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5 変わりつつある友



 それからどれくらいの時間が流れたのだろう。耳が痛くなるような静寂の中で、紫乃しのちゃんはうつむいたまま一向に動く気配を見せなかった。


 紫乃ちゃんは落ち込んでいる。彼女とは知り合って数時間しか経っていないが、それくらいは分かる。紫乃ちゃんはエデンにいる間もずっと、自分の能力を消すことばかり考えていた……。


 どうしてダメだったんだろう? 言魂使い(オラルメンテ)の能力は時に神の力とたとえられるほど絶対的なものだと、ニュースなどで耳にした。しかしそれは誤報だった? 万能ではない?


 考えてみても分からなかった。判断するための知識量が俺にはなさすぎる。当の紫乃ちゃんもそこは同じらしい。


 前に少し、再里さいりから聞いた話だ。この宇宙には異世界があって、異世界から来た魔法使いや魔術師といった類の者が地球には少数ながらも存在するんだ、と。


 魔法使いも言魂使い(オラルメンテ)同様、外見は普通の人間なので、パッと見で能力者かどうかを見極めるのは難しいらしい。


 ただ、魔法使いと言魂使い(オラルメンテ)には決定的に違うところがある。魔法は後天的に身につけられる能力だが言魂使い(オラルメンテ)の能力は先天的。そして、言魂使い(オラルメンテ)は言葉の力で魔法使いや魔術師から能力を消し去りノーマルな人間にしてしまえるというのだ。前例も何件か挙がっている。


 能力者界のヒエラルキーは言魂使い(オラルメンテ)がトップということ。定かではないが、異世界にも言魂使い(オラルメンテ)が存在するとかしないとか。地球と同じく、異世界でも言魂使い(オラルメンテ)は最も恐れられる能力者だという。


 再里がどこからそういう情報を得たのかは知らない。謎のルートでエデンのことをリサーチしていたくらいだから、似たような方法で知ったことなんだろう。俺にはそこまで掘り下げる覚悟がなかった。でも、今となってはもっと突っ込んで情報元のことをいておけばよかったと後悔する。


 再里の話が本当なら、なぜ魔法使いらの能力は消せて言魂使い(オラルメンテ)自身の能力は消せないのだろう? 血で受け継がれる能力だからか? そんなに言魂使い(オラルメンテ)というのは特別な存在か?


 比喩ではなく、これでは本当に神様だ。


 幸か不幸かノーマルな人間に生まれた俺からしたら、魔法使いも魔術師も充分人間離れしているのだけど。言魂使い(オラルメンテ)なんてなおさらだ。今だって心のどこかにそう思う気持ちはある。長年かけて築いた価値観だ。そう簡単に崩せない。


 今だって、言魂使い(オラルメンテ)の女の子が同じ室内にいるのが夢のように思う。本当に俺はこの子と住むんだろうか。


 目の前の現実を疑ってみたところで状況は変わらない。紫乃ちゃんはエデンから逃げてきて、言魂使い(オラルメンテ)の能力を好き勝手に使われることを苦痛に感じている。それは事実だ。


 彼女は話したくなさそうなのでこっちも訊かなかったけど、エデンは金稼ぎ以外の願い事も叶えるよう紫乃ちゃんに命令していたに違いない。俺の質問には何でも応えると言いながら、彼女の唇は小刻みに震えていた。


 紫乃ちゃんは感情を抑えて語ろうとする。初対面で俺に同居を願い出た時も、今も、常に理性的な話し口調で淡々と物を口にするよう心がけている感じだ。元からそういう性格なのか、あるいはエデンで身についた癖なのかは分からないけど。


 閉鎖的な施設に閉じ込められているだけで気がおかしくなるのに、それが犯罪者の立ち上げた場所ならなおさら正気を保つ方が難しい。誰だって気が狂うと思う。もちろん俺はそんな立場になったことがないけど、紫乃ちゃんの痩せ細った体を見たら嫌でも想像してしまう。


 昨日の今頃はまだエデンの施設で奴隷のような毎日を送っていたんだろう紫乃ちゃん。点滴が食事だなんて異常だ。もちろん世の中には病で寝たきりの生活をしなければならない人がいて、そういう人達は生きるために点滴で栄養摂取している。それは理解できる。でも、それは決して健康的な人間が強いられるべきものではない。


 紫乃ちゃんの姿を見ていたら、湧いて止まらなかった食欲も一気に消え失せていた。唐揚げが好きだし今夜はフルで揚げ物の気分だったのに、彼女を前にしたら食べられなくなった。


 エデンの創設者は何のために言魂使い(オラルメンテ)の子供を買い集めている? 金稼ぎだったら他にも方法はあるのになぜ言魂使い(オラルメンテ)の能力に頼る? その方が楽だからか? だとしてもここまでするか?


 紫乃ちゃんはいまだにうつむいたままだ。一言も話そうとしない。


 俺はバカだ。紫乃ちゃんの様子を見て、腹の底からやりきれない思いが溢れてくるのに、ただそれだけだ。いくら考えてもエデンの思惑全てを推し量ることができない。何の罪もない女の子をひどい目にあわせて最低最悪な組織だ、と、罵る言葉しか頭に浮かんでこない。そんなの、何の解決にもならないのに。


 エデン。再里はそんなところへ単身乗り込んだのだけど、この先無事でいられるんだろうか……。新人だからっていいように利用されて、最後には紙くずのように殺されてしまうんじゃないか?


 嫌な想像ばかりしてしまい、寒気がゾクリと首筋を撫でた。鳥肌が立つ。


 エデンに入る前、再里はそれまで使っていたスマホを解約した。それがエデンに入る条件のひとつらしく、外界との接触を完全に断つためそうしなければならなかった。今はエデンから支給されたスマホを持っているそうで、俺の実家に電話してかなでからここの住所を聞けたのもそのおかげだと言っていた。


 再里がわざわざそんな手間をかけたのは、紫乃ちゃんを俺に預けるため。分かっていたけど、俺はひそかに期待していた。再里が新たな連絡先を教えてくれるんじゃないかと。でも、それはなかった。


 紫乃ちゃんのことだけを入念にお願いし、何の未練もなさそうな足取りで車に乗り込み、再里は帰っていった。正直、そのことが寂しかった。でも仕方ない。エデンのルールを破れば再里がひどい目にあうし、これも再里の夢のためだと理解した。


 再里に電話のひとつでもできれば、紫乃ちゃんの能力が戻ったことを報告していただろう。だけど同時に、再里と連絡が取れたとして素直に報告なんかしていただろうか? とも思う。


 紫乃ちゃんの能力が戻ったら、エデンはまた彼女を必要とし、療養なんかやめて帰ってこいと指示するに違いない。紫乃ちゃんはエデンから離れたがっているのだから、本当のことを報告なんてできない。


 それで、エデンに属する再里の立場が危うくなる可能性もある。分かっているけど……。


 心の中に天秤があるみたいだった。片方は再里で、もう一方は紫乃ちゃん。両者は不安定に揺れて、決してどちらかに傾くことはない。だけどいずれどちらかの比重が重くなったりするのだろうか。


 そうなるのは、再里が紫乃ちゃんの脱走に協力的だからだと、この時は思った。


 紫乃ちゃんの能力が戻ったことを再里に黙っていたら、再里はどうなるんだろう。エデンの誰かに罰を受けたりするんだろうか。それは嫌だ……。でも、だからって紫乃ちゃんを再びエデンに帰すような事態になるのも嫌だ。


 紫乃ちゃんの方を改めて見つめた。やっぱり落ち込んだままだ。動こうとする気配もない。だけど眠っているわけでもない。


 表情は大人びているけど同い年にしては幼い体つき。成長期にろくな食事が出来なかったせいで必要な栄養が足りなかったんだろう。もしまともな食事を与えられていたとしても、そんな組織にいたのではまともに食欲も湧かなかったかもしれない。


 少食なの。そうつぶやいた紫乃ちゃんの声はひんやりしていて、だけど悲しみが隠れているようで、こっちまで感情が移ったみたいだった。少食ではなくて、食べたいと思っても体がついていかないのかもしれない。そう思ったら、俺だけバクバク食べるのも気が引けた。


 紫乃ちゃんだって、好きでエデンにいたわけじゃないはずだ。俺みたいに何も考えず一般的で平和な日常を生きたかったのかもしれない。


 3月下旬とはいえ夜は冷える。床暖房なんて贅沢な設備などない普通のフローリングで、足元が冷たくなってきた。紫乃ちゃんの足もストッキングだけなので寒そうに見える。


 かける言葉が見つからない代わり、というわけではないけれど、隣の部屋から厚手のブランケットを持ってきて紫乃ちゃんの足元にかけた。すると、紫乃ちゃんはビクリと体を震わせ、獣を見るような顔で見返してきた。紫乃ちゃんの反応が伝染したみたく俺も驚いてしまった。それまで彼女は無言で微動だにしなかったからなおさらだ。


「驚かせてごめん。寒いかと思って……」


 ぎこちない声かけになる。


「……ありがとう」


 紫乃ちゃんの口元がわずかにほころび、小さく微笑んでいた。それを見て、ぎこちなさや動揺が消え去った。落ち込む紫乃ちゃんを放って隣の部屋までブランケットを取りに行くことに罪悪感もあったけど、思い切って持ってきてよかった。


「もうこんな時間なんだね」


 紫乃ちゃんは壁の掛け時計を見上げた。新生活のためにと父さんが買ってくれたやつ。さっき紫乃ちゃんの能力で壁に飾りつけられた。22時。疲れたのになぜか全然眠くないけど、まだ風呂にも入っていなかったっけ。


「疲れたでしょ。湯舟入れよっか? っていっても俺もここで風呂使うの初めてなんだけど。紫乃ちゃん先入っていいから」


 ブランケットのお礼を言われたことが嬉しくて、自然に言葉が出てくる。なんで俺はこんなにもはりきっているんだろう。風呂を沸かす、そんな日常動作がこんなにも楽しいなんて初めてだ。


「私はいいよ。着替えもないし……」


「あ、それもそうだよね」


 恥ずかしそうに紫乃ちゃんはうつむく。きっと純粋なんだろう。


 再里から預かった札入り封筒のことを思い出し、パンツのポケットからそれを取り出した。


「ごめん。受け取ったこと忘れてグチャグチャになっちゃってる。でも、中身はそのままだから」


 封筒を渡すと、紫乃ちゃんはためらうようにこっちを見た。


「これは希望のぞみのでしょ?」


「再里はそう言ってたけど。それは紫乃ちゃんのおこづかいってことで」


「おこづかい……?」


「今日はもちろん俺のを貸すけど、やっぱり自分の着替えが欲しいでしょ? 紫乃ちゃん女の子だしさ。当たり前だけど女物の服なんて一切持ってないし」


「……それはそうだけど」


 不服そうに、紫乃ちゃんはこちらを見つめる。ねた子供みたいな表情。大人っぽい雰囲気に合わずこんな顔もするんだな。


「でもこれはエデンから出た協力費。希望がもらうべきもののはずだよ」


「そんなの知らない。もらってくれなきゃ追い出すから」


 冗談めかしてそう言った。


 俺がまさかそんなことを言うとは思わなかったんだろう。紫乃ちゃんはこれでもかというほど目を見開き、そして、解き放たれたように満面の笑みを見せた。


「それは困るから受け取ってあげる」


 よかった。協力費だかなんだか知らないけど、ザッと見ても百万以上はあった。そんなものをサラッと受け取れる神経は持ち合わせていない。紫乃ちゃんに持っておいてもらった方がずいぶん気が楽だ。



 実家とは仕組みの違う使い慣れないシステムバスの使い方を何とかマスターし、先に紫乃ちゃんを風呂に入れた。彼女の着替えは、引っ越し前にあらかじめ買っておいたスウェットの上下を貸した。男物だから大きいかもしれないけど新品だし、紫乃ちゃん用の物を買うまではそれで我慢してもらおう。


「少し出かけてくるね。すぐ戻るし鍵は閉めてくから。誰も来ないと思うけど、誰か来ても玄関開けちゃダメだよ〜」


 脱衣所を隠す扉越しに紫乃ちゃんに声をかけると、分かったと短い返事。俺は近所のコンビニまで走った。さすがに下着は貸してあげられないので急きょ買いに行く。


 この辺は商業都市でビルも多く、コンビニやスーパーもまばらに見つかる。さっき夕食を買いに行ったコンビニとは別のコンビニへ入った。実家とは微妙に違う景色だけど、コンビニなんてどこも似たようなものだと心でつぶやきドキドキを紛らわす。こんな状況は初めてだ。


 こんなにも緊張感を伴ってコンビニの出入口を通過することになろうとは。女性用の下着を買うのなんて生まれて初めてなのだから、平常心を持てと言う方が無理である。


 陳列棚で目的の物を見つけると、パッケージを見ないようにしつつ引ったくるように商品を手にし、足早にレジに向かった。年齢関係なく女の店員だったらすごく嫌だなと思いながらレジに行ったら同い年くらいの男の店員だったので、ものすごくホッとした。


 彼には覇気がなく、ボソボソした声で対応してくる。そういえばいらっしゃいませの声かけも気だるそうだった。客のことにあまり興味がないタイプっぽい。いや、こんな時間に女性用下着を買いに来ることになった俺の心境を彼なりに察した上でわざと無関心を装ってくれているのかもしれない。どちらにしてもありがたかった。


 施錠はしっかりしてきたけど、紫乃ちゃんは言魂使い(オラルメンテ)だ。無意識に帰宅の足は早まる。


 玄関の扉を開けてすぐ、パンツのポケットに入れておいたスマホが着信を知らせた。靴を脱ぎながら出る。電話してきたのは叶だった。


『そっちはもう引っ越し終わったー?』


「うん。そっちは?」


『もうすぐ荷造り終わるとこ。意外に時間かかるよね、引っ越しの準備って』


 叶は来週、大学付近のアパートに引っ越す予定になっている。本当なら俺と同じく今日にでも実家を出るつもりだったらしいが、アパート探しに時間がかかったとかで叶の引っ越しの予定は遅れた。俺と違い、叶はオートロックで防犯カメラ設置のアパートに住むことになった。親はやはり、息子より娘の一人暮らしには万全を期したいらしい。


 そこそこ都会だし、昼間でも物騒なことは起こるから、一応俺も叶と同等スペックのアパートにしたらどうかと親から言われた。でもその必要はないとスッパリ断った。叶の大学の授業料は高くつくだろうし、将来人の命を救う人間になるだろう叶と違い、俺の大学生活には高額を投資される価値はないと思ったからだ。


 だけど、今になって少し後悔した。やっぱり叶みたく防犯面でしっかりした物件を選んでおくべきだった。紫乃ちゃんの顔が頭に浮かぶ。三ヶ月という時間、紫乃ちゃんを無事に預からなければならない。


 叶は言った。


『そういえば、伝えなきゃいけないことがあったんだ。昼間、再里から電話が来てさー。そっちの住所教えたよ』


「ああ、うん。再里から聞いた。少し会ったよ」


『そうなんだ。再里ってもう会社の寮に入ったんだよね』


 叶は、再里がエデン(裏組織)に入ったことを知らない。普通の企業に就職して社員寮で暮らし始めたと思っている。叶だけでなく、再里は俺以外の友達みんなにそう知らせていた。


 叶も再里とは幼なじみ同士なので、小学校の頃は顔を合わせるなり一緒に遊んだりして仲が良かった。でも、じょじょに二人の接点は減っていき、高校が別になると会うこともなくなりほとんど関わりがなくなっていた。だから、叶の口から再里の話題が出たのは少し意外だった。


『再里の声久しぶりに聞いたよー。会ってみてどう? 元気にしてた?』


「うん。まあ、普通に元気だったよ。どうしたの、急に。叶って最近はそこまで再里と関わりなかったよね」


『だからだよ。昔は仲良かった幼なじみだし、地元離れたって聞いたらやっぱ気になるじゃん。高校出て就職するって聞いた時、正直言うとすごいビックリした。再里は頭良かったし大学院まで行きそうって思ってたから、意外で。それに、再里は体も弱かったしさ……』


「たしかに昔はね。けど。高校ではそうでもなかったよ。体育でも活躍してたし」


『へえ、そうなんだ。だったら安心だね』


 叶の声音が、心なしか嬉しそうに弾んだ。


 叶に言われるまで思い出せなかったが、再里は子供の頃はしょっちゅう学校を休んでいた。生まれつきあまり体が丈夫な方ではなかったそうだ。


 再里の両親も仕事が忙しいとかで、寝込む再里につきっきりになれないことが多かった。俺と叶が再里の家に見舞いに行くと、広い家には再里一人だけで眠っていることが多かった。うちの親ですら、再里の親とはほとんど会ったことがないと言っていた。


 だけど、中学に入ってしばらくすると、再里の欠席日数は減っていき、学校で具合悪そうなところを見せることもなくなった。


「成長して体が健康になっていったんだと思う。今も新人研修中らしくて、頑張ってたよ」


『そっかー。再里、元気にやってるんだね。よかった』


 叶の感想はしみじみしていた。それも分かる。


 小学生の頃、再里はよく人前で倒れていた。家が近く一緒に登下校していた俺と叶は、何度かその場面に居合わせたことがある。そういうことは頻繁だったので子供ながらに慣れていったけど、今思えばあの頻度は異常だったかもしれない。学校で倒れるなんて、再里は相当つらかったはずだ。


『そのうち、また会えるといいね。3人で』


 再里、叶、俺。昔は当たり前だった顔ぶれ。年月の流れが、俺達を別々の道に進ませていく。


「だね。いつかまた3人で……」


『再里は寮暮らしだし私達も実家出ることになったから、集まるのはなかなか難しいかもしれないけどさ』


「うん……。でも、叶が気にかけてたことは伝えとくよ。俺も、次いつ再里に会えるか分からないけどね」


『ありがと』


 浴室の方で扉を開ける音がした。


「お風呂ありがとう。希望もどうぞ」


 紫乃ちゃん、早いな……!


 控えめな声のボリュームだけど、無音な夜の室内ではけっこう大きく響く。


『誰かいるの?』


「ううん。一人。誰かが外通りかかっただけ」


『壁どんだけ薄いの!? アヤシーなぁ』


 分かってるよ、白々しいことくらいっ!


 引っ越し初日から初対面の子を住まわせていると知られたら何を言われるか分からない。やましいことなんて微塵もないけど、紫乃ちゃんのことが叶にバレてあれこれ言い訳しないといけなくなるのも面倒だ。


「眠いからもう切るよ。じゃあね」


『希望……!?』


 ささいな罪悪感と共に電話を切り、買って来た下着をコンビニの袋に入ったままリビングのソファーに置いた。


 ドライヤーを使ったようだけど、紫乃ちゃんの長い髪はところどころ濡れていた。俺サイズのスウェットを着るとやっぱりブカブカで動きづらそうに見えるけど、それも何だか可愛かった。


「電話してた? 邪魔してごめんなさい」


「ううん。気にしないで。込み入った用件じゃなかったし」


「そう」


 紫乃ちゃんがソファーに座った拍子に、置いておいたビニール袋がフローリングの床に落ちた。中身が飛び出し、冷や汗が噴き出した。紫乃ちゃん用の下着……。彼女が風呂から出てくる前に脱衣所に置いておこうと思っていたが、そうする前に叶から電話が来たのでできなかった。渡すタイミングを完全に逃してしまった。変態だと思われてたらどうしよう。とても気まずい……。逃げ出したい!


「わざわざ買って来てくれたんだね。ありがとう」


 紫乃ちゃんは微笑し、パッケージを丁寧に外すと目の前で下着を広げた。買う時には分からなかったけど、薄い紫色の生地に白の細かいドットが入っている。


「ちょっ、そんな堂々と広げないでっ。隠してっ! 一応俺も男だからっ」


「希望、こういうデザインが好きなの?」


「違うっ! それしかなくてっ。コンビニのだからっ! って何言わせるの!」


「ふふっ。顔、真っ赤だよ」


「からかわないでよっ」


 アタフタする俺とは正反対に、紫乃ちゃんは落ち着いていた。一人で恥ずかしがって動揺して、これじゃあただのマヌケなヤツだ。でも、残念ながらスマートに振る舞える経験値を持っていない。無念。


「からかってないよ。純粋に、希望の趣味が知りたかったの」


「好みとか考えたことないって。コンビニでそういうの買うのすごく勇気が必要なんだから。選んでる余裕なんかなかったよ」


 下着を買うのだって、女の子とこうして長時間同じ空間にいることだって、初めてだ。


「女の子の友達や彼女と買い物に行ったりしないの?」


「ないよ、そんなの」


 高校の頃、何人かの女友達はできたけど、それは男女混合のグループのいちメンバーとして仲良くしていたのであって、誰かと個人的に深く付き合うようなことはなかった。女の子と二人きりになることはあっても場所はたいてい教室やカラオケといった人目のある場所だったし、告白されたこともない。たまに恋愛相談などをされたりはしたから、女子からはいい聞き役とでも思われていたんだろう。本人達に聞いたわけじゃないから分からないけど。


 たいして面白い話とは思えないけど、楽しげに質問してくる紫乃ちゃんの顔が穏やかに変わるのが嬉しくて、自然と言葉が続いた。


「女子と遊ぶ時ってだいたい男子もいたし、二人きりで買い物とか遊んだりはなかったかな。もちろんその中にはいつも再里がいたしね」


「再里君と仲良かったんだね。本当に」


「うん。アイツは恩人だから」


 ふと、さっき叶と話した内容が思い出された。かつて病弱だった再里。それはもう解決しているからいいとして、今さらだけど再里の親のことが引っかかる。どうして再里はいつも家の中でひとりだったのだろう。今の時代、両親が共働きなのは当たり前みたいになってるしウチもそうだから人んちのことをとやかく言えないけど……。


「希望……?」


 それまでスラスラ話していた俺が口をつぐむのを不思議に思ったんだろう。紫乃ちゃんは間近に顔を近付けて俺の顔を見つめた。


「うおわっ!!」


 まつ毛が見えるくらい近くに来られてからようやく気付き、思わず彼女から距離を取るべくのけぞった。紫乃ちゃんはたいして気にした様子もない。


「再里君のことで何かあった?」


「そういうわけじゃないけど、ちょっと気になることがあって。再里の親って亡くなってるわけじゃないんだよ。でも、今まで一度も会ったことないんだ。そう思ったら、急に変な感じがしてきて。幼かったせいか子供の頃はそういうのも気にならなかったんだけど、今になってみるとさ。病気がちな再里はいつも家にひとりだったから、きっとたくさん寂しい思いをしてたのかなって」


「再里君のご両親は昔から不在気味だったの?」


「働いてたらしいからそれも仕方ないんだけどね。でも、再里がエデンに入るからって、ただそれだけの理由で再里と親子の縁を切った両親には本当に驚いたよ……。こんなこと再里には言えないけど、再里が気の毒だった。親なら子供の夢を理解して応援するものじゃないの? って」


「そう……」


 紫乃ちゃんは神妙な顔になった。エデンから逃げたいと語った時の表情に近い。彼女も再里には恩を感じているみたいだし、再里の境遇に同情しているのだろうか。


 いや、違う。俺はひどく無神経なことを言ってしまったのかもしれない。再里も紫乃ちゃんもそうとは説明しなかったけど、紫乃ちゃんは両親に売られてエデンに住むはめになった。エデンが犯罪組織であることからも、それは明白だ。


 すでに親から捨てられたも同然の彼女の前で「親なら子供に優しくするのが当然」という俺の持論は通用しない。むしろ、彼女の中では俺とは逆の持論が根付いているのかもしれなかった。「親なら子供を利用するのが当たり前」と……。


 きっと今、深く紫乃ちゃんを傷つけた。


 それなのに、彼女からの反応は予想とは違っていた。


「そうだね。親なら子供を大事にするのが普通。私もそう思うよ」


「……そうかな。どうなんだろ。俺はそう思うけど、自分にとっての常識が世の中の全員に当てはまるわけじゃないんだろうし」


 実際この世には、紫乃ちゃんみたいに犯罪組織の言いなりになるしかない言魂使い(オラルメンテ)が何人かいると推定されている。警察が把握していない情報を含めたらその人数はもっと膨れ上がるのかもしれない。


「私に気を遣ってる?」


「そういうわけじゃないけど……」


 そう言うしかなかった。気を遣ったのはたしかだけど、なぜか彼女にそう思われるのはきつかった。


 行き場のない会話の先。これ以上何かをしゃべったらまた無神経なことを言ってしまいそうでこわかった。だけどもっと紫乃ちゃんと会話したい。矛盾しているだろうか。


 紫乃ちゃんの柔らかな微笑みが、こちらに向いた。


「聞かせてほしい。希望の話したいことをそのままに」


「でも……」


「だって、私、10歳の頃からエデン暮らしで、この世界のことをほとんど知らない。コンビニで下着を買えるということも今初めて知ったんだよ」


「紫乃ちゃん……」


「だから教えてほしい。希望の見てる世界のことを」


 優しい視線が、俺の言葉を引き出そうとする。そう言われてしまうと、黙っているのが悪いことのように思えて、話さないわけにはいかなくなる。なんか紫乃ちゃんには敵わない。


「今は全然そんなことないけど、再里は昔、学校とかで倒れがちで、俺もしょっちゅう見舞いや看病しに行ったりしてたけど、それでは返しきれないほどの恩を、再里に感じてる」


 出会って間もない女の子に話すことではないかもしれない。だけど話していた。


「記憶が曖昧で詳しいことはすっかり忘れてるんだけど、小5の頃、俺、2週間くらい学校に行けなくなった時期があったんだ」


「その頃の2週間って、大人にとっての2週間とはずいぶん違うよね。ものすごく長い時間だと感じたんじゃない?」


 紫乃ちゃんの反応は俺の心を映しているみたいに的確だった。本当にその通り。大人にとっての1年間は子供にとっての5年、いや、10年にさえ感じたりする。不登校中の俺もまさしくそんな感じだった。


「大切なものを失って、悲しくて、だけど泣いたって失ったものは戻ってこないと子供ながらに理解できてて。そしたら、学校へ行って授業を受けて友達と遊ぶっていう日常的な行動すらものすごくこわくなったんだ……。自分が動けばそれが何らかの形で周囲にも作用する。俺が行動することで、また大切なものが失くなってしまうことがこわかったんだ。それなら家に閉じこもれば何の変化も起きないと思った。そうじゃないって今は分かるんだけど、その頃は失うことがただただこわくて」


「……うん」


「でも、そんな俺を再び明るい日常に連れ戻してくれたのが再里だった。幼なじみで家が近いっていうのもあったのかもしれない。だけど、それ以上の想いが再里にはあったんだって肌で感じた。再里は俺をとても心配してくれた」


「だから私を預かってくれる気になったんだね。再里君のお願いを叶えるために」


 紫乃ちゃんと目が合う。彼女の瞳は蒼い海のようにいでいた。


「キッカケはそうだけど、でも、それだけじゃないよ」


 紫乃ちゃん自身に興味が湧いたから。心の中だけで付け足す。


「そうなんだ。どちらにせよ私にとってはとても助かる話だから、ありがとう」


「いえいえ。どういたしまして」


「三ヶ月、よろしくお願いします」


 どちらかともなく頭を下げ合い、そっと顔を上げるタイミングまで同じだった。



 必要な物を買いに行こうという話になったけど、紫乃ちゃんは長いエデン生活で極端に体力が落ちていてショッピングもままならなさそうだったので、とりあえずの買い物はネットショップですませた。


 紫乃ちゃんが家に来て1週間が経ち、新居生活にもなじんできた。大学の入学式を翌日に控えた今日、再里がアパートを訪ねてきた。紫乃ちゃんの定期カウンセリングをしたいらしい。


「おおっ。だいぶ調子よくなった? 顔色がずいぶん良くなった!」


 リビングに足を踏み入れソファーに座る紫乃ちゃんを見て第一声、再里は大げさなくらい感激した。


「再里君、こんちには」


「こんちには。今日は簡単に話をしに来ただけだから、構えないでリラックスしてね」


 再里は少し間隔を空けて紫乃ちゃんの隣に座ると、カバンの中からクリップボードに挟んだカルテらしき物とボールペンを取り出した。ここへ来てからの食欲の有無や運動量など、健康面に関する質問を紫乃ちゃんにしつつカルテに何かを記入していく。


「良かった。希望の元に暮らしてもらって正解だったよ。思っていたより紫乃ちゃんの心の回復は早い」


 再里は驚いていた。


 近頃の紫乃ちゃんはイキイキしていて、ここへ来た時の幽霊っぽい雰囲気は皆無だ。最初は青白かった頬も、今では健康的な色をしている。


 自発的に家事をしようとし無理して倒れてしまうこともあるけど、俺を手伝って簡単な料理をすることなら可能になってきたし、野菜を細かく刻んだスープなら残さず食べられるようになった。パンや米などの固形物を口にするのはまだきついみたいだけど、じょじょに胃を慣れさせれば三ヶ月の間に一般的な食欲を身につけられるかもしれない。


「体力面がまだ少し心配だけど、来週辺りから近場への散歩も兼ねて歩く時間を増やしてもらえれば、日常生活に支障ない程度の筋力は取り戻せると思う。これなら、能力を使える日もそう遠くはないかもしれないな」


 再里はそう言い、「希望のおかげだ」と繰り返した。


 そろそろ花見の季節だし、散歩をしつつ桜を眺められるいい場所はあっただろうかと考えた。大学沿いの河川敷などいいかもしれない。去年の夏にオープンキャンパスに行った時、桜の木がいくつも並んでいた。もちろんその時は葉桜だったけれど。



 再里は今日も忙しいらしい。紫乃ちゃんのカウンセリングを終えると、最初に出したお茶を一気飲みし、腰を上げた。


「定期カウンセリングは週一ペースの予定だから。来週もよろしくね。紫乃ちゃん」


「分かったよ。お疲れ様」


 リビングに紫乃ちゃんを残し、俺はアパートの外まで再里を見送った。路肩に再里の車が停めてある。


「紫乃ちゃんはもう大丈夫そうだけど、今度は逆に希望のことが心配だなー。この前より痩せたんじゃない?」


 再里に指摘されギクリとした。


「そう? まあ引っ越しでバタバタしてたしね」


「希望は共感性高いからなー。紫乃ちゃんに合わせて食事減らしてるとか、あまり食べられない紫乃ちゃん見て自分だけ食べるのが申し訳ないとか思ってんだろー?」


 鋭い。その通りだった。


「でも、初日ほどじゃないよ。大学始まったら嫌でも食べる機会増えるだろうし、心配ないって」


「ならいいけどー。引き続き紫乃ちゃんのこと頼むな!」


 高校の頃と変わらない気さくな空気。明るいしゃべり方。だけど、エデンの闇を感じさせる物憂げな色が再里の表情ににじんでいる気がした。気のせいだといいんだけど……。親と縁を切って、少なからず寂しい思いをしているのかもしれない。


 家族と距離を置きたいと思っていた俺ですら、慣れ親しんだ実家を出た時は開放感の中に家族のいない特有のもの寂しさを覚えた。紫乃ちゃんがいてくれるから一人暮らしに対して寂しさを感じずにすんでいるけど、再里はどうだろう。気心知れた相手もなく、得体の知れない犯罪組織に身を置く心境は……。


「じゃあ、行くな」


 再里は、高校時代と変わらず爽やかに挨拶をした。やっぱり今日も連絡先は教えてくれないらしい。分かっていたけど切なくなる。


 再里が運転席に座った時、俺は開いたドアと車体の間に手を滑り込ませドアが閉まるのを留めた。再里は驚きの表情で俺の顔を見上げた。


「希望……? そんな深刻な顔、珍しいな」


「叶が会いたがってたよ。いつかまた3人で会いたいって。再里のこと気にしてた」


 再里は、意外そうに目を丸くした。


「叶ちゃん、優しいな。昔もそういう子だった。医者目指してるんだっけ。何もできないけど、俺も応援してるよ」


「それ知ったら叶きっと喜ぶよ」


「そうか? だといいけどな」


 ん……? なんだか引っかかる反応だ。常にハッキリ物を言う再里らしくないような……。考えすぎか?


「あとさ……。よけいなお世話かもしれないけど、実家の親には連絡してる?」


「言ったろ。エデンに入ってから絶縁されたって。もうあっちだって俺のこと子供だなんて思ってないんだよ」


「そうかな? 口ではそう言ったのかもしれないけどやっぱり親なんだし、本音では再里のこと心配してるんじゃない?」


 再里は困ったように笑い、そして、今度は声に出してアハハと笑ってみせた。無理しているのか、何も考えていないのか。諦めたような笑い方にも見える。


「さあな。親の気持ちなんて分からないけどさ、俺は家を出たこと後悔してない。言魂使い(オラルメンテ)の未来のために、言魂使い(オラルメンテ)が普通の人と同じように差別されることなく暮らしていく世界を作るために、やれることは何でもやる。そう決めて生きてきた。そのためならどんな犠牲もいとわない」


「その決断のせいで孤独感に苛まれるのだとしても?」


「当然だろ。こんなのを孤独なんて言ったら、今も犯罪組織に捕らわれてる言魂使い(オラルメンテ)達に失礼だ」


 清々しいほど迷いのない瞳をして、再里は言った。


「ごめんな、希望。お前にはものすごく心配かけてるし無理ばかり頼んで……。本当に感謝してる。俺のワガママな夢に付き合ってくれて、ありがとな」


「それはいいよ。お礼なんていらない。でも、気持ちの面で、俺は再里の助けになれてる?」


 驚いたように目を見開き、再里は言葉を詰まらせた。


 まずいかな。触れてはいけない場所まで突っ込みすぎたのかもしれない。


「希望、変わったな」


「そう?」


「紫乃ちゃんの影響かー?」


 茶化すように、再里は訊いてくる。


「何言ってるの!! 今は紫乃ちゃん関係ないしっ」


「あははっ。それ隠してるつもり? バレバレ」


 からかわれ、つい過剰反応してしまったが、紫乃ちゃんの話題にすり替えることで本題をうまくはぐらかされたような気がする。再里は俺の質問に明確な答えを返さなかった。それはつまり、俺では再里の心の救いにはなれていない。そういういうことーー?


 俺の思考を置いてけぼりにし、再里はニヤリと笑った。そして釘を刺すような口調で告げた。


「人を好きになる気持ちって理性では止めようがない。それに、希望の恋とあらば全力で応援したいと思ってる。でも、紫乃ちゃんの脱走計画が完遂かんすいされるまで、彼女との恋愛は禁止な。くれぐれも忘れるなよ」


「わざわざ言われなくても分かってるって。紫乃ちゃんの保護と療養が目的の同居なんだし」


「信じてるぞ。じゃ、本当にもう行くな」


 車体から手を離し、俺は再里を見送った。そっと運転席の扉を閉め、今度こそ再里は行ってしまった。


 恋愛禁止、か。どこかのアイドルグループみたいな縛りだな。


 言われなくても大丈夫。そんな心配はない。生まれてこのかた恋愛感情らしきものを抱いた記憶がない。


 女性に興味がないと言ったら嘘になるけど、自らがっついて異性交遊したいとも思わない。それに、もし今後女の子と付き合うのだとしても相手は紫乃ちゃんではない。彼女を作るとしたら大学で知り合う誰かだ。もちろん、それすらただの予想で、具体的な未来なんて想像すらできないけど。


 それよりも今は、再里の本音が気になった。


 親友だから何でも話せと言うつもりは全くないけれど……。今日は明らかに距離を置かれた気がした。再里はどんな時でもまっすぐ俺に接してくれていたのに、なぜ?


 エデンで何かあったのだろうか。紫乃ちゃん以外にもエデンに住む言魂使い(オラルメンテ)は居るわけだし、その人達のことでトラブルや悩みなどがあったのかもしれない。俺を巻き込まないために仕事上の問題を話せないのでいるのかも。エデンの就業規則も厳しいみたいだし。


 あるいは、エデンという特殊な環境に身を置くことで、これまでとは違う考え方を身につけたのかもしれない。再里は好きでそうしているような口ぶりだったけど、言魂使い(オラルメンテ)を救うためとはいえエデン加入と共に家族と別れ自分を犠牲にしている。そんな暮らしは無意識のうちにストレスがたまりそうだがどうなんだろう。再里は基本的に穏やかな性格だし、言魂使い(オラルメンテ)問題以外のことでキレる姿なんて想像つかないが。


 そこまで考えていたら悪寒がした。


「希望、大丈夫?」


「紫乃ちゃん…! 珍しいね、下まで降りてくるの」


 二階からここまでは、階段を降りなければたどり着けない。


「なかなか戻ってこないから、何かあったのかと思って」


 言いつつ足元をよろめかせている紫乃ちゃんに寄り添った。服越しでも彼女の体温が伝わりドキドキした。


 ダメダメ。恋愛禁止! たった今再里に念を押されたばかりだ。しっかりしろ自分。


「心配かけてごめんね。少し再里と話したいことがあって」


「そうだよね」


 紫乃ちゃんはそれ以上何も尋ねてこなかった。俺と再里の友情を何となく理解してくれているんだろう。その配慮がありがたい。


 再里の変化にばかり敏感になっていたけど、俺だって同じだ。紫乃ちゃんを支えながら玄関に着いた瞬間、そのことに気付く。


 今日再里に会ったら、紫乃ちゃんの能力が戻ったことを報告するつもりだった。言魂使い(オラルメンテ)を預かっている立場として、そういった報告は当然の義務。だけど、俺は言えなかった。


 これでは、再里の変化ばかり指摘できない。


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