13・てんこうせいの悪戯
「ユキ姉、どうしたの?」
俺はユキ姉に近づいてそう声をかけた。
「・・・・・・」
だがユキ姉は答えない。
・・・ユキ姉人見知りだからな。知らない人がいるから喋りにくいのだろう。
「どうもこんにちは! 僕はこのハルタの婚約者候補をしているサツキと言います!」
サツキがいきなりそんな風に言ってユキ姉の前に躍り出た。
「! っ! ・・・っ!」
ユキ姉は声に出さずにしきりに首を俺とサツキの間でキョロキョロさせた。
声も表情も読み取れないが、その仕草だけで驚いているのがわかる。
「いや、ユキ姉違うからな。こいつとは今日あったばっかりだし、婚約とかそんな関係じゃない」
「その言い方はないだろう? 僕はプロポーズまでしたのに。まあ、口ではそんなことを言ってるけど、僕はハルタはすでに僕にメロメロになり始めていて、落ちるのもそう遠くないってわかってるよ。全く、ハルタのツンデレには困ったもんだ」
「人を勝手にツンデレキャラ扱いするな。それをしだしたらどんな行動でもツンデレ故の照れ隠しになっちまう」
「だって実際そうだろう?」
「ちげえよ! その思い込み激しい奴のトンデモ思考みたいな評価やめろ! ポジティブ思考も行き過ぎれば害悪だ!」
「やっぱりハルタのツッコミはいいな。そういうのもっと欲しくてつい言いすぎちゃう」
「・・・そっちはたのしそうでいいな。こっちは結構消耗するんだぞ。まったく、なんでこう俺の周りはこう変人が集まってくるんだ」
油断すると平気で常識を逸脱した行動をし出すからな。俺としては非常識な毎日などゴメンなのだ。
常識の中で生きたければツッコミを入れるしかない。
「類は友を呼ぶだと思うが」
「おい、そう言ったら俺も変人みたいじゃないか」
平々凡々な男子高校生捕まえて変人呼ばわりなんて、ひどい侮蔑だ。
こっちは平穏な毎日を送るために日々苦労してるというのに。
「自覚がないってのはあれだな。見ているだけなら面白いけど、この学校でまともに生活したいならあまり深く関わるべきではない人リストに君も載ってたぞ? 昼に会った君の幼馴染二人も含めて」
「なんだそのリスト! 誰が見せてきたかとか詳しく話せ!」
どこのどいつがそんなの作ってやがる。
クラスメイトの奴なら一言物申す必要がある。
「転校や編入の手続きをしてくれた教員だ。名前は言うなと言われた」
「教員レベルから変人指定ってマジもんじゃねえか! というか、教員が見てるだけなら面白いとか言ってんじゃねぇ! まともに対処しやがれ!」
なんなら、そんなリスト作っている時点で学校ぐるみで変人じゃねえか・・・つまり俺のこの状況は入学時点から詰んでたと言うことか。
最悪の状況じゃねえか。
「まあ、そんな話はさておき、さっきからずっと沈黙してビクビクしてる、この着ぐるみの頭少女は誰なんだ? 身体の小ささ的に下級生か?」
「いや、上級生だよ。俺の幼馴染のユキ姉だ」
「また君の幼馴染か。どれだけ君は幼馴染がいるんだ? 今日だけで三人もあうとか多すぎだろ。最終的にこの学校の女子は全員俺の幼馴染だとか言い出すんじゃないだろうな」
「そんなわけあるかよ。ユキ姉で最後だ。というか、今日お前があった俺の幼馴染は全員姉妹だよ。三姉妹。幼少期からお隣さんで家族ぐるみで付き合いがあるんだよ」
「なるほど、三姉妹か。言われてみれば昼間の二人はどことなく似ていた気がしないでもないな。ところでそのウサギの頭はなんで被ってるんですか?」
唐突にサツキがユキ姉に話を振る。
俺とサツキの会話に混じれずにアワアワしていたユキ姉が、それに驚いて身体をビクリとさせる。
「・・・・・・ぅ、ぁ・・・」
頑張って何か喋ろうとしているが、緊張しているのか声になってない。
ユキ姉可愛い。小動物みたいで癒される。俺の荒んだ心がユキ姉を見てると癒えていくのを感じる。
まあ、このまま待っていてもユキ姉が初対面の相手に流暢に喋り始めることはないだろう。
助け舟を出そう。
「ユキ姉は極度に人付き合いが苦手な上に、視線恐怖症なんだ。他人に自分の顔を見られていると、吐き気や目眩がして、立っていられなくなるんだよ。着ぐるみの頭をつけてればそれは抑えられるんだ。診断書もあって学校にも許可をもらってる」
表向きの理由を俺が話す。
「へえ。視線恐怖症。そんなのがあるんだな」
「間違っても頭を外そうとかするなよ? フリじゃなくて本当に絶対にだ」
話を聞いて手をワキワキさせ始めたサツキにそういう。
「・・・ちょっとくらいダメなのか?」
「相手はガチの病気なんだ。それに対して軽い好奇心程度で見ようとするなら、俺はお前と付き合いをするのをやめる」
「・・・わかった。本気で重度の症状なんだな。知らなかったとはいえ軽率なことをしようとしてすいません」
そう言ってサツキがユキ姉に向かって殊勝に頭を下げる。
意外と素直なんだな。
「・・・ちなみにハルタは彼女の顔を見たことがあるのか?」
「・・・ないよ」
「家族ぐるみの付き合いの相手にも見せられないほど重症なのか。それは大変そうだな」
「そういうことだ。ほれ、お前がいるとユキ姉緊張して話せないから、ちょっと外せ。二人で喋ってくるから」
「わかった。終わったら声をかけてくれ」
そう言ってサツキは素直に離れていく。
それでようやくユキ姉は落ち着いてきたようだ。
「ふう・・・あ、アキちゃんナツちゃんからある程度は話に聞いてたけど、すごい子だね」
「なんだ、説明しなきゃかと思ったけど、ある程度話聞いてたんだ。二人なんて言ってたんだ?」
「と、とりあえず女の子だってことは知ってる。んー、後はあんまり言っちゃうのはダメな気がするから、とりあえずこれだけ」
そう言ってユキ姉が俺にスマホの画面を見せてくる。
そこにはアキからきたメールがあり、文面はこうだった。
『ワタシアイツ嫌イ ××スル』
それだけ書かれていた。
なにこれ怖っ!
普段のアキからは考えられないくらい怒っている。
これはプリン様になんとかしてもらうしかない。プリン様ならきっとなんとかしてくれるはずだ。
プリン様、どうかお願いします。アキの怒りを鎮めてください。
「い、今もこっちの話に聞き耳立てようと足音忍ばせてちょっとづつ忍びよろうとしてきてるね」
言われて後ろを振り向けば、向こうを向いているように見えて、さっき見た時より少しこちらに近づいているサツキの姿があった。
・・・殊勝に見せてあれか。結構いい性格してるなアイツ。
「じゃあ早く話を済ませよう。それでユキ姉、なんで待ってたの?」
「ああ、アキちゃんからお肉が切れそうって聞いたから、は、ハルちゃんと一緒に冷凍倉庫に取りに行こうと思ったの。どれがいいとかあるかなって思って」
「あ、そうなんだ。ゴメン。今日は冷蔵庫の食材が全体的に切れそうだから、買い出ししとかないとまずいんだ。肉はすぐ切れるって感じじゃないから明日でいい?」
「あ、あの子がついてきていた理由は?」
気のせいかユキ姉の口調にちょっとだけ詰問するような色が混じっている気がした。
「あいつ、引っ越してきたばかりだから買い物できる場所がわからないんだって。引っ越した近所に住んでるってクラスメイトから聞いたらしくて、俺に案内頼んできたんだよ」
「・・・そっか」
「ユキ姉も買い物ついてくる? 食べたい物があれば買うけど」
「んーん、いい。は、ハルちゃんが作ってくれた物ならなんでも美味しいし。一人でお肉とりにいくことにする。なんのお肉がいい? あと残ってるのは、鹿と猪と熊と・・・」
「・・・ユキ姉の食べたいお肉もってきてよ。ユキ姉が持ってくればどんな食材でも、おいしく調理して見せるからさ」
「・・・フフ、あ、ありがとうハルちゃん。じゃ、行ってくるね」
それだけ言ってユキ姉は先に歩いていった。
「おい、こっちに・・・」
サツキにこっちに来ていいと呼びかけようとした時には、サツキは俺の後ろに来ていて、ある行動をとった。
なんと俺の肩に腕を回して、身体を密着させて来たのだ。
「じゃ、話も終わったようだし行こうか」
肩を組んだ体制のまま、サツキがそういう。
するとユキ姉が俺に手を振ろうとしたのか、片手を上げて振り返ろうとした。
タイミングが悪い。いや、コイツ狙ってやがったな。
振り返ろうとした体制のまま、ユキ姉が固まる。
そして数瞬固まったあと、ユキ姉が駆け出した。
「あ・・・」
「やっぱり彼女もか。本当に君といると楽しいことがたくさん起るな」
またサツキが悪い笑顔で笑っている。
流石に俺もイライラしてきたのでサツキが回した腕を振り払った。
「流石にいい加減にしろよ。人の関係を引っ掻き回すな」
声に怒気を込めて、俺はサツキにそう言った。