5・みちばたのイケメン
さて、俺はヒロインではないが、通学路途中にイケメンが空腹で倒れてるイベントに遭遇したからには何らかの対処を取るべきだろう。
ここまで関わっておいて放って行くというのもなんだか違う気がする。
・・・いや、実は放っていけば俺じゃないちゃんとした真ヒロインがこのイケメンを拾ったりするのだろうか?
そしてヒロインとこのイケメンは恋に落ちて・・・ギルティだな。イケメンが空腹で倒れてるというだけで恋愛に発展するとかやはり許せん。
ここは発見者の俺がきっちり救って、余計な恋愛フラグは阻止してやるべきだろう。
「・・・弁当があるけど、食うか?」
俺は意識が朦朧としているイケメンにそう言った。
今日は自分の分だけでなく友だちの分含め複数の弁当を持ってきている。
ユキ姉分の弁当は空腹による暴走状態が怖いのであげられないが、友だちの分は別の日に作ることを約束して今日は学食か売店で我慢してもらえばいいだろう。
「・・・いいのかい?」
「まあ、困ったときにはお互い様って言葉もあるしな。マイケルは事情を説明すればわかってくれるやつだから大丈夫だ」
「マイケル?」
「こっちの話だ、気にすんな。ほれこれ食え」
そう言って俺はピンクのハート型の包みに包まれた弁当箱を取り出す。
ピンクのハートは俺の趣味じゃない。マイケルの趣味だ。
イケメンはその包みを少し眺めた後、受け取った。
「すまない。好意を受け取るよ。色々ゴタゴタしたせいでここ二、三日まともな食事にありつけなかったんだ。この恩はかならず・・・」
「そういうのいいからとっとと食っちまえって。腹減ってんだろ?」
俺がそう言うと、イケメンの腹がグギュルと鳴る。
そうとう腹が減ってるんだな。
「じゃあすまないけど、いただくよ」
そう言ってイケメンは包みを開き、弁当を開ける。
中にある弁当を見て、イケメンは驚いた。
「これは・・・キャラ弁か! 凝ってるな」
「いや、味とのバランスを大事にしてるからそこまで凝った作りにはできてない。あくまで見た目で少し楽しめればって程度だ」
「・・・そうなのか? というか、ここまで凝ったものをいただくのはやっぱり・・・」
「俺がいいって言ってんだから気にするなって。助けたいって好意が空振りするのはこっちも傷つくんだからさ。早く食っちまえ」
「・・・ありがとう。良い奴だな、君は。それじゃあいただきます」
イケメンが箸を持ち、からあげを持ち上げる。
それは自信作だ。前日から漬け込んだタレがいい仕事をしてくれてた。
口に運んだイケメンの目が見開かれる。
「おいしい! おいしいなこれ! 君はとても恵まれているよ。こんな美味しい弁当を作ってくれる親御さんがいるなんて」
「いや、作ったのは親じゃないぞ?」
「それはすまない・・・ということは君の姉妹や彼女が作ったのかい? どちらにしても君は恵まれている」
「なんでそうなるよ。作ったのは俺だよ。その弁当を作ったのは俺だ」
イケメンの表情が固まる。
「・・・もしかして僕は、冷凍食品をキャラ弁風に並べ替えただけのものをさも手作りのように褒め称えていたりしたか? それだったらかなり恥ずかしいんだが・・・最近の冷凍食品は本当に美味しいものも多いからわからないんだよ」
「冷凍食品は使わないよ。確かに最近のはうまいけど、どうしても添加物とか気になっちゃうしな。というか、作るの楽しいから自分で作りたいし」
というか若干失礼だなコイツ。どうしても俺が手づから作っていると認めたくないみたいだ。
「・・・それは失礼だった。なんというか、自分で弁当を、それもキャラ弁を作るような顔にはとても見えなかったものでな。どちらかと言えば腹が減ればそこらの草でも引きちぎって食べてそうな顔だ」
「お前マジで失礼だな!」
誰が野草を食ってそうな野生児顔だ!
まあ大抵俺がこういう弁当を自作してるといえば、同じような反応が帰ってくるから言われ慣れてるけども。
「気を悪くしたならすまない。だがこれはあれだ。ギャップ萌え的な意味での発言だ。君を貶める意図はない。寧ろ褒めているつもりだ」
「いや、男相手にギャップ萌えは微妙に褒めてもないだろう。余計なことはいいからとっとと食え。腹減ってんだろ?」
「助かる。それではいただくな」
イケメンは俺がそう言うとガツガツと弁当を食い始める。
いい食いっぷりだな。作った方としてはこういう姿を見ていると幸せになる。
その様子を見て俺は魔法瓶タイプの水筒と、常に持ち歩いている使い捨ての紙コップを出し、熱い緑茶を注ぐ。
イケメンが食べるのに一息ついたタイミングでお茶を渡すと、ちょうどいいタイミングだったようでありがとうとお茶を受け取って飲んだ。
「・・・! このお茶美味しいな! どこのお茶だ?」
「冷めても美味しいように俺が試行錯誤してブレンドした特製のオリジナル茶だ。もちろん淹れ方にもこだわってる」
「本当か!? 本当に顔に似合わないことをする男だな君は!」
「顔のことはほっとけ!」
自分ではそんなに悪い顔ではないと思うが、目の前の超絶美形顔を見てしまえばやはり自分の顔の作りはそこまで出ないと実感してしまう。
このイケメン顔に顔のことを言われ続ければ自信をなくしてしまいそうだ。
「料理も上手で、気配りもできる・・・もしかしてアレか? 将来はプロの料理人を目指しているとかかい?」
「いや、プロの料理人とかは目指してない。料理をしているのは夢のためではあるけどな」
「・・・・・・? 料理人を目指すわけじゃないのに料理をしている? わからないな。君の夢は何なんだ?」
「グイグイ来るな。まあ別に答えるけど。俺が目指しているのは『お婿さん』だ」
「・・・お婿さん? もしかして、女性にモテるために料理をしてるってことかい?」
「半分だけ正解だ。だが俺はモテるためだけに料理や家事をしているわけじゃない」
「半分・・・残りの半分は?」
ふっふっふ、この話をするのは久しぶりだから少し嬉しい。
音成三姉妹やらクラスの連中は俺の夢の話をウザがって聞きたがらないからな。
やはり夢というものは語ってなんぼだ。
実現しようがしまいが、心の中に秘めているだけで行動も言語化もしなければそれは存在しないのと同じだ。
叶えるつもりがないのならそれでもいいが、俺はこの夢を実現させたい。
言語化したことで言われる言葉や反応は夢を現実化する上で超えなければいけない壁なのだ。
その壁に向き合い、登る覚悟がないのなら夢を見るのなんてやめたほうがいい。少なくとも俺はそう思っている。
「俺が目指しているのは家庭を守る専業主夫だ。妻の仕事中に家を守る旦那さんになりたいんだ!」
「・・・それは働かずに養ってもらうヒモになりたいってことか?」
「バカ言え。それで言ったら世の中の専業で主婦やってる人はみんなヒモってことになっちまうだろうが。俺がやりたいのは奥さんがやりたいことや仕事を全力で支えるために家庭の事は全部やって、愚痴を聞いたり疲れを取るのに尽力する役だ。確かに経済的生産性はないけど、お金を稼ぐだけが家族を支え合うスタイルじゃないだろ?」
「・・・確かにそうだ。本当にホンキでそれ考えてるんだな。恐れ入った。それが君のこの料理の旨さにもつながるわけか」
「そういうことだ。俺が料理の腕を磨いてるのは、料理で家族を癒せるようにだ。まあ、お前みたいにイケメンだったら、見た目や愛情でも人を癒やすことができるんだろうが、俺にはそういうのは無理だからな」
「好みは別れると思うが、君の顔で癒されるって人もいなくはないと思うぞ?」
「うるせえ。お前みたいな超絶イケメンからそれを言われても信憑性がないんだよ。顔で人生がベリーイージーモードの人間の判定ほどあてにならないものはねえよ。お前の基準はノーマルモード以上の顔の難易度だともっと厳しい判定なんだよ」
俺の顔は多分ノーマルモードだ。たぶん。そうであったらいいな・・・。
「辛辣なことを言ってるように見えて、超絶イケメンと最初に行ってるから褒めてるのか貶してるのかわからないんだが・・・」
「うるせえから黙って弁当を食べてやがれ!」
「ふふ、じゃあ一つだけ訂正させてくれ。僕はイケメンじゃない。イケジェンだ」
「イケジェン? なんだそれは」
「イケジェンというのは・・・」
「あ、やっぱりいい。会話が弾んでて忘れてたが、よくよく考えれば学校に急いでいかなきゃ行けないんだった。お前はもう大丈夫そうだし、もう行くわ。じゃあな」
腕時計を見れば時刻は遅刻ギリギリだ。
イケメン、いや、イケジェンはもう大丈夫そうだし、行っていいだろう。
そういって俺は下ろしていた荷物を持ち上げ、通学路を走り出す。
「あ、おい待て、弁当箱はどうするんだ! まだ食べかけだし・・・」
背後からイケメン・・・いや、自称イケジェンの声がかかる。
「それ百均のだからお前にやる!」
友達に弁当を頼まれることが多い俺は、安い弁当箱をいくつも持っている。
イケジェンに渡したのもそのうちの一個だ。惜しくはない。
「せめて名前だけでも!」
「次の機会があれば教えてやるよ! アディオス!」
まあ、これが少女漫画で俺がヒロインならあのイケジェン野郎が転校生として教室に来たりするんだろうが、あいにく世の中そんな漫画みたいな出来事はそうそう起きないのだ。
ここらで見たことない学ランだったし、もう会うこともないだろう。
―#―
・・・って思ってたんだけどな。
その日の授業中、遅刻してきた転校生として、俺のクラスにはそのイケジェンが現れた。
おい、だからこのイベント、俺に起こるの間違ってないか?
「あっ」
教師に紹介されたイケジェン野郎が俺の姿に気づく。
おいやめろ! これ以上俺にフラグを立てるな。いくら芸能人級の超絶美形の人間でも、野郎とフラグが立ったところでこっちは全然嬉しくないんだ。
「えっ何? ハルタあの転校生のイケメンと知り合いなの?」
隣の席に座るアキがそんなことを聞いてくる。
おいアキやめろ! フラグにこれ以上追い打ちをかけるな!
・・・まあ、というかもう諦めるべきか。ここまでテンプレ通りにイベントが起こるというのも本当に珍しい話だが、ここまで話が進んでしまってはもはやフラグも何もないだろう。
ここで抵抗したところで、ギャルゲのストーリーが気に入らないからと次の文章出さずを止めているだけのようなものだ。
現実はオートモードでの自動文字送りを止めれないので、もはや起こってしまったイベントシナリオはすすめるしかない。
こんな風にきっちりかっちりフラグが立つとわかっていたのならほうっておいたんだがな。まあ、現実はロードはできないし諦めよう。
「まあ、知り合いというか、今朝、道端にアイツが落ちてたのを助けた感じだ」
「いやいや、イケメンが道端に落ちてたなんて、ドラマや小説じゃないんだから、そうそうないでしょ」
「いや、まあこれが本当に僕が道端で倒れてたのを彼が助けてくれたんだから驚きだよね。それも転校してきたクラスに居るとか、本当に運命すら感じるよ」
しれっとイケジェン野郎が会話に混ざってくる。
おい、運命とか言うな気持ち悪い。
俺の貴重な運命を野郎なんかに消費したくはない。
こちとら顔面難易度ノーマル以上でやってるから、イベントはそうそう起きないんだぞ?
人生において獲得できる枚数が少なそうな貴重なイベントCG欄をイケメンで埋められるともったいないだろうが。
そんな会話をしていると、先生が早く自己紹介をしろとイケジェンに促した。
それに促される形でイケジェンが自分の名前を黒板に書き始める。
向井 サツキ
黒板にイケジェンが書いた名前はこれだった。
「向井サツキです。今回、この千角野高校に転校してくることになりました。制服はゴタゴタして間に合わなかったのでこれは前の高校のものです。それで、まず最初に言っておきたいのですが、こんな見た目と格好をしているのでよく勘違いされるのですが、僕は『女』です。まあ、あまり長く喋ってもあれなのでこれだけ。これからよろしくお願いします」
・・・・・・は?
今、聞き間違いじゃなければ、コイツ自分が女だって言わなかったか?
俺が開いた口が塞がらずにサツキの顔を眺めていると、サツキが俺を見てウインクした。
・・・・・・まあ、なんだ。
ヒロインイベントだったのかよ! そのうえで男装イケメン女子とか需要はどこにあるんだよ!
声に出して大声で叫びたかったが、流石にそれはやめておいた。
というわけで、幼馴染だけじゃ展開が起きないのでサブヒロイン導入です。
需要が微妙な気もしますが。