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プロローグ 終わりの始まり

 閲覧ありがとうございます。


 本作は恋愛要素ありのダークファンタジーになります。シリーズものですが前作未読の方にも読んで頂けるように書きました。

 作品の中で一部暴力的な描写もあるためR15指定にしました。苦手な方はどうかご注意ください。


 完結しています。ぜひご一読ください。




 眠気が覚め、目を開けると辺りは真っ暗だった。鈍く重たい頭。少し気持ちが悪い。


 ここはどこーー?


 ついさっきまで家のリビングでお母さんと一緒にオレンジジュースを飲んで談笑していたはずなのに。


 お母さん、近くにいるの?


「……っ!?」


 声を発しようとして異変に気付いた。話せない。口に布のようなものを何重にも巻き付けられていた。視界の暗さとあいまって恐怖心が深まる。下着だけの姿で仰向けに寝そべらされていることもひどく怖かった。両手両足も細い何かで拘束されている。


 お母さんは? どうしてこんなことに?


 精一杯周囲の状況を読もうとした。だけどうまく頭が回らない。こわくて苦しい。服も脱がされているから鳥肌が立つほど寒い。秋も終わり、もうすぐ冬がやってくる。


 恐怖に染まる心臓の音が耳に大きく響く。それがなおさらこわかった。自分の心音なんて、こんなことでもなければ感じることもなかった。


 硬い床の冷たさが、あらわになった肌を容赦なく貫通する。頭が痛くなってきた。


 もしかして誘拐された? でもどうして? うちは貧乏だ。身代金目的に子供をさらうならお金持ちの子供を狙うはずだ。だとすると、どうして?


 今置かれている状況について、私に考えられるのはこのくらいだった。もっと大人だったら別の考え方もできるのかもしれない。そう思うと子供である自分が無力に思え悲しくなってくる。


 昨日10歳の誕生日を迎えたばかりだった。昨日の今頃は楽しかったのに、どうしてこんなことに?


 とにかく寒いから何か毛布のような物がほしい。下着はつけてるけど裸同然の格好をさせられている。恥ずかしい。とにかく肌を隠したい。


「うっ、うっ……」


 人の泣き声がしてドキッとした。ビックリしてしまう。女の子かな? 声からして同い年くらい?


 暗闇に目が慣れ、目に映る光景を把握した瞬間、全身に悪寒が走った。


 窓がひとつもない、鉄製の床と壁で造られた六畳ほどの空間に、私と同じような状態で口を塞がれた数人の女の子達の姿があった。起き上がることもできずその光景を見つめ、気付いた。両手両足を拘束されているのは私だけで、他の子の手足は自由だった。みんなちゃんとした服を着ている。


 どうして私だけこんな無防備にされてるの?


 私の動揺に気付いた一人がそばまで来て、私の背中を抱き起こしてくれた。同じ年より大人っぽい子だ。話せない分おじぎをすることでお礼の気持ちを伝えた。彼女は疲れた顔でうっすら笑い返してくれた。


 彼女だけじゃない。ここにいる女の子達はみんな憔悴しょうすいしきった面持ちで目から光を失っている。ゾッとした。年の近い子達なはずなのに、クラスメイトと接するような安心感をどうしてもいだけなかった。別世界の人達。そんな気がする。


 私を起こしてくれた女の子の胸元には《がらんどう106》と書かれていた。名札だろうか。無機質な記号みたいな文字。再び背筋が冷えた。


 自己紹介しあうこともままならないので、心の中で彼女のことを勝手に106と呼ぶことにした。


「んぐ、ああっ。ん……」


 106さんは必死な顔で何かを伝えようとし、私の手枷てかせを取ろうとした。助けようとしてくれている?


 この場に彼女の行動を止める人はいなかった。見守る数人と共に、私は彼女の動きを見つめた。手と足を縛る素材は簡素なビニール紐。結び方も緩かったので女の子の力でも簡単に取れた。自由になった両手で私は自分の口に巻かれた物を引っ張るけれど、ガラス製のマスクみたいな物の上に何重にも巻かれた包帯はきつく絡みつき、ビニール紐のように簡単には取れなかった。


 106と話がしたい。彼女なら何か知っていそうだ。何とかして口のマスクを取ろうと力んでいると、ガコンと重々しい金属音がした。


 天井の板が一枚開き、階段が自動で降りてきた。威圧感のある足音が階段を下ってきた。誘拐犯だろうか。私は身構えた。


 階段が私達のいる床に着地した瞬間、106を含め女の子達は一切の動きを止め人形のようにピタリと制止した。階段から降りてきた人物は顔が見えないよう悪魔を模した覆面をつけていた。男か女か分からないけど、知らない人に裸を見られるのは恥ずかしい。反射的に両手で胸元を隠した。


 私の両手両足が自由になっていることに気付いた覆面は私の髪を片手でおもむろに引き上げ、私の足が床を離れるまでグッと真上に持ち上げた。頭皮が破れるように痛い。悲鳴はマスクに打ち消された。


「着ていた服には盗聴器と発信器が仕掛けられていたので処分した。代わりの着衣は後で用意させる。だがな、ここに来た以上お前に人権などない。覚えておけ」


 盗聴器? 人権がない? どういうこと?


 まさにそれを証明するといった形で、覆面は私の髪から手を離し無慈悲にも床に放り落とした。力加減や声からしてコイツは男だ。


 覆面男は俊敏な動きで私から離れると106の目の前に立ち、106から順に女の子達の頰を拳で殴りつけていった。全くためらいのない暴力。


 口を塞がれた女の子達から悲鳴にならないうめき声があがる。私の足元に生温いものが流れ出た。体が震えた。


「命が惜しければ勝手なことをするな」


 覆面男は106にそう言った。私の手枷を取ったことを怒っているらしい。なぜバレたのだろう。


 気の遠くなりそうな現実の中で、部屋の角に監視カメラを見つけた。そうか。覆面男はここの様子をカメラで見ていたんだ。


 覆面男は私の腕を乱暴につかんで立ち上がらせ、尿で湿った床を見て笑った。


言魂使い(オラルメンテ)も口さえ塞げばただのガキ。滑稽こっけいなものだ」


「ーーーっ!」


 連れて行かれるのが嫌だった。でも、意思に反して体は言うことを聞かない。さっきからずっと恐怖で震えが止まらない。


 どうして私がこんな目に? これから何をさせられるの?


 泣いても泣いても状況は好転しなかった。


 106達のいた地下室とは別の、ホテルのスイートルームのような場所に連れて来られて、約束通り服も与えられ、その後、食事も三食与えられた。


 しかし、食事といっても普通の食事ではなかった。点滴である。嫌で嫌で仕方なかった。食べ物くらい普通に食べたい。でも、そうはさせてもらえなかった。口を塞ぐガラスのマスクは衛生面を考慮し半日に一度新しい物と取り替えられたが、その間、無防備になった唇は男の職員に押さえつけられていた。


 ひどい扱いと言えばそれだけで、それ以外は優雅ともいえる生活を送ることになった。106達のように暴力を振るわれることもなかった。食べ物以外、欲しい物は何でも要望書に書けばいいと言われた。けれど、欲しい物は何もなかった。


《家に帰りたい。ここから出してほしい。》


 一度だけ、ダメ元でそんなことを書いた。もちろん聞き入れてもらえず、なかったものとして処理された。


 覆面男は、たった一度だけ私のことを〝高貴ながらんどう〟と呼んだ。106の名札にもあった〝がらんどう〟。どういう意味?


 覆面男だけでなく、覆面男の部下を名乗る職員達も、点滴をしてくる医師のような人も、なぜか私のことを特別扱いしているようだ。


 彼らにきたいことは山ほどあった。なぜ私は連れ去られたのか。マスクのような装置をつけてまで私の口を自由に使わせないのはなぜなのか。ここはどんな場所で、なぜ私はこんな良い暮らしをさせてもらえているのか。


 そして、もっとも気がかりなのは家族や友達のこと。そして、好きな人……。みんな、私がいなくなって心配していると思う。


 お母さんとお父さんはどうしているかな。

 学校の友達は元気にしているかな。

 そして、希望のぞみはーー。


 会いたい。みんなに。

 希望と話したい。彼の声が聞きたい。


 その願いは、とうとう叶わなかった。





 日本は平和な国だと誰かが言った。食べ物はおいしいし技術力もある。日本に生まれてよかった。私もそう思っていた。


 生まれながらに貧乏で時に不憫ふびんな思いもしたけど、両親は私をうんと愛してくれていたと思う。誕生日にはいつにも増して奮発し私の好物を作ってくれた。同じ小学校に通う希望とも仲がよかった。私は希望のことが大好きだった。


 願わくば、もう一度あの頃に戻りたい。


 家族と笑い、友達と遊び、好きな人のそばにいた。安穏とした暮らしに身を置き、世の中の闇を知らず心から笑えていたあの頃にーー。



 10歳の誕生日を迎えた翌日、周囲を取り巻く環境と私の世界に対する認識は180度変わってしまった。


 一生目にすることもないだろう大金と引き換えに、私は両親の手で覆面男の属する組織に売られた。


 最後に母が私に飲ませたのは、当時私の大好きだったオレンジジュース。何の疑いもなく口にしおいしいと感想をもらし、直後、ひどい眠気に襲われた。


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