似ている女の子(2)
「あとはね、神社のキツネに化かされたとかじゃないのかな」
「あそこはキツネも狛犬もいなかったと思うけど」
そう言って重箱からいなり寿司を指でつまむ。笹木さんも、と勧められた笹木も両手を合わせ、頂きます、といなり寿司を箸で一つ取った。ちょっと全部売り切ってくるね、と伊藤はまだいなり寿司が残っている重箱に蓋をして、他の女子のところへ行ってしまった。
あ、おいしい、といなり寿司を味わっていた笹木が、ごくんと飲み込んで口を開いた。
「でも湯川君、どうして今になって、六年前のことを?」
「いや実は先日、似てる女の子を見かけて、それでなんとなく思い出したんだよね」
のんびりした声を出すと、笹木は箸を止めて、冷たくきりっとした目でこっちを見る。
「あ、あの、どうした」
「あのね、湯川君。まずそれを先に言うべきじゃない? どうして一番大事なことを先に言わないの」
「すいません。その、なんとなく」
母親に叱られているような気分で頭を下げる。まったくもう、と笹木はため息をつくと、食事を再開しながら聞いた。
「どこの子?」
「二年生なんだけど」
「うちの学校? あのね湯川君」
言いかけて呆れたように笹木が黙ってしまう。叱られそうな雰囲気に、逃げ道を探してなんとなく外を見た。
「あ、いる」
窓際に寄って下を見る。芝生とクローバーが混在している緑の中庭。前に見かけたのもこの場所だった。居心地がいいのか、昼休みにはここで昼食を取っている生徒も多い。
そんな中庭の隅に、本を読んでいる一人の女生徒が見えた。傍らには水が入ったペットボトルが置いてある。三階からでは判然としないけれど、その女生徒は、サヤに似ていた。
笹木ほどシャープではないが、和風で穏やかな顔立ち。肌は白く、切れ長の目を細めるように本の文字を追っている。肩より少し長めの髪が大人っぽくて、サヤの面影を強めているように思えた。
「綾部さん」
俺の視線を追った笹木が、芝生の上で読書をしている女生徒を見つけて呟いた。
「あやべ?」
野口でもなんでもない苗字に力が抜ける。知ってる子? と黙って視線を向けると、笹木は椅子に戻って言った。
「後輩の友達。下の名前は知らないけど、住んでるのは梅鷲じゃなくて、藤木坂だったと思うよ?」
「やっぱり、どっちも別人かな。今の綾部さんって子は顔が似てるってだけなんだけど、野口小夜子って子は当時五年生だし、本物っぽい気もする。でも一人っ子なんだよなあ。片方いなくなったのかな」
「湯川君、怖いこと言ってる自覚ある? サヤちゃんとサヨちゃんの双子がいたとして、四月の時点で、名簿には片方の名前しかないんだよ? それなら八月に湯川君が遊んでた相手は、本当に生きてる女の子だったのかな?」
「……またまたご冗談を」
苦笑いしつつも、少しだけぞっとする。笹木は食べ終わった弁当箱の蓋を閉じ、ごちそうさまでした、と両手を合わせた。
「まあ冗談だけど、あんまり迂闊な発言しないように、気をつけたほうがよさそうだよ。お年寄りでも女子高生でも、それぞれ事情はあるんだからね」
「だよね。どうなるわけでもないんだけど、気になって」
俺ってしつこいタイプなんだろうか、とのんびり考える。笹木は少し心配そうな表情で言った。
「これ以上は『なんとなく』でどうにかなるとも思えないよ? 湯川君が女子にいきなり変なこと言って、ストーカーとか夏の危ない人として通報されないためにも、もう少し、私に詳しい話を教えてくれてもいいんじゃない?」
「……どういうこと」
「私は無関係だけど、その双子のことはすっごく気になる。二人の女の子は、夢か幻か、キツネか幽霊なのか」
涼やかな声で微妙な単語を列挙する笹木に、あたりさわりのない、双子と出会った時の話をした。サヤが姉でサヨが妹。神社でしかほとんど会うことがなかったこと。いつも昼ご飯を持ってきていて、どうやら、二人の両親は忙しいらしい、ということ。