お客さん【ワーキャット】の場合
“カランカラーン”道具屋【ラーフ】のドアベルが鳴り、今日もお客さんの来店をクロエさんへ知らせます。
「こんにち……あれ、誰も居ないにゃ? もしもーし、こんにちはー、誰かいませんかにゃー?」
丁度クロエさんは商品の品出しを店の奥でしていたのですぐには顔を出せなかった所、お客さんの方から忙しなく声を掛けられてしまいます。
何やら用がある様子なのでクロエさんは作業を中断してお客さんへ返事をする事にしました。
「ここにいるわよ。 何かご用?」
なんとなく急かされてるように感じたクロエさんは“にょろろ~ん”と背伸びして棚の裏から顔をだして返事をした所、そこには急に出て来たクロエさんを見て目をまん丸にしている若そうなワーキャットの男の人がいました。
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ラミアなので目一杯背伸びすると普通の人族の倍以上の高さまで伸びれるのです。
でも、普段だったら相手を驚かせちゃうし、何より棚の上から声をかけるなんてはしたないのでやりません。
ところで猫人族とワーキャットは別の種族です。
猫人族は人に猫耳付けた感じ、要するに人寄りです。
ワーキャットは猫を人っぽくした感じ、全身毛むくじゃら、猫寄りの種族です。
体長も人族の子供くらいしかありませんし、ケットシーみたいな可愛い見た目ですね。
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「にぎゃー!? びっくりしたにょ! したにゃ!!」
案の定驚かせてしまいましたが、自分の行いを棚に上げてクロエさんは面白くない気分になります。
「まったく、あなたがせかすから急いで返事をしてあげたんじゃない。 それで、何かご用だったのかしら?」
急かされた上に驚かれたので少しつっけんどんな物言いになってしまいました。
なんだかんだと言ってクロエさんも“女の子”です。“顔を出しただけで驚かれた”となれば『失礼しちゃうわね!』と機嫌も悪くなるって物です。
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クロエさんはそこそこの年齢ですが…………女性は例え八十歳だろうと九十歳だろうと“女の子”と言ったら女の子なのです!
その辺りの事は深く考えてはいけません。
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「あーうーあー、すーはー、すーはー。 ごほん! じゃあ気を取り直して、えーと、僕の家は縫製を仕事にしてるんにゃけど、今日はうちで作った商品を持ってきたにゃ。 良かったらここに置いて貰えないかなと思って来てみましたにゃん!」
驚きから立ち直ったワーキャットさんは用件を明るく告げて荷物をあさり出しました。
「それって売り込み? それとも委託のつもり?」
「売り込みですにょ! 良い物持って来たんで見て下さいにゃ!」
「委託だったら駄目だったけど、売り込みなら断る理由もないわね。 どんな物を持って来たのかしら?」
クロエさん的には委託販売は面倒ばかりで旨味が無いし、何より自分で売った物に責任が持てないのは嫌なので取り扱っていないのです。
と言ってもこのお店は家族経営でして、仕入れは両親が主に行なってるので今店に置いてある全ての商品の品質に自信が持てるのかと言うと、実は微妙な物もあったりしちゃいます。
でも、出来るだけ怪しい物は倉庫に放り込んで無かった事にして、自分の目で見て触ってみて納得出来る物を売る様にしているのです。
何せ不良品なんて売ってしまって、そしてそれが原因でケガをしたり命を落としたりされちゃったらクロエさんは自分で自分を許せないでしょうから。
と言う決意の元に物を売ってるクロエさんなのですが、しかし仕入れ担当の両親はどうも違う考え方らしく…………気になった物や偶々手に入った物、珍しい物や面白そうな物とかとにかく怪しさ満点の物ばっかり送ってくるのです。 困ったものです。
一応普通の仕入れもちゃんとやってくれてますし、消耗品なんかは昔からの付合いのある工房で仕入れているので安心と言えば安心なんですけれど……。
ちなみに両親は仕入れ(と言う名の旅行)に出ずっぱりで何年間も家には帰ってきていません。
「色々持って来たにゃ!」
そう言って縫製屋さんは色々な商品をカウンターへ並べていきます。
「これなんてどうかにゃ? 【サンドシープ】と【火吹き毛トカゲ】の毛で作ったマントですにょ。 火属性はもちろんの事、全ての魔法に対する魔法防御力が上がりますにゃ」
「ふーん、良さそうね。 そっちのは?」
「これは【ランス草】と【朝咲き花】を使った薬品に漬けて作った特殊な糸で編んだ魔除けのバンダナですにゃ。 レイスやスケルトンが寄ってこなくなるからそいつらが出る所でも野営が出来るって優れものにゃ!」
えっへん、と自信満々にワーキャットさんは言い切りますが、それを聞くクロエさんはかなり疑って聞いてたりします。
そもそもワーキャットさんが言う程の効果があるのならこんな普通の道具屋に売り込みに来るのはおかしいのです。
バンダナはともかくとして、マントは間違い無く防具屋に売り込んだ方が高く売れるでしょう。
「へぇ、とりあえずそれとそれ、一つずつ仕入れるわ。 しばらく知り合いに使って貰って評判が良ければ本格的に取引したいんだけど、それで良いかしら?」
怪しさ満点ですけど、もし本当に効果があるならめっけものです。
なので一応クロエさんは一度仕入れて知り合いに使って貰う事にしました。
「ほんとですかにゃ!? それで大丈夫ですにゃ! 是非お願いしますにゃ」
「ええ、まだあんまり高く買えないけれどね。 でも、もし評価が良かったら今回の物以外も懇意にさせて頂くわ」
~~~後日~~~
「と言う訳でこれ使ってみて。 で、ちょっと北の砂地に居る【フレイムサラマンダー】にブレスを噴かれてきてよ。 耐久性と効力が知りたいの」
「んんん!? 何が『と言う訳で』ですか! クロエさん、私、死んじゃうよ!?」
常連客でありクロエさんの友達でもあり半ば店の店員かの様に扱われて手伝わされたりしているリザード族の女の子は、しかしクロエさんの無謀な無茶振りに抗議の声を上げました。
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【フレイムサラマンダー】はこの辺りに居る魔物の中ではかなり上位に位置する強敵で、その炎のブレスは直撃すれば火耐性装備で固めた者でも大ダメージを受けてしまうと言う程の相手で、CランクのPTでもかなり苦戦する程の強さを誇る魔物なのです。
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「ちっ、駄目か。 あ、じゃあ、あの最近名が売れて来てる【火遊びローナ】とか言う人の火の魔法受けて来てよ。 その人の全力魔法だと普通の鉄より断然溶け辛いって言うアイアンゴーレムが一発でドロドロになるって聞いたから二千度は軽く出てると思うけど、そのマント火属性に特に強いらしいから大丈夫、大丈夫」
「へー、じゃあちょっと行って来ますね。 …………なんて言う訳ないじゃないですか! 絶対死にますから!」
「わがままばっかり言わないの! 終いには怒るわよ?」
“ぷんぷん”と頬を膨らませてクロエさんは腰に手を当てて怒ったポーズを取ります。
まるで聞き分けのない子供を叱るかの様な物言いと態度です。
「ご、ごめんなさい! …………って、あれ? これって私が謝るのおかしくないです!?」
と、クロエさんのフリについ勢いで謝っちゃったリザード族の女の子は乗りが良いのが売りのムードメーカーさん。
この子もまた冒険者を始めたばかりの頃にこの道具屋【ラーフ】を訪れてクロエさんに色々と気怠げな態度で世話を焼かれて以来懐いてしまい、以来何年もずっと通い続けています。
なので普段全然冗談なんて言わないクロエさんのこんな唐突な冗談も阿吽の呼吸で息ぴったりに返せるのです。
「ふふ、ごめんごめん冗談よ。 そのマント、プレゼントするから好きに使ってね。 さっきも言った様に耐久性があるか見たいし手荒に扱っても良いからね」
「え、貰えるの? 高そうなのに良いんです?」
「日頃手伝って貰ったりしてるし気にしないで」
(銀貨十八枚で仕入れたから、売り値にしたら大体銀貨三十枚位のものね)
クロエさん的には商品のモニターとして使って貰うと言う名目の元、普段から店の手伝いをしてくれてる女の子へのせめてもの恩返しだったりします。
「わーい、クロエさんありがとう! じゃあさっそく【三ツ尾狐】狩りに行って来ます! あいつたかが狐の癖に火の魔法使ってくるから面倒だったけど、これで勝つる!」
貰ったマントを“バサッ”と音を立てて羽織り、鼻息荒く狩りに出掛けようとする女の子へクロエさんは内心慌てて注意事項を伝えます。
「あーと、ね。 それは良いんだけど…………正直に言うとそのマント、たぶんだけど燃える気がするからさ、ケガしない様に気をつけてね」
「えー…………がっかりだ……」
喜んだのも束の間、女の子は何とも言えない微妙な表情でクロエさんを見返して一言、心底残念そうに言うのでした。