21・よなかの攻防
―# ハルタside #―
ノックの音がしたのでドアを開けるとユキ姉がいた。
こんな時間に珍しいなと思ったが、ユキ姉が持っている物が俺のマクラなのを見て思い出した。
そういえば今朝、頭を隠すためにマクラをユキ姉に持って行かれていた。
多分それを返しに来てくれたのだろう。
「は、ハルちゃん、これ。持って帰っちゃってたから・・・」
そう言ってユキ姉がマクラを差し出してくる。
「ありがとうユキ姉」
マクラを受け取る。
「・・・ハルちゃん、せっかくだしちょっとおはなししない?」
「おはなし?」
言いながら俺は時計を見る。
時刻は22時。ユキ姉が睡眠不足で暴走状態に陥るデットラインまで後一時間だ。
毎日8時間の睡眠をとらなければ暴走するユキ姉は23時以降になると自身の快適な睡眠のために最適な環境づくりを始める。
端的にいうなら寝床を確保してその周りで音を立てるものを自動で破壊し始めるのだ。
おはなしってどのくらいの予定だろうか・・・あまり長く話していると、たぶん俺の部屋を寝床として占拠されてしまう。
ハーフドールであるユキ姉が空腹時や睡眠不足時に暴走状態になってしまう理由は音成父にもよくわかってないそうだ。
遺伝子を持つ者同士の交配で両親のどの部分が遺伝するのかはランダムであるように、ユキ姉がアンドロイドの母から受け継いだ機械的要素がどの程度かは割とランダムらしい。
交配するのであれば機械にも遺伝的多様性が必要になるというのが音成父の持論らしいからなのだが、そもそも機械と交配しようと思うその思想から訳がわからないので、まあ、音成父の意味不明なこだわりの弊害と言っていいのかもしれない。
おそらくはユキ姉の高パフォーマンスを維持するためにあるシステムと生存本能が変な具合に噛み合ってあのような暴走状態が出来ているのではないかという話だが、確信はない。
ハーフドールはユキ姉以外に存在しないので比較や検証のしようがないことも原因の究明に至らない理由だそうだ。
空腹にしても睡眠不足にしてもそれによる暴走が抑えられるのであれば抑えたい部分でもあるからな。
しっかりとした原因がわかり抑えられるのであれば抑えたいところらしいが、今のところそれはなされていない。
だから原因の究明でなく、問題を発生させない対処として俺がユキ姉の食事や睡眠の管理をしているわけだ。
だけど、そうやって管理されなければユキ姉はまともに生活できないというのは可哀想な気がする。
俺の負担とかは特に気にしてないが、暴走状態が発生しないようにできるのであればそうなってほしいところだ。
「だ、ダメ?」
時計を見て思案していた俺にユキ姉がそう聞いてくる。
声に対して俺がユキ姉の方を見た時に気づいた。
ユキ姉の格好についてだ。
・・・こ、これは前に俺が作った童貞を殺す部屋着っ!!!
馬鹿なっ! あの兵器が実戦投入されているなんて・・・っ!!
ユキ姉は基本的に普通に可愛い系の寝間着を注文することが多いのだが、前に突然一着だけバリバリに男を悩殺する系の部屋着を買ったことがある。
着るとサイズはピッタリのはずなのだがブカブカに見える部分がある作りになっている部屋着で、首回りは肩元や背中、胸にかけてバックリと広く開いて今にもずり落ちそうに見えるが、そこはきっちり身体に合わせてフィットさせることで落ちないようになっている。
要は落ちそうで落ちない。こぼれ見えそうで見えない首元になっているのだ。
その上で袖口はブカブカに大きく、小さな手がより小さく可愛く見える萌え仕様。
なのに胸回りからウエストまでのあたりは身体のラインを強調するかのようにフィットして、女性的なラインを感じさせエロさを高めている。
腰回りは股がどこにあるのかわからなくなる絶妙な加減の短さとブカブカ具合。
ちょっと動けばそこから下着が覗くのではないかというハラハラ感がよりエロさを引き上げる。
ファーなどによる装飾も華美にし過ぎず、抑えめにすることで可愛さをプラスしているがエロさの阻害をしないうるさくなり過ぎない程度の絶妙さ。
——そう、それは自分の部屋にいるからこその油断を演出した絶妙な緩さと、女性的ラインをクドくなり過ぎない程度に強調させた別方向のエロが繰り広げるシンフォニー。
美少女アニメ特有の、可愛さを感じるロリ萌え体系に出来る限りの女性的エロさを追求するという男の業が詰まった体系を持つユキ姉のプロポーション。
そのエロスペックを最大限、いや、性能以上のスペックでエロの核分裂反応を起こす事を目的とした大量破壊兵器がこの服なのだ。
エロい。ただエロい。この上なくエロい。
世界の全てがエロに染まり、それ以外の感情が全てピンク色の光で消し去られてしまうかのような破壊力が俺の目の前にはあった。
普段の傾向から、きっとネタで一着だけこういう服を買っておこうという遊び心の元に買われたのだと思っていた。
それがまさかこうやって現実の元にユキ姉の身体を飾り、俺の目に映る日が来るなんて・・・。
どうせこの服は日の目を見ることはないのだろうとか、着るとしても女の子同士でヤバいヤバいと言い合ってネタで見せ合うとかかな。それはそれでありだな。なんてことを思いながら俺が裁縫をやった日々が脳裏に過ぎる。
————俺の目からは、自然と涙が零れ落ちていた。
今、俺は感謝していた。
世界中の全てに。このようなエロを目撃できた幸運に。
ありがとう、世界。このようなエロに俺を出会わせてくれて。
ありがとう、宇宙。こんなエロいものを生み出すために生まれてくれて。
あぁ、感謝します。
今、世界がエロに染まっていく・・・っ!
「・・・・・・ちゃん! ハルちゃん! しょ、正気に戻って! 滂沱のごとく涙を流しながら世界に感謝するのはやめて!」
ユキ姉の叫びに、俺は現実に戻る。
「————はっ! あまりのことに一瞬トリップしちゃったぜ。危ない危ない」
「い、一瞬じゃないよ。5分くらい呆然と私を見ながら涙を流してブツブツ何か言ってたよ。ビックリするくらい瞬きもせずに見つめ続けられてたよ」
「その気になればあと128時間くらいいけると思う」
「い、いかないで! 私その間どういう反応していいか全くわからないよ!」
「何もする必要ないよ。その状態のまま、ただそこに立っていてくれたらそれだけで世界の全てに感謝ができる」
「さ、さすがにもうどうコメントしていいかわからないよ」
「コメントなんていらない。ただそこにあるだけで素晴らしい」
「・・・も、もういいからお部屋に入れて? たまにはゆっくりおはなししよ?」
言われて俺は再度時計を見る。
エロ鑑賞に有意義な時間を過ごしてしまったせいでタイムリミットまで1時間を切っている。
ユキ姉が話したいと言ってくれる気持ちはありがたいが、暴走状態を考えれば部屋で話すのは得策じゃないだろう。
本音を言えばこんなエロエロなユキ姉が自室にいるなんてシチュエーションは逃したくないが、危険は犯せない。
下手をすれば命に関わるからな。ここは自室で話すべきではないだろう。
(俺の部屋だとむさ苦しくてくつろげないだろうから、リビングで話そうよ)
「どうぞ入って。ユキ姉が俺の部屋に来るなんていつぶりだっけ?」
——はっ! 本音の言いたいことと建前で言うべき言葉が逆になってしまった。
きっとあまりのエロさに俺の精神の制御が狂い始めているのだろう。
くそ、流石の性能だ。特に何もしていない状態でこれほどの破壊力とは……。
「・・・小学生以来じゃないかな? ・・・じゃ、じゃあ、お邪魔します」
そう言ってユキ姉が部屋に入ってくる。
時刻は22:07。・・・俺は今夜、無事に生き残ることができるのか?
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