23・かんちがいの応酬
遅くなりました。
ちょっとモチベーションが下がっていたのと、ユキ姉とのシーンをこの話で終わらせようかと思って更新を控えてちょっと長めに書いていました。
でも結局この話で終わらなかったっていう・・・これ以上長くすると読みにくくなるだろうので一旦あげます。
―# ユキside #―
・・・・・・次の言葉が出てこない。
わ、割と勇気を振り絞った『男の子の匂いがする』作戦。
な、なんか普通に返されて空振りに終わった・・・。
もうちょっと何か反応があって、そこから話を広げられると思ってたんだけど、ここまで無反応だとなんて言っていいかわからない。
さ、作戦は失敗だと言っていいだろう。
『男の子の匂いがする』作戦は、前に見た女の子向け雑誌に男の子をその気にさせる方法として書いてあって、いつか試してみようってずっと温めていた。
できるだけ自然な形を装って言えるように練習とか軽くしてたりしたし、心臓は結構バクバクだったんだけど、こ、こうも反応が薄いとちょっと傷つく。
もしかして注意事項に、潔癖な性格とか、匂いに対して嫌悪感があるとか、つかう相手によっては気持ち悪がられるから注意が必要って書いてあったあれだろうか。
もしかしてハルちゃんはそういうタイプだったとか?
・・・わ、わからない。でも、印象的に嫌悪感を抱いてるとかそんな感じではない気がするんだよなぁ。
た、単純にエロく感じなかっただけとか、気づいててスルーしたとかそういう奴だろうか?
それが見てわかるほど、私の恋愛経験値は高くない。
私は今日、少女漫画とか雑誌とかで見たような、男子の気をひく作戦をいくつか携えてはきた。
だけど、それが失敗したときのフォローの方法とか、臨機応変な対応みたいなのは全然できない。
ど、どうしよう、どうしたらいい?
「とりあえずユキ姉、ずっと立ってるのもなんだから座ったら?」
そう言ってハルちゃんが椅子を出してくる。
それを見て私は考える。
・・・座る時に使える作戦も雑誌で見たことがある。
ど、どうしよう。このまま押してみるか、今日は諦めてまた今度出直すか・・・。
・・・いや、まだ諦めるのは早い。
今日のお昼にアキちゃんに泣きながら諦めないでって言われたんだ。
こ、ここでキッチリ決めないとお姉ちゃんが廃る。
もうちょっと攻めよう。
「そ、その、椅子じゃなくてベッドに座っていい? そっちの方が落ち着くから」
ず、ズバリ、・・・『男の子のベッドに座っちゃう作戦!』。
これをすると男の子は自分の寝床に無防備に座る女の子に、かなり色々えっちぃことを意識してしまうらしい。
その上私はいまはゆるゆるな部屋着。あ、相手に油断しまくっている服装なのだ。
『油断バリバリで肉食獣の寝床に忍び込んだウサギさんになっちゃおう』って雑誌にはあった。
今、私が頭に被っているのはウサギの着ぐるみだ。まさしく寝床のウサギちゃんだろう。
読んでいて、いや、女の子が相手に意識させたり襲われたりするのを待ってするのなら、肉食獣は女の子の方じゃないかとは思った。
流石に行動が露骨すぎて誘ってるって気付かれるんじゃないかとも・・・。
だ、だけど、今はそんな作戦でも使って攻めるしかない。
私は今、ウサギの皮を被ったトラさんなのだ。この作戦には追い討ちもある。ガンガン攻めよう!
―# ハルタside #―
ベッドに座りたいですと!?
部屋着のユキ姉が油断バリバリの部屋着で俺のベッドに!?
おおおおおおおおおおおっ、おち、落ち着け、真中ハルタ。
ユキ姉は椅子よりもベッドに座るのが好きとかそういうだけの話かもしれない。
そうだ。たぶん、ユキ姉はこういう行動を特に他意はなくやっているだけなのだ。本当に俺に対して油断して、つい普段通り振舞っている。それだけの話だ。
つまりある意味、今の状況はいままでの俺の清廉潔白とした積み重ねによってユキ姉は俺に油断してくれているのだとも言えるのかもしれない。
もし勘違いしたり、欲望のままに暴走してしまえばこれまでの関係はおじゃんだ。極めて紳士に振る舞おう。
「ス、好キニクツログトイイヨ」
冷静に対処しようとして声が裏返ってしまった。
こ、これじゃ意識しまくってテンパってるみたいじゃないか!
いや、事実テンパってるんだけど、それを表に出すのはダメだ。
たまたま声が裏返っただけと装うように俺はゴホンと咳をして、『あー』と何度か自分の声を確かめるように発声練習する。
極めて自然に、さっき変な声が出たのはたまたま声の調子がおかしかったのだと言うかのようにだ。
ユキ姉が俺の言葉に反応してベッドに腰掛ける。
よ、よかった。
どうやらこちらの声が裏返ってたことには気づいてないみたいだ。
・・・いや、実のところ気づいててスルーしてくれてるだけとか?
年上の女性の余裕で、分かってますよと触れないでいてくれているだけなのでは?
それは流石に嫌だ。
平凡な凡人を自称する俺だが、凡人は凡人なりにプライドを持って生きているのだ。
ここからなんとか挽回して、大人の余裕があることを見せなければ・・・。
―# ユキside #―
ハルちゃんがベッドに座る許可をくれたのでベッドに座る。
なんか声が裏返ってた気がするけど、咳払いをして声の調子を確かめてるから、たまたま裏返っただけなんだろう。
そ、それよりも私の方だ。
自分から言い出したのに、ハルちゃんのベッドに座ると思うと緊張して手足の動きがギクシャクしてしまった。ハルちゃんにそれを気付かれなかっただろうか。
の、脳内でシュミレートするのと実際するのは全然違う。
部屋に入った最初の時はなんていうか勢いでなんとかしてたけど、実際部屋に入って時間が経ってくると色々実感が湧いてきた。
わ、私は今、自分から好きな男の子の部屋に入れてもらって、その男の子を誘惑しようとしている。
は、恥ずかしい。
最後までするつもりはないきっかけ作りのためにやる事だとわかっていても、やはり自分がとてもはしたない存在になってしまったのではないかという気持ちがドンドン大きくなっていく。
う、ウサギの頭を被っててよかった。
今、私の顔はとても真っ赤になってしまっているという実感がある。
触らなくてもわかるくらいほおが熱い。
ちょ、ちょっと落ち着こう。
・・・は、ハルちゃんのベッド、座ったら本気でハルちゃんの匂いがものすごく濃く感じ・・・。
だ、だめ! 今そんなこと考えたらもう本気で作戦とかそういうの全部飛んじゃう!
は、恥ずかしさとかそんなので多分何もできなくなっちゃう。
お、落ち着かないと・・・っ!
「なんか、部屋着のユキ姉がこんな時間に俺のベッドに座ってるって、すごい光景だよね」
テンパっていた私にハルちゃんからそんな声が聞こえた。
・・・こんな時間に、部屋着で、男の子のベッドに・・・。
改めてそれをハルちゃんから言われて、私の心臓は手を当てなくても聞き取れるくらいにドクドクと血液を送り始めた。
―# ハルタside #―
秘技、あえて現状をそのまま自分から言ってしまうことで、なんとも思ってないですよと見せかける作戦!
ふう、今回はなんとか声を裏返さずにすっと言えた。
実際は心臓バクバクだし、意識しまくりなのだが、それがユキ姉にバレてしまうのは嫌だ。
というか本気で一度落ち着かなければ俺は俺自身を制御できるかわからないからな。
この発言は自分を落ち着けるための時間稼ぎの発言でもある。
実際すごいエロい気分になる光景であるが、言葉にすることで一度大したことでないと自分に言い聞かせるかんじだ。
もしくはここから少し会話することで気を紛らわせる効果も期待している。
ここで俺の発言にユキ姉がする対応を見てから頭を回すことで、頭をエロから突き放す。
そんな効果だ。
俺は今『すごい光景だ』と言ったが、何がすごいとは言わなかった。心の中では『すごいエロい光景』と思って言っていたが、実際の発言は『すごい光景』だけ。
つまりは俺の発言には色々な可能性があるのだ。
ユキ姉があまり部屋に入ってこないことを指して『すごい珍しい光景』の可能性もあれば、昔にユキ姉がまだ俺の部屋に訪れていた時のことを指して『すごい懐かしい光景』の可能性もある。
もちろん俺の本来の思い出ある、すごいエロい光景だという可能性もある。
だがもしユキ姉が俺の『すごい』を『エロ』であると捉えたとするのであれば、それはユキ姉自身もこの状態をエロであると認識していることに他ならない。
その場合はその場合として対応を考えられる。
つまりこの発言、相手の対応の仕方次第でいくらでも逃げようのある発言なのだ。
例えばユキ姉が『確かに珍しいよね』とか『確かに懐かしいよね』みたいな同意系の発言をしてきた場合。
俺も最初からそう思っていたみたいに装って、会話を過去話だとか最近の幼馴染としての付き合いのあり方の話に持って行きやすくなる。
あるいは疑問系の発言。すごいって何が? みたいに、こちらに聞いてくる場合だ。
この場合も対応は先ほどの対応とそう変わらない。
実際はエロいであったのだが、懐かしいだとかあるいは珍しいというのに持っていける。
先ほどまではエロいしか考えられなかったが、一拍間を置いたことでこう言った選択肢が出たわけだ。
つまり会話を途切らせないようにやる時間稼ぎは成功と言える。
あるいはユキ姉がすごいをエロとして認識してきた場合も色々な対応ができる。
例えば、『ハルちゃんヤラしい』みたいなエロ認識でありかつ否定形の反応をされた場合だ。
これは逆手に取ればいい。
つまり、先ほどのすごいの後に続くほかの言葉と繋げて『え、なんの話? 俺はすごい珍しいって意味で言ったんだけど』みたいな反応をすることができる。
エロ認識でありかつ否定形ということは、最初から俺がエロいと思うとわかっていてユキ姉はそういう行動を取ったということに相違ない。
つまりは俺をからかう気だったということだ。
あえてエロ目の行動を取って、それに引っかかった男をからかう小悪魔的手法。
しかしこれは男の方に下心があって初めてできるからかいだ。
こちらが実は下心なんてないのだと振る舞えば、相手のからかいは空振りに終わる。
それどころか、エロいことだと思ってやっていたのかとこちらから非難もできる。
逆にこちらが相手をからかうということだな。
まあ、この場合非難はあまり良策ではないだろう。
相手はこちらをからかいたいという意図があったのだ。それを逆にからかわれるのは気分として面白くないはずだ。
格闘技で相手を倒してマウントを取るつもりが返されて逆にマウントを取られていい気分になる人はそんなにいないように、こういう掛け合いでからかうつもりがからかわれ返されていい気分になる人は少ない。
小悪魔的美少女とのファーストコンタクト時に印象付ける意味でそういう駆け引きをやるならともかく、俺とユキ姉は気心知れた幼馴染だ。
相手がからかいたい気分の時は、多少意表は尽きつつも女子の顔を立ててからかわれてしまう方がいい。
この場合正解は『いや、すごい珍しいって意味の発言だったんだけど、ユキ姉にそんなこと言われたら俺もなんかエロいと思えてきちゃったじゃないか』的な、相手に責任を押し付けたうえでエロい気分になったと指摘するのがいいだろう。
こうすれば女子のプライドは崩さない上で、自分のプライドも保てるし、その上でエロい気分になったことを相手のせいにできる。
少なくとも一方的に非難される状況ではなくなるし、その後の会話の流れも一方的にマウントを取られるような状況ではなくなるはずだ。
そして最後に、エロでありかつ肯定的であった場合だ。
これはあれだ。俺が勘違いだと切り捨てた、ユキ姉が俺を誘っているというのが真実だった場合に起こりうる事象だ。
例えばユキ姉が『そうだね。やっぱりこれはすごくエッチだよね』と俺の最初に持った印象と相違ない意見を出してきた場合、ユキ姉は最初から自分の行動をエロいと思っていてかつ、俺がエロいと思うことを予期していたと言える。
ユキ姉だって女子高生だ。健全な男子高校生が自分に対してエロいという感情を持つ行動を取る。
このことがどういう結果を招きうるか考える能力は、持ち合わせているはずだ。
それを分かっていてあえてやったというのであれば、それは誘っているのだという結論以外の答えを俺は持たない。
さらに言えばエロいという答えに対して俺をからかってごまかしなどせず、真摯にそれを直接俺に同意を求めたということになれば、もはや覚悟すら決まっているという段階と言っていいのかもしれない。
そう、この場合、ユキ姉はベッドインウェルカム状態の可能性が高いのだ。
まあ、先程も言ったようにこの可能性はほとんどないと思うんだけどな。
ユキ姉の性格的とか今までの経験則とかから考えても、やはりいきなりエロいことに思考がぶっ飛ぶと言うのは考えにくい。
先程あげたような性的に男をからかうというイメージもないし、やはりこれは天然行動がたまたまエロ行動にしか見えない現状になっていると考えるのが普通だろう。
・・・・・・いやでも、ユキ姉も女子高生だし、天然に見えて普通にエロ的思考を持ち合わせてたりするんだろうか。
完全否定はできない。しかし、俺の持つイメージとしては、ユキ姉は純真無垢で清廉潔白。コウノトリやキャベツ畑を信じていて、間違ってもポルノ映画を見せつけるようなことをしてはいけない存在だ。
しかし、イメージはあくまでイメージであって、実際その人物がどのような思考をしているかはわからない。
ユキ姉も実は普通にスケベなこと考えて、俺を誘いに来たなんて話も・・・。
サツキが発破をかけたという件もある。それに焦った挙句の行動として、俺に性的アプローチをかけに来た可能性だって十分考えられるのだ。
・・・いやいやいやいや、落ち着け落ち着け。こんなのは性欲を持て余した男子の勝手な妄想だ。
女性と男性の性欲の度合いは全然違う。思春期となればなおさらだ。
女性の数倍強いらしい男の性欲まみれの思考で考えたような女性心理の描写が正しいわけがないのだ。
勝手な妄想故に暴走してユキ姉を傷つけるようなことになれば、俺と姉妹たちの関係はむちゃくちゃになってしまうだろう。
いや、それ以前の話として、こんな場当たり的な状況に流される形でそんなことになりたくない。
ユキ姉は魅力的であるし、そういうことをしたくないと言えばそれは嘘だ。
しかしするとすればキチンとした手順の上で、関係をキチンと整えてから・・・・・・。
・・・・・・というか、あれだな。
たしかに俺は話の間を作って、自分の思考を整理するための発言をした。
その効果としては、かなり多岐にわたる状況に対応をできる素晴らしい効果を得たといっていいだろう。
会話の主導権を完全に相手に取られるということはなくなったであろうし、ある程度話の方向性をコントロールできる状況にもある。
しかし、考えをまとめるために取れる時間が長すぎやしないか?
これじゃ会話と会話の間というよりは、沈黙だ。
かれこれ数分、俺の発言に対してユキ姉が反応していない気がする。
・・・いやこれ気がするとかじゃない。ユキ姉は完全に無言でこちらをじっと見ている。
・・・え、もしかしてこの状況。女子との会話における最悪の状況に陥ってないか?
―# ユキside #―
は、ハルちゃんが言った『すごい光景』。
こ、これってどういう意味だろう・・・。
ぜ、全然わからない。
え? すごいって何が? 私がこんな時間にハルちゃんのベットに座っているのがすごい?
本当にどういう意味だろう。わからない。
・・・『こんな時間に』なんてちょっと責めるような感じの言葉があるし、もしかしてネガティブな発言だろうか。
例えば『すごいはしたない』・・・とか。
もしかしてハルちゃん、私が急にこんなエッチな格好で男の子のベッドに乗っちゃうみたいなことをしたことを責めてる?
あ、ありうる。
ハルちゃん会話とか視線とか結構ヤラシイ内容な事は多いけど、行動としてヤラシイことをすることはあまりないもんな。
たまに聞き耳立てちゃってるナツちゃんとのヤラシイ話も、下品なことを言ってるようで直接どうこうするみたいな話にはなってない。
も、もしかしてああいうノリは冗談でやってるものだから、今日の私みたいに本当に行動に移してシャレですまない状況にしてしまっていることに怒っているんじゃ?
・・・ど、どうなんだろう。
ハルちゃんの顔色からそれがわからないかと思ったけど、全然わからない。
なんだか自分の中で考えを整理しているような表情で、じっと私のきぐるみで隠された顔を見つめている。
責めるような表情には感じないけど、なんだか必死に悩んで、苦悩しているのが伝わってくる。
も、もしかして、いきなりこんな極端な行動を取ってしまった私にどう言葉を書けるのが正解か、必死に悩んでるとかなのだろうか・・・。
そ、そうだよ。冷静に考えたら、こんなのやっぱりおかしい。
今までただの幼馴染だったのに、いきなり誘惑する気満々の格好で部屋に上がり込んで、ベッドを占領して・・・。
は、ハルちゃんに頭を脱がせてもらうことばかり考えてたけど、脱がすにしたってこの方法はやっぱり極端すぎる。
そ、そもそもが安易で浅ましかったんだ。
昔雑誌なんかでちょっと読んだだけの男子の誘惑の仕方を参考に、ハルちゃんの欲望を刺激して押し倒されるなんて作戦そのものが。
馬鹿にしてるとも言っていい。男の子が、ハルちゃんがそんな単純な生き物であると決めつけて、ちょっと誘惑すれば私を押し倒すような存在なのだと考えていたようなものなのだから。
か、考えれば考えるほど、自分がすごくダメな存在に思えてきた。
このあとだって、ハルちゃんが照れたりしだしたらからかって『今日は折角だし一緒に寝る?』みたいに冗談交じりに誘惑するつもりだった。
だけど今のこの状況で、そんなこと言えるわけがない。
というか、何を言うのが正解なのかもわからない。
こ、この状況から私はどうすればいいの?
―# ハルタside #―
もしかして今、ユキ姉の状況は男子が女子にされたら終わりのアレな感じなんじゃないか?
もし本当にアレであるとすると俺の状況はかなりヤバイと言える。
アレをされたら基本終わりだ。挽回の手段などほとんどない。とてもまずい状況だといえるだろう。
アレってなんだって?
決まっている。アレとはマジDONBIKI☆のことだ。
何だそんなことかと軽く考えてはいけない。
女子のマジドン引きは真面目にヤバイのだ。
ただ引いているのとは違うマジドン引き。
これはもし好意を持っている相手にされたとすれば致命的な状況であるといえる。
女子が口で自分から『引くわ―』とか『キモい』とか言ってる感じの引き方とは別の話だ。
そういう発言をしながらやる女子の引き方はまだ冗談めいているというか、軽いノリで発せられているものである。
まあ、このての引き方であってもされる方は結構傷ついてしまうものであるが、こういうは慣れだ。
女子は発言どおり実際に引いているが、まだ相手に伝える余裕があるレベルであるし、追い打ちを掛けて引くような行動でもしない限り挽回のしようはある。
真にコミュ力の高い人間であるのなら、むしろこの程度の引かれ方なら逆手に取って絶妙な加減で引かれ続けることでネタにするなんてことすら可能であるだろう。
だが、マジドン引きは違うのだ。
真に言葉を失って、状況に引いてしまっている状況。
こうなった女子は茶化したり、言葉にする余裕もないほど相手に引いている。
心の底から相手に引いているのだ。
この状態の女子はとてもヤバイ。
少し話が脱線するが、女性は男性よりも右脳と左脳をつなぐ脳幹の数が多いという話を知っているだろうか。
人間の脳は右脳と左脳で別れており、左右それぞれの脳はそれぞれ違った役割を持っている。
詳しく話せばかなり長くなってしまうのでそれぞれの脳の役割を端的に表すと、右脳は感情的、左脳は論理的役割を担っている。
つまり、人間の脳は感情的(嬉しいとか、楽しいとか、好き嫌いなど)に物事を考える部分と、論理的(お金になるとか、後々必要だとか、将来のためだとかなど)に物事を考える部分が分かれてできている。
その役割の違う左右の脳の繋げる器官が女性は男性よりも多い。
このことで何が起きるかというと、女性は男性よりも論理と感情を結びつけやすい存在だといえるのだ。
論理と感情を結びつけるとどうなるかということの極端な例をあげると、嫌いな人間には悪いことが起こるはずだと信じるとか、好きな人間は必ず成功するはずだと信じてしまう、なんてことがあげられるだろう。
実際の能力だとか、これまでの経歴は関係ないのだ。今、その人物が嫌いだから、いずれ悪い結果が起こるはず。あるいは悪いことが起こってほしい。
そういう思考が論理と感情が結びついた思考の例と言える。
無論、女性が絶対的にそんな考え方をするかといえばそうではないだろうし、男性であってもそういう考え方をする人間はもちろんいる。
だが、絶対ではないが男女の脳の作りの差から言って、女性がそういう風に感情を論理に持ち込んでしまう傾向は高いらしい。
実際昔からおばちゃんを敵に回すと仕事がしにくくなるなんてことがそこかしこの職場で語られ続けている理由もこれが根幹にあるだろう。
実際どれだけ仕事ができるかが重要ではないのだ。おばちゃんが嫌いになった人間は、そのおばちゃんから見て実際より能力が低い、あるいは低いはずだというメガネで見られることになる。
そのことと、女性が女性同士でコミュニティを形成して情報共有することが組み合わされば、職場ではドンドン肩身が狭くなる。
だからおばちゃんは敵に回してはいけない。嫌われたら終わりなのだから。
話を戻す。
女性のマジドン引きがなぜ怖いか。
それはマジドン引きというのは嫌われる前兆に他ならないからだ。
前兆であってまだ実際に嫌われた訳ではないのだが、前兆を侮ってはいけない。
嫌われてないが、嫌悪感は抱いている。それも他を考える余裕がないほどの嫌悪感だ。
これは本当にまずい。
先ほども言ったように女性は論理と感情が直結している。
今抱いた嫌悪感が今だけで終わるとは限らないのだ。
・・・これは将来的に嫌われてしまう原因になるとかそういう話ではない。
この『今で終わらない』というのは未来を指した話ではない。では何を指しているかと言えば、未来でなく『過去』なのだ。
そう、女性が『今』抱いた嫌悪感は、『過去の出来事』まで飛び火して大きく増大する恐れがある。
これは過去に実際会った物事が書き換わるとかそんな話ではない。
女性が過去の出来事に対して持っていた『感情』が書き変わるという話だ。
昔は気にしてなかったこと、少しだけ引っかかっていた事象などが今出てきた嫌悪感で爆発して、昔から嫌悪していた出来事に書き換わってしまう。そう言いたいのだ。
ほんの小さなことも嫌悪感に変わってしまう。トイレの後に蓋を閉め忘れがちであったとか、記念日に盛り上がりが薄かったとかそんな小さな積み重ね。今までさほど気にしてなかったはずの過去の小さな事象の積み重ねが連鎖的に嫌悪の対象に変わっていく。
今まで積み上げてきた付き合いの歴史が、今この時に得てしまった嫌悪感により過去をひっくるめて思い返すたびに嫌悪感を増幅させるという嫌悪感の爆発的増殖につながる。
過去の出来事そのものは変わらないが、過去の出来事に感じていた感情が書き換わってしまうのだ。
名付けるなら『嫌悪感パンデミック』と言ったところだろうか。
たった一匹のゾンビと侮っていたらいつのまにか世界滅亡の危機に陥るほどゾンビウイルスが世界中に蔓延ってしまう往年のパニック映画のように、女性の今の嫌悪感は、過去の様々な思い出を連鎖的に嫌悪感に変えてしまう可能性がある。
その引き金にマジドン引きはなりうる。
たった一度の嫌悪感。
それに油断すればあるのはそこにあるのは破滅だ。
いい感じの雰囲気は一気に冷めうるし、良妻は鬼嫁に変わりうる。
熱愛されていたはずの婚約者が婚約破棄をきっかけに変わって、自分よりも遥かにハイスペックの相手とくっついたのを見せつけられ、今までの積み重ねを全て精算させられ、地べたに這いつくばって無様に喚く姿をざまぁと笑う令嬢になりうる。
嫌悪一瞬ざまぁ一生。
いままで積み重ねてきた二人の歴史が長ければ長いほど、嫌悪感は爆発的に燃え広がって、威力を増す。
無論、普段から気をつけてさほど酷い事を積み重ねてでもいない限り、死んで欲しいと思われるほどに恨まれる事もないだろう。
しかし些細な引っかかりも積み重ねれば多大な破壊力を持った嫌悪だ。旦那デ●ノートなんて鬱憤の吐き出し場が流行ってしまうくらいに、女性の嫌悪の爆発というのはよくあることだし、怖いものだ。
決して油断はならない。ざまぁされる悪役令嬢の元婚約者も、存在することすら嫌悪され金だけ入れて消えろと散々ネットに書き込まれる旦那も明日は我が身なのだ。
・・・未だユキ姉に反応はない。
どうしよう。ガチにマジドン引き中なのだろうか。
そうでない可能性も十分あるが、何も反応がないので全くわからない。
着ぐるみで表情が見えない事も相まって、ユキ姉が今、何を考えているのかが全くわからない。
こんな風に嫌悪感を抱かれてしまった場合、何がきっかけてであるとかそういうのは問題ではない。
重要なのは今、相手が嫌悪感を抱いているということそのものだ。
こちらに非があるとかないとか、原因がなんだとかそんなのも関係ない。
感情はもう生まれてしまっているし、すでに過去の感情の書き換えが始まっていてもおかしくない。
現時点に置いて原因を追求するとか、誰が悪いかを話し合うのは愚策だ。
家に火がついているのに、その前でどうして火がついたとか、誰のせいだと話し合っているようなものだ。
家に火がついてしまった場合の行動として正しいのは、小さな火であるなら水や消火器、濡らした布などを用意して消火活動をすることや、手に負えない場合は消防車をすぐに呼ぶこと。それしかない。
原因の究明や非を明らかにするのは消火活動が終わってからでもできる。
まずは火を消す。それが先なのだ。
よく見ればユキ姉が小さく震えていた。
・・・もしやあまりの怒りに震えている状況だろうか。
何にそんなに怒っているのかわからないが、状況は一刻を争うのかもしれない。
女性が嫌悪感や怒りを燃え上がらせている。
この状況で会話をしようとするのは意味がない。燃え上がる火に対して会話で解決しようと話しかけるみたいなものだ。
言葉を交わせるようになるのは相手の燃え上がった感情が収まった後だ。原因がわからないし気になるが、それが聞きだせる状況に今はない。
下手をすればそれがわからないのかと相手に余計に火を注ぐことになる。
となれば、男に今できる対処手段は一つだ。
俺はそれを実行するために地面に膝をつけた。
「ユキ姉、本当に、本当にすいませんでした」
俺はユキ姉に向けて、深々と土下座をするのだった。
面白いと思ってもらえたら評価、ブクマ、感想等もらえたら嬉しいです。