コーデリウス・サンザンド・アウグスタス
「よし、宿題終わりっと」
私服に着替えた俺は、まず最初に今日出された課題を早々に終わらせる。
こう見えて、俺は学年全体で見てもかなりの成績優等生だ。顔、運動は神崎に負けてはいても、ここは勝っているため、なんとか負けないように頑張っているのだ。
凝り固まった体を軽くほぐし、チラリと時計を確認してみれば現在、夜の七時過ぎ。
確か、昨日作ったカレーが残っていたはずなので今夜はそれを食べるか、と考えた。
尚、俺はどちらかと言えばカレーよりもハヤシライスの方が好きである。中辛でも辛く感じるので仕方のない話だろう。昨日、ハヤシライスのルーを買い足していなかったことが悔やまれる。
「…食べるの、九時くらいでいいか」
それまで何をしようかと考えたが、特にこれといったことを思いつかなかったので、リビングでテレビを見ることにする。
特に見たい番組があるわけではないため、よくわからないバラエティーをただボーッとソファーに寝転びながら眺める。
最近、人気急上昇中だというアイドルのインタビューに入ったところで、俺は帰宅時に家の前にあったあの球のことを思い出した。
確か、洗面所に置きっぱなしにしていたはずだと、寝ころんでいたソファーから立ちあがり、洗面所にあった例の球を手にとってまたソファーまで戻ってくる。
改めて見てみるが…うん、黒い。
艶やかな黒色のそれは覗き込んでいると、まるで吸い込まれそうになる。そんな、不思議な魅力があった。
「…灰にやるのは、なんか、もったいない気がしてきたな」
ゴロンと仰向けになり、もう見なくなったテレビの電源を落とす。
しかし、一体これはどこから家の玄関前まで転がってきたのだろうか。
学校に行く前には当然あんなものはなかったし、出てきたのは俺が学校に行っている間であることは間違いない。
・・・誰かが落とした? わざわざ俺の家の玄関前に?
そうだった場合、面倒事の予感しかしない。あと、漫画でそんなのがありそうだ。
「…ま、んなわけないか」
やめやめ、と考えるのをやめて、時間を確認する。
時刻はもうすぐ九時、といったところだ。思いのほか、ボーッとしている時間が長かったようで、俺は慌ててソファーから立ち上がり、台所へと無かった。
その際、手に持っていた球が邪魔になったため、一度それを食卓に置いて、再度台所へ。洗面所できれいに洗ったため、衛生面については問題ないはずだ。
「さて、カレーの器はどこだったかな、と…」
「んー…やっぱハヤシの方がいいな」
辛さは控えめにしているので、おいしくないわけではない。が、やはり俺の好みはカレーよりもハヤシライスだ。
学食にも常時メニューで追加してほしい。もしくはカレーの辛さを選ばせてほしい。
半分くらいまで食べ進めて、一度スプーンを置き、手元に用意してあった水で喉を潤す。
行儀は悪いが、食べながらネットニュースでも見るか、とポケットに突っ込んであったスマホを取り出す。
そんな時だった。
『おいおい、漸く目が覚めたと思ったら、ずいぶんとまぁ暴力的な匂いで歓迎してくれたもんだな』
「……ん?」
突然、見知らぬ声があたりに響いた。
もちろん俺じゃない。
首をかしげて周りを見回してみるが誰かがいるわけでもない。・・・当然か。一人暮らしだし。第一、誰かいたらそれは泥棒かなんかのやばい人だ。
それじゃぁ…テレビが何かの拍子についたのか?
それが一番ありえるか、と納得したところで席を立ちあがろうと腰を浮かす。
が、先ほどの声はまたもあたりに響いた。
『おいこら、無視すんじゃねぇ。こっちだこっち』
どっちだよ、と言いたくなった俺だったが、ふと視界の端で何かが動いたため、反射的にそちらに目を向けた。
「……」
漆黒の球がそこにいた。
『おう、やっと気付きやがったか』
コロコロと転がり、一度カレー皿のすぐ隣で止まったそれは、まるで誰かが操っているかのような動きで俺の前までやってきた。
その間の俺はと言うと、驚きすぎてただただその様子を眺めることしかできなかった。
いや、ほら。うん、まぁ仕方ないよね? なんか、いかにも夢ですよー見たいなことが現実で起きているわけだし。
あれかな? 俺、今寝てるとかいうオチなのかな?
『…おい、何だ、その変なものを見るような目は』
いや、変なものでしょうに。
心の中ではそんな言葉を返したが、状況が状況なだけに、俺にそんな余裕はなかった。
「いやえっと…これ、夢なのかなぁ…なんて、思ったり」
あはは、と自分でもわかる過去最高の苦笑い。
その言葉に、目の前の球はフンッ、と体? を揺するとこういった
『馬鹿かてめぇ』
ぶん殴るぞお前
…言えなかった。
未だによくわからない目の前のそれに強く出れない俺は、仕方なく大きな溜息を吐いた。
『まぁいい。それよりも、てめぇに聞きたいことがある。ここ、どこだ?』
それが人に物を聞く態度なのか、と一度問い詰めてやりたいが、何だか、目の前のこれにいくら言っても無駄なような気がしたため、あきらめて俺の家、と答えてやった。
『馬鹿か。誰もんなことは聞いてねぇ。どこの国かって聞いてんだよ』
もう殴ってもいいだろうか?
「…日本だよ」
『はぁ? どこだよ、それ。聞いた事ねえな』
「あっそ。だいたい、何なんだよおまえは」
百歩譲ってこれが現実であると認めるとしよう。が、俺は今どういった状況に置かれていて、どうすればいいのか。そして、これが何なのか。
わからないことが多すぎる。
『んなことは後だよ。それより、お前アウリウス王国がどこにあるか知らねぇか? ここがどこなのか詳しくわからなくても、王国の方角くらいはわかるだろ?』
さも当然のように問いを投げかけてくる球であるが、今の俺の心境はと言えば、は? どこだよそれ、である。
「なぁ、どこだ? それ」
『はぁ!? 真面目に言ってんのか!? 名前も知らないのかよ!?』
「ああ」
『マジかよ…大陸制覇まで成し遂げた国だぞ…。どれだけ無知なサルなんだこいつは…』
「おい、聞こえてるぞ」
あの苦労は…とか、どんな田舎だ、とか独り言で好き放題言っている球。
…というか、こいつは一体何なんだ。
「…なぁ、お前って何なんだ?」
『あぁ? 俺か?』
コロン、と半回転した球は、おそらく俺を見ているのだろう。
数秒してから、何故か小さくその場で一周した球は、そのままピョンッと小さく跳ねた。
『ハッ、いいだろう、特別に教えてやる。そして、聞いて驚け。俺こそは、アウリウス王国において、歴代最強にして最高と言われた稀代の大魔導師!』
球は一度そこで区切ると、ズビシッ!!と効果音のつきそうな勢いで言った
『コーデリウス・サンザンド・アウグスタスその人である! おっと、サインは無しだぜ?』
…なるほど、灰と同類なのか。