お客さん【狐人族の女の子】の場合 その3
“カランカラーン”
道具屋【ラーフ】のドアベルが今日は少し軽い音を鳴らしてクロエさんへお客さんが来た事を知らせてくれます。
「クロエさん、聞いて下さい! ってあれ居ない!?」
大きな狐耳と二本の尻尾をピンッと伸ばして鼻息粗くリリンさんが店に飛び込んで来て、クロエさんを探してきょろきょろと落ち着き無く店内を見回します。
「はいはい、いらっしゃい。 リリン、ここよ」
クロエさんは奥の棚の埃を落としていたのですけど、それを中断してリリンさんの元へニョロニョロとはたき片手に話を聞きに出てあげます。
「あ!クロエさんこんにちは!」
「こんにちは、それでどうしたの?」
テンションがいつもの三倍は高いリリンさんにクロエさんは内心たじたじです。
「そうです、聞いて下さい! 私、近々Bランク昇格が確実とかって言う『火焔の道』ってすっごい先輩と森に行く依頼受けちゃったのです!」
尻尾をわっさわさフリフリしながらリリンさんは興奮冷めやらぬ勢いで次の依頼内容をまくし立てます。
「へー、それは良かったじゃない」
(『火炎の道』って確か以前スタンピードが起こった時にリリンが一緒に戦った相手だったわね)
とクロエさんは思い出して、たぶんその縁で一緒に依頼を受けたのねと思い至ります。
「うん、そうなんです! それで、絶対失敗出来ないんで色々しっかり準備しないとって思って買い出しに来ました!」
「それはいい心掛けね。 所で森の何処へ行って何をする依頼なのかしら?」
「はい! 私、何処に行くかは知らないです!」
「うぇ!?」
いい笑顔で言い切るリリンさんにクロエさんは驚きのあまり、ついついいつもの気怠げパフォーマンスを忘れて素で気の抜けた声を出してしまいます。
「あ、でも私達のPTが何すれば良い依頼かはちゃんと聞いてから受けましたので大丈夫ですよ」
「そう、それは良かったわ。 …………本当に。 で、何をするんですって?」
年のわりすごくしっかりしてると思ってたリリンさんの意外な子供っぽさ(憧れの相手からの依頼はリスクマネジメントが甘い所)がある事が分かってしまいました。
年相応な一面を見れて背伸びしすぎてなくて良かったと思うべきか、余計な心配事が増えると思うべきか微妙な気持ちのクロエさんです。 とりあえずそれは横に置いておいて、しっかり目的を聞かないと話が進まないと思って先を促します。
「えっと、私、水の妖術が得意なんですよね。 私の仲間も水とか土とかが得意なんです。 で、今回一緒に行くローナさんって方がこれまたものすっごい火魔法の使い手ですっごい火力の魔法をすっごい連発出来る方なんです!」
耳もピンッとまっすぐ立てて興奮しまくりのリリンさんは「すっごい」を連発しながら一生懸命握った手を上下にぶんぶん振り回しながら説明します。
でもクロエさん、すでにある程度依頼内容が予想出来ちゃって嫌な予感一杯です。
今まで聞いた内容を纏めると、森に行く、依頼主は火魔法がすっごく得意、リリンさん達は主に水が得意、そして当然ながら森は火事になったら大変、それらを踏まえるとたぶんあんまり良い依頼じゃなさそうな事は分かっちゃいました。
「で、ですね。 私達、ローナさんが火魔法で敵を倒したら事後処理をすれば良いみたいです! 三日間位!」
……………………人、それをただの消火役と言う。
何故そんなDランクでも受けない様な雑用依頼を受けてしまったのか、リリンさんの将来が少し心配になるクロエさんなのでした。
「……………………そ、そう。 それじゃあ水の妖術用触媒はうちにあるだけ持って行った方が良さそうね」
「ありがとうございます。 やっぱりクロエさんのところに来て正解でした」
ご機嫌なリリンさんは早速店に置いてあった妖術用触媒を両手に抱えてせっせとカウンターに積み上げて行きます。
これだけでも結構お高いのですけど、果たして消火役の依頼料で元が取れるのだろうかとクロエさんは胃が痛くなる思いです。
他にもあれやこれやと買って、そろそろ持って帰るのも辛そうな位の量になった時、リリンさんのPTメンバーの一人が迎えに来ました。
「こんにちはー、姉様居ますかー?」
「ここよ、ルクル、貴方が迎えに来てくれたのね。 やっぱり今日の荷物は一人じゃ持つの無理そうだから手伝ってくれる?」
リリンさんのPTメンバーで名前はルクルと言うらしい子は、リリンさんと同じく狐人族の女の子で年も同じくらいに見えます。
でも、尻尾の数は一本ですし、耳も含めて色は銀色、髪は少し薄めのピンクと言う実に可愛らしい娘です。(注:リリンさんが可愛らしく無いと言ってる訳ではなく)
「あら、いらっしゃい。 どうやって持って帰るのか気になってたけど、手伝いを頼んであったのね」
「はい、今日は一杯買う予定でしたからあらかじめ頼んでおきました。 あ、この子はルクルって言って故郷では妹分なんです。 他にもうちのPTは後三人居るんですけど皆同じ里出身なんですよ」
「へー、そうなのね。 よろしくね、ルクルさん」
狐人族ばかりの五人PTとは、さぞかしもふもふしたPTなんだろうなーと思いを馳せつつクロエさんはルクルさんに挨拶します。
「よろしくです、お話はつねづねお伺いしています。 姉様がいつもお世話になってる様で、ありがとうございます。 これからは私もちょくちょく来ると思いますのでお願いしますね。 あ、名前は姉様と同じで呼び捨てで良いですよ」
ペコリと礼儀正しくお辞儀しながら非常にしっかりした挨拶を返してきました。
そんな挨拶をしつつも、持ってきたバックにせっせせっせと荷物を詰め込み、肩から掛けて帰る準備万端に整えてしまいます。
「さあ姉様、他にも行くところは一杯あるんですからそろそろ行きますよ!」
「え? いえ、私はもう少しクロエさんとお話しようかと……」
「駄目です。 姉様はリーダーなんですから来てもらわないと困ります! ではクロエ様今日はこれにて失礼いたしますね」
「あー、待って、クロエさんまた来ますねー。 ちょっと、ルクル待ちなさい、自分で歩くから引っ張らないで! こ、転ぶ、転びますからー!」
そんなこんな、ルクルさんはリリンさんの抗議をするっと全部スルーしながらずんずんと引っ張って行ってしまいました。
「うーん、頼りがいのある妹分ね。 あれだけ良く出来た子がPTに居るのならリリンの将来も安泰かしら」
と、急に静かになった店内でクロエさんは一人安心するのでした。




