨三十五枚で良いわよ」(38.750円)
「ぅぅ、ありがとう御座います。 でも、すっごく安いですけど良いんですか?」
狐人族の女の子は失敗した事とそれを無理矢理誤魔化した事とクロエさんにそれを指摘された上に乗ってくれた事に恥ずかしくて真っ赤っかになってしまいました。
「まあ貴方のこの町での新たな門出を祝した御祝儀価格ね。 次からはもう少し高い値段になるから気にせず得したと思っときなさいな」
「ありがとう御座います! あの、私リリンです。 また絶対来ますので宜しくお願いします!」
普通はお店に名前なんて名乗らないと思うのですが、気が付いたらリリンさんは自己紹介しちゃってました。
でもなんだかそれで良かったとも思ってしまいます。
「そう、リリンさんね。 私はクロエよ。 いつでもここに居るから気軽にいらっしゃいな」
「クロエさん、私の事はリリンと呼び捨てで良いですよ。 その方が嬉しいです」
「そう? じゃあリリン、気をつけて行って来なさいな」
「はい! 一杯稼いで、また来ます!」
と、クロエさんからの返事を聞きながら、リリンさんは“きっとこのお店とは長い付き合いになるんだろうな”と予感めいた物を感じるのでした。