お客さん【鬼人族二角人】の場合
“カランカラーン”
道具屋【ラーフ】のドアベルが軽い音を奏で、お客さんの来店をこの店の看板娘であるクロエさんへ知らせてくれました。
うっすらと紫掛った肌と大きく逞しい体躯、つり上がった目に二本の尖った真っ直ぐな角が特徴の男の人です。
ただ、服装は村人のそれですし、年も若くお金もそれ程持ってそうも無いのでたぶん新米の冒険者なんだろうなと当りをつけます。
「いらっしゃい、見ない顔ね。 何かお探し?」
ひっそりと観察していたのを隠し、手に持っていた読書中の本を会計カウンターに置いてクロエさんは店に入って来た年若そうな鬼人族の二角人である男性へ声を掛けました。
ですがそのクロエさんの動作は緩慢で、パッと見やる気が全く無さそうに見える様にわざと仕向けます。
それが上手く行った様でお客さんの男性もそう感じたのか、少し眉間に皺を寄せるのでした。
いつも通りの仲良くならない為にクロエさんがとっている無駄な努力なのですが、どうせすぐにばれちゃうんですけどね。
「ああ、まあな。 今度【大犬猫】を狩りに行くんでマタタビが欲しかったんだが、あるか?」
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【大犬猫】大型の犬の様に大きな猫科の動物、トラを三倍位のサイズにした感じ。 ちなみにこの世界、犬も猫もどんな生き物も『大』と名に付くのは凄く大きいです。
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「ええ、あるけれど……マヒ毒か睡眠毒も必要でしょ?」
【大犬猫】はまともに相手しようと思ったら熟練PTと言われるCランクの冒険者ですら苦戦する強敵なのですが、実はマタタビに目が無いので適当に活動範囲内にマヒなり睡眠なりの毒をまぶしたマタタビを置いておけば勝手に引っ掛かって倒れててくれるというお手軽モンスターなのです。
なのである程度数が増える夏前から秋辺りには新米冒険者に討伐依頼が出されるのが風物詩になっています。
「いや、毒は持ってるから大丈夫だ」
クロエさんは店内を歩き回りながら男性の話を聞いて必要そうな物を集めて回ります。
「ん、何の毒? 一部のマヒや睡眠毒以外だと臭いでばれるから使えないんだけど、大丈夫かしら?」
「む、そうなのか? これなんだが、駄目なのか?」
「んー、これは【アールの毒薬】かしら? もしそうなら駄目ね。 マヒ毒が今は安いから買って行きなさいな」
男性が取り出した毒を見てみると、どうもマンドラゴラとトリカブトを混ぜた物に見た目が似ていたので駄目だと教えてあげます。
その二つはこの辺りで比較的簡単に手に入る毒草なので駆け出し冒険者が持っている毒と言えばたいていそれです。
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【アールの毒薬】アール工房と言う所で大量に作られた安価な毒薬、安くて保存しやすくて使いやすいと三拍子揃ったヒット商品です。
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「そうか、助かる」
「ああ、後こっちの臭い袋も持って行った方が良いわよ。 万が一にも毒を掛ける事に失敗したら命に関わるからね。 襲われそうになったら鼻先で袋を思いっきり叩いて破裂させなさい。 【大犬猫】に限らず大抵の相手はたまらず逃げるわよ」
「ほう、そんな便利な物があるのか。 ならそれも貰おう」
「まいど。 だけどこれ凄く臭いから使ったら三日は店に来ないでね。 他は何か必要?」
「そうだな、ついでに回復薬も補充しておくか」
「薬草、ポーション、丸薬、軟膏、どのタイプが良い?」
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薬草はそのまま生の草だったり乾燥させた草だったりで使い勝手が非常に悪い物で劣化も早いです。
その代わりに凄く安いのでちょっとしたケガならこれが一番費用対効果が良いです。
ポーションは工房で精製加工された液状の物で即効性と効能がバランス良く、そして比較的安いのが魅力です。
ただし瓶が割れたり蓋が外れたりして中身が零れたりする事が良くあります。
丸薬は薬師が加工した物で即効性はポーションに少し劣る物の、非常に効能が高くて持ち運びに便利な物で劣化も非常に遅い優れものです。
それなりに高い。
軟膏はペースト状に加工した物で外傷に最高の効能が期待出来る反面、内服薬としては使えないのが難点です。
そしてかなり高い。
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「薬草のまま持っていても使い勝手がな……ポーションで頼む」
男性は少し考えましたが結局ポーションに決めました。
「うん、ポーションね。 後さっきのマヒ毒用の毒消しも一応揃えておいた方が良いわね。 他は追々揃えれば良いわ」
「わかった、全部でいくらだ?」
「はいはい、えーと、あれとこれとそれで……しめて銀貨一枚と銅貨二十枚ね」
「そうか、まあ世話になったし今回は言い値で買うとするよ」
「ありがとね。 あ、狩りに成功したら【大犬猫】の尻尾を持って来てくれると嬉しいわ。 あんまり高値じゃ買えないけど、その代わりなんかサービスするわ」
「覚えておく。 ふっ、それにしてもあんた、やる気無さそうな雰囲気の癖に思ったよりも親切なんだな。 今日は助かったよ」
と、やはりクロエさんが最初にしたやる気無さを装うと言う無駄な努力はあっと言う間にばれてしまいました。
「親切なんかじゃ無いわ。 ただ……あたしが知ってる事を黙ってて、それでうちの客に死なれたら結果として損ってだけよ。 生きてさえ居ればまたなんか買ってってくれるからね」
それでも往生際悪くプイッとそっぽを向いてぶっきらぼうにそう言い捨ててクロエさんは親切だと言う言葉を否定します。
ですがそれを聞いた男性は尚も“そう言う所が親切だと言うのだ”と思うのでした。
「そうか、じゃあ生き残らないとあんたに損させた事になっちまうな。 そりゃフェアじゃない」
「そうよ。 生きて稼いで……そしたらまた何か買いに来なさい」
クロエさんは深い緑の瞳で男性の目を真っ直ぐにしっかりと見据えて、静かに諭す様に、それでいてどこか怯える様に言うのでした。