2・おとなりさんちの三女
とりあえず5話まではストックがあるのでそれまでは毎日更新できる予定です。その後は反応見ながらで。
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しばらくして意識を戻すと、俺は床の上に眠っていた。
記憶が混濁して少しの間なぜ床で寝ているのか思い出せなかったが、少し時間をかけてユキ姉にかかと落としをされたことを思い出し、多分それで気絶したのだと思い至る。
寒くはない季節でよかった。
起き上がり、ベッドの上を見れば、そこにはユキ姉が寝ていた。
一瞬ビビったが、すぐになぜそうなっているのか思い当たる。
たぶん、俺をカカト落としで落とした後、そのまま自室に戻るのが面倒になって俺のベッドで寝たのだろう。
ユキ姉は普段は温厚な人なのだが、お腹がすいたときと眠い時、睡眠を邪魔されたときは人が変わり、凶暴になる。
また移動させるために起こしたりすれば悲劇が繰り返されるだろう。
時計を確認すれば時刻は4時55分。目覚ましの鳴る5分前か。
ユキ姉がいつも目を覚ます時間は確か7時のはずだから、設定をその時間に変えておく。
目覚ましがなる前に起きれてよかった。
ユキ姉が目覚めるいつもの時間の前に目覚ましが鳴れば、その瞬間にユキ姉は無意識に目覚ましを破壊してしまうからな。
ユキ姉には必ず一日八時間は睡眠を取らせる。それが音成家を安全に運用するためのルールだ。
音を立てないように静かに部屋を出る。
なんだかんだいつもの時間だ。さっそく朝食の準備と三姉妹の弁当作りを始めよう。
自室から離れ、台所に向かう。
・・・あ、スマホを部屋に置きっぱなしにしてきてしまった。
あれがないとナツと会話できないんだが・・・・・・まあいいか。
部屋に戻ってまたうっかりユキ姉を起こしてしまったほうが惨事だ。
ナツがもし何か緊急で話したいことがあるなら、最悪また家電やらドローンやらで連絡してくるだろう。
さてと、冷蔵庫の中を確認する。
ふむ、そろそろ材料が切れそうだな。今日は帰りに買い物しておかないと。
あと、前にユキ姉が取ってきてくれたイノシシ肉がそろそろ切れそうだ。
起きてきたら伝えておこう。
「・・・やっぱり、なんど見ても一般家庭にその冷蔵庫は浮いてると思う」
背後から声が聞こえてきた。
冷蔵庫の音で近寄る気配を感じずちょっとびっくりしてしまったが、聞こえてきた声は知った声だったので、慌てず振り返る。
「おうアキ、おはよう。どうしたんだ? こんなに早起きして」
「おはよう。なんかナツ姉が気絶したハルタの様子が心配だから見てきてほしいって起こしに来た。さっきまで大丈夫かどうかスマホで監視してたらしいんだけど、充電器にスマホがつながれてなかったから電池切れしちゃったんだって」
・・・マジか。
充電器につなげて再充電しておかないと学校に行く時にスマホなしになってしまうな。
しかし今は部屋でユキ姉が寝てるからあまり近づきたくない。
・・・家を出るのは8時の予定だし、ユキ姉が起きてきたら忘れずに充電をしに行くことにしよう。
「まあ、見ての通り、俺は大丈夫だ。なんかすまんな。こっちのゴタゴタで早起きさせちゃって。もう少し寝てきていいぞ? 朝飯はまだ何もできてないし」
基本的に我が家と隣家に住む音成家の食事は、俺が一手に請け負って作っている。
食費やら食材やらの支援を音成家から貰っているし、料理は俺の将来の目的に役立つスキルなので、不平は全然ない。
それに、さっきアキが言っていたデカイ冷蔵庫。こういう普通の一般家庭にはない業務用冷蔵庫なんかの家電も音成家からは支援してもらってるからな。
他にもフードプロセッサーとかミキサーとか、業務用一般家庭用問わずいろいろな料理用家電が俺のキッチンには揃っている。
こういう通常なら業務でしか使えないものや、まだまだ世間的に珍しい家電を支援してもらえているのはとてもワクワクする。
これらの家電を見事にしっかり使いこなしてみせようと思うと、腕がなるのだ。
「せっかく目が覚めたし、たまには手伝うよ。なにすればいい?」
「マジか? ありがとう。じゃあ、トマトが左の冷蔵庫の2段目に入ってるから、15個分5ミリ間隔でスライスしてくれ。それが終わったらイノシシ肉を1キロ分フードプロセッサーでミンチにして、その後にボウルを出して卵を25個割ってくれるか?」
「・・・料理屋でも開く気? 何その作業量。何人前の料理よ」
「今日は5人前だな。友達から弁当制作を依頼された分があるから。まあ大半はユキ姉用だけど」
昨日の夜に仕込んでいた材料を取り出したり、吸水済みの業務用の炊飯釜にスイッチを入れながら俺が答える。
「わかってるよ。ちょっと言いたくなっただけ。ハルタも毎日こんなのよくやるなぁって思って」
「まっ。家事はきらいじゃないからな。それに俺の夢は・・・」
「いやそれ毎回言わなくていいよ。何度も聞くと流石にツッコミ面倒だし、ウザいから」
エプロンを付けて、トマトをスライスしながらアキがそういう。
辛辣だ。
「ツッコミってなんだよ。俺はボケてるわけじゃなく真面目にだな・・・」
「いや、そういうのもウザいから。早く終わらせたいんだから、口じゃなく手を動かして」
いや、早く終わらせたいも何も手伝う必要はないって最初に言ったんだからやりたくないならやらなきゃいいと思うんだけどな。
まあ、それを言ったら絶対機嫌悪くなるだろうから言わないけど。
こんな風にたまに毒舌なところはあるが、アキ、音成三姉妹末娘は、三人の中では一番まともだったりする。
まともというか普通というか、まあなんというかそこら辺は微妙な部分ではあるんだけども。
ちなみに、ユキ姉、ナツ、アキの三姉妹は、血が半分しか繋がっていない。
全員父親は同じなのだが、母親が違うのだ。
まあそのことについて三姉妹の方はあまり気にせずに姉妹やってるようだし、実は母親が違うというのもそんなにしっている人間はいない。
母親どうこう以前の問題を三人共抱えてるからなぁ。三姉妹を知ってる高校の連中にそのことを話したとしても、実はそんなにインパクトはないんじゃないかと思える。多分それ以前の情報のインパクトに塗りつぶされてしまうだろう。
「そういえばナツ姉がハルタに写真がどうこう聞いてくれって言ってたけど、何の話?」
口より手を動かせとか言いつつ、アキの方から話しかけてくる。
まあ、作業の手は止まってるわけじゃないし、それを指摘しちゃうと機嫌悪くなるから言わないけども。
しかし、はて写真? ・・・何の話だったか。
ユキ姉に蹴り飛ばされる前にそんな話をしていた気がするんだが、蹴り落とされた影響か、そのへんの記憶が曖昧だ。
「・・・よく覚えてない。確かアルバムにナツの写真が少ないみたいな話をしていた気がするんだが・・・いや、なんか違うな。悪い。覚えてねぇや」
「ナツ姉なんかすごい重要そうにいろいろ言ってたけど、ハルタのほうがそんな感じってことは大した話じゃないのかな?」
「うーん、ナツと直接話せば何か思い出すかもしれないけど、アキ、スマホは持ってきてないのか?」
ナツは自室を出てこないから話すときは基本パソコン越しかスマホ越しだ。
キッチンにパソコンはないので、基本的にここで話そうと思えばスマホしかない。
「ナツ姉がスマホ使うと電池すごい消耗してウザいから持ってこなかった。あと、いるとナツ姉うるさいし」
姉に対してもアキは辛辣だな。
まあ、いるとうるさいってのには同意するが。
それからしばらく黙々と二人で作業をした。
アキが手伝ってくれたおかげでいつもよりだいぶ早く弁当や朝食の準備が終わりそうだ。
時間がだいぶ余りそうだし、これは晩飯の仕込みをついでにするのもいいかもしれない。
作業があとは盛り付けだけになったのにアキが気づいたのか、手伝いの手を止める。
「後はもういいよね。これ、お駄賃ってことでつまみ食いするね」
そう言いながら、俺が揚げた揚げ物のうちの一つを摘む。
「おいそれ、揚げたてだから多分すごく熱いぞ?」
「あふっ! はふはふっ、もっとはわふいっへふぉ!」
やっぱり熱かったのか口をハフハフさせながらアキがこちらに文句を言っている。
うまく聞き取れなかったが、多分もっと早く言えとかそういうことを言ってるんだろう。
とっさにそんなの言えるわけ無いだろうと思いつつも、それは言わずに俺はコップに冷えた水を注いでアキに渡す。
アキは渡されたコップをハフハフしながら受け取り、口の中のものをなんとか飲み込んでから、熱くなった口内を冷やすように水をごくごくと飲む。
「・・・ありがとう。熱々だったけど、やっぱりハルタの料理はおいしい。これだけは勝てる気がしない」
「お前は割りと普通に料理できるだろ? 特に三姉妹の中では比べるまでもなくうまいし」
「いや、ナツ姉やユキ姉と比べられても全然嬉しくないんだけども。それに私の場合あくまで自炊レベルででしょ? ハルタの料理はお店でも通用するレベルじゃん」
「いや、そうでもないだろ。味付けは万人向けってよりは、お前ら姉妹の味の好みに合わせて作ってるからな。お店やってもそんなに繁盛するような感じではないと思うぞ? まあ、一度に作る量がお店並みになってるのは否定しないけど」
まあそれに、お店でやる料理は商売だしな。
俺はそんなふうに硬っ苦しく料理をするのは苦手だ。
儲けとか大衆受けとか気にせず、身近な人が喜んでくれたりする料理を作るほうが性に合ってる。
「ちゃんと好みとか考えてくれてたんだ」
「当たり前だろ? ただ栄養を摂取したいだけなら最近はインスタントやらコンビニ弁当やらもしっかりしてきてるからな。作るからには食べる人の娯楽になるものを作る。それが俺のポリシーだよ」
「そうなんだ・・・若干その温度がウザい気がするけど、まあありがとう」
「どういたしまして。なんならお前が俺の夢を支えてくれる相棒になってくれてもいいんだぞ?」
「それはまだ遠慮しとく」
・・・『まだ』か。
昔からアキは絶対ヤダとは否定しないけど、いつか引き受けてくれる気でもあるんだろうか。
まあ、それをこちらから聞くのはなんだか野暮な気がするから聞かないけれど。
「今日は生徒会とか部活とかはどうなんだ?」
「部活の方が試合が近いから朝練ある。そろそろ出ないと」
アキは生徒会書記と剣道部を掛け持ちしている。
成績はいつも学年上位だし、剣道も中学時代から個人で全国大会に行ったり行かなかったりするくらいには強い。
男子が内緒でランキングしている学内美人ランキングでは3位に選ばれるくらい美人でもある。
だけど、あの三姉妹の一人だからなぁ。
ほか二人が悪目立ちしすぎているせいか、ちょっとパッとしない印象で見られることが多かったりする。
本人はあまりそういうのを表に出したがらないタイプだからそれをどう思っているか分からないけど。
「ほい、朝飯。弁当は食べてる間に詰めとくからちょっと待っとけ」
大量にある料理の中から急いで食べれそうな物を朝食として盛り付けたあと、アキの弁当を詰め始める。
急ぐんだったら今日はあまり凝ったキャラ弁は作れないな。・・・こんな感じにしとくか。
「ご馳走さま」
ちょうど詰め終わったタイミングでアキが食べ終わったらしい。
「ほい弁当。洗い物はあとでやっとくから、適当に流しに突っ込んどいてくれ」
「ありがと」
そう言って弁当を持ってアキは玄関から出て行った。
時計を見ればそろそろ7時だ。
ユキ姉の弁当である重箱にいつもの量の料理を詰めていってると、目覚まし時計の音が薄く聞こえる。
目覚ましの音が破壊音がなく止まったので、どうやらちゃんと必要な分の睡眠は取れたようだ。
それからすぐにユキ姉が慌てた様子でキッチンまでやってきた。
サブタイトルは今思いつかないので、思いついたら随時追加します