第二節
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転移陣を抜けると、そこは学園の玄関口である大広場になっている。
広場の中央には大噴水があり、また、噴水の中には癒しを司る水の女神の石造が祭られておりその周囲を授業の合間の休憩などには多くの生徒の憩いの場ともなっている。そして大噴水を囲むように、ドーリア式神殿を模した建築様式の大きな柱と石屋根が囲んでおり、日蔭を好む者,日の下で過ごしたい者と使い分けができるようになっている。もちろん四季折々の植物も多種多様に育てられており、術式に管理され年間を通して様々なものを見ることが出来る。
俺はそんな大広場を一直線で移動できるコースで突っ切り、学生統括会のある一号研究棟に直行した。
学園の研究棟は全部で5棟あり生徒の受ける授業や訓練などに応じて、利用できるようになっている。
と、一号研究棟のロビーを通過中に唐突に声をかけられた。
「おーーーーーーい!!ウィルーーーーーーー!」
さっそく上階から声をかけてきたのは、気が重い者第1号だ。
まるで野生の猿かオランウータンもしくはモモンガのようだ。
数メートル上の階から俺を見つけるなり飛び降りて来たのだ。もちろん何かしらの術式を使っているのだが、着地音すら殆どさせない技術は大したものだ。学園内では授業,訓練中以外でも人に危害を加えないレベルでの術の使用が許可されている。この女生徒の場合は少々使いすぎる面があるのだが・・・
彼女の名前はルイ・ユキムラ。アッシュブラウンのショートボブの髪と同色の瞳をした、かなり快活な女生徒だ。この子はあまりにも元気が良すぎて相手をするのに疲れてしまう。
「おっかえりーーー!!やっと帰って来たんだね!
アタシより1時間も遅かったじゃん!?」
「お前は何処から降りてくるんだ?人間なら人間らしく移動手段を使ってくれ。」
「え~~~。だってこっちの方が早いじゃん!!」
とふて腐れたように言う。が、特に気にはしていない。とそこで、「ルイちゃーん」と別の声が聞こえてきた。
声の主はルイと親友でもあるアイリーン・フォン・ロータスティアである。
「もー!ルイちゃん5階から飛び降りるなんて危ないよ!!」
「ごめん。ごめん。リン!」
そうやってルイの行動を諌めるのはいつも彼女リンフィの役である。
そして俺の存在に気づいたのか丁寧に挨拶をしてくる。
「あ、ウィルさん。お帰りなさい。今任務からお戻りですか?」
「うん、ちょうど戻ったところでね。今から報告に行く所だよ。」
「そうでしたか。では、あまりお引止めしてはいけませんね。」
こうやって誰にでも丁寧に接するアイリーンは、その一挙手一投足が実に絵になっているのだ。
腰程まで伸ばされた緩やかなウェーブのかかった薄いプラチナブロンドの髪とブルーの瞳、積り立ての新雪のような白い肌と儚げで華奢な容姿から、一部の生徒からは(実は精霊なのでは?)と噂されるほどの美貌を兼ね備えた少女である。
「さぁ、ルイちゃん。上に荷物置いたままだから取りに行かないと!」
「うん、そうだね!そんじゃウィルまた後でねー!!」
二人並んで去っていく姿を見送りながら手を振り、俺も報告の為に学生統括会執務室のある20階を目指して昇降機に乗った。
「(ふふふっ。さっそくお疲れでしたね。)」
昇降機のなか声をかけて来たのはヒナだった。ヒナは学園の中ではその人見知りな性格と無用なトラブルを回避するため滅多に人前には姿を現さず、基本は霊視体で俺の周囲をユラユラしているか、体をミニサイズに縮めて服や髪の中に隠れるか肩の上に乗ったりしている。学園内では自ら姿を現すのは極稀なので、俺を除いては姿を観られればその日一日は幸運が訪れるでしょうとまで言われるほどだ。
そうこうしている内に執務室へとたどり着いた。本当に気が重い。なぜかと言うと、この統括会委員の半分は俺が苦手としているタイプの人達だからだ。と言っても特段人間性に問題があったり危険思想をもったりする人達ではないのだが、俺は入学早々、この委員のうち数名とトラブルを起こしている。
それ以来、極力学内でも委員の人達とははち合わずに済むよう過去に学んだ隠密行動スキルまで全開放せざるを得なくなってしまったほどである。
コン! コン! コン!
「はい。開いておりますよ。中へどうぞ!」
ドアをノックすると、部屋の中から入るよう促すのはこの学生統括会の現会長であるモニカ・フォーサイスその人である。中へ入り改めて見渡すと、今は会長を含め3名だけのようだ。逆のU字型に設置された長机の中央奥に会長が座り、彼女を挟むように左に副会長兼書記,会計担当のナナミ・テンマ先輩と執行部兼監査担当のアンディ・ゴットルフ先輩の3名が座っていた。
「(・・・よかった。)」と心の中でホッとした。この中で俺が苦手とするのは会長ただ一人だけだった。
他にも数名の委員が居るはずだが彼らも何かしらの任務で席を外しているのだろう。
俺は手短に済ませるべく報告をはじめた。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
「・・・・・・以上のように今回赴いた北部山脈の周辺の森では、特に害になるような害虫や生物の異常繁殖などは見受けられませんでした。採取指定された物もお渡しします。」
「はい。お疲れ様でした!でもウィル君・・・」
「他に、なにか・・・?」
そう言って口籠るような仕草をするのはモニカ会長だ。一目見れば誰もが和んでしまうようなオーラを纏った気品にあふれる女性だ。肩より少し長いくらいの薄いパープルが入った白銀のストレートヘアと透き通る白い肌,誰が見ても年下だと思ってしまう幼い顔立ちの会長は生まれつきのアルビノの身体的特性を持っている。
俺が彼女を苦手とする理由は入学してから数日後に声をかけられ、人員不足と言う理由から統括会への入会を申し込まれた事だった。いや、それはそれで問題ないのだが、俺は性格上自分が関わる必要のない事は断る事にしている。それが大変よろしくなかったらしく、会長が他の生徒の前で大泣きする事件が起こったのだ。会長はその<交渉術?>の性質上、職員や教官への意見しずらい事柄の最終交渉手段の役割を担い、尚且つ今まで一度も拒否された事が無いのだが俺がその「モニカ会長のお願い記録☆」を見事にストップさせたことで一悶着起こったのだ。そのことから俺はどうにもこの人が苦手だった。
「いえ。この任務は特に期間指定はされてはいないのだから、こんなに急がなくてもよかったのだけど。」
「そういう事でしたか。やはり任務は国の特務機関から請け負っているのですから、早いに越したことはないと思いましたので・・・」
「まぁ、そういうなよ!」
と、俺の言葉を遮り割り込んできたのは、アンディ先輩だった。
短く刈り上げたダークブラウンの短髪に、俺より少し高いくらいの背と鍛え上げた肉体によりトップモデル顔負けの肉体美を誇る人だ。
「モニカは、お前の事心配して言ってやってるんだぜ!!」
「んもう!そういう事じゃなくて!!」
と、アンディ先輩がモニカ先輩をからかっている途中でもう一人冷静なコメントを挟んだ人がいた。
「それでは、この採取指定物は我々の方で提出しておきます。」
エメラルドグリーンのピンキーボブの髪と同色の瞳は、まっすぐに俺を見ていた。いかにも副会長兼書記,会計担当然とした風格を放つ彼女は眼鏡の似合う知的美人でもある。
こういう風に、淡々と進んでくれればもう少しやりやすいのだが、穏やかな会長とクールな副会長がいるこの統括会の空気が職員や生徒からも受け入れられているのでどうしようもなかった。
「はい。それでは以上で失礼します。」
「ウィル君、ゆっくり休んでね~!」
俺は目配せして執務室をでた。
「ふぅー・・・」やっとしばらくは解放されそうだ。この後は特にやることはないので一目散に自室のある寮へと帰る事にした。




