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高三、湯川智彦(2)

 のんびりと駅へと歩き、改札を通って電車を待つ。ここから一駅で伊藤の家がある藤木坂、その次が青松町。その次の梅鷲町は、別の路線への分岐があってごちゃごちゃとした印象の町だった。オシャレで人が集まる青松町とは雰囲気が全然違う。

 梅鷲町で電車を降りる。湿度が高くて蒸し暑い。

「あれ、笹木さん」

 駅から出たところで笹木と会った。お互いに気が付かなかったけれど、同じ電車に乗っていたらしい。駅からの帰りの方向も笹木と同じだった。

 真ん中で分けられた長めの前髪と、肩のところで切りそろえた髪が揺れる。颯爽と歩くので、女の子っていうよりは若侍と歩いているような気分になる。なんとなく、佐々木小次郎ってこんな感じのイメージだ。

「そういや笹木さん、ずっとこの学区だよね」

 先刻の、伊藤との話を思い出す。笹木は昔のことなんて覚えているだろうか。

「湯川君と同じだったね。その割には、高校入るまでクラス一緒になったことないね」

「小、中学と生徒が多かったからなあ」

 学校は同じだったから、お互いの顔くらいは覚えていたが、大きな学校だったので他の学年の生徒はほとんど覚えていない。

 切れ長のきりっとした目を細めて、懐かしそうに笹木が言った。

「うちの学校、当時はよその学校より大きかったね」

「その頃のことって、覚えてたりする?」

「その頃って、子供の頃のこと?」

 低めの、涼やかな声で笹木が聞き返す。ひょっとしたら、笹木なら知っているかもしれない。変な誤解をされないよう、慎重に考えながらうなずいた。

「うん、六年前の話なんだけど、ちょっと、変なこと聞いてもいいかな」

「小学六年生、だよね。湯川君も私も」

「当時、たぶん八月に入ったばかりだと思うんだけど、サヤちゃんとサヨちゃんっていう二人の女の子、っていうか双子の女の子と仲良くなったんだよね、同い年くらいの。でも、一つか二つ年下だったかもしれない」

「双子の女の子か」

 笹木が歩きながら腕を組む。じわじわと聞こえてくる蝉の声に、夏の記憶を手繰る。

「八月はほとんど毎日、神社でその子達と遊んでたんだけど、八月の終わり頃、ある日を境に会えなくなったんだよね。いなくなったみたいに」

「毎日遊んでたってことは、近所だったのかな。学校で見たことはないの?」

「いや……正直、同学年しか覚えてないな。よっぽど近所なら少しは知ってるんだけど」

 うーん、と笹木が真っ直ぐな眉を寄せて考えながら聞く。

「ラジオ体操には来てたの? その二人」

「いや、見たことない」

「遠くから避暑とか療養に来てたお嬢様……なわけないよね。こんな、水も空気も大したことなくて、人混みいっぱいで不快指数高いところに。まあ、夏の間だけおばあちゃんのお家に、なんていう話ならありそうだけど」

 そう言って、笹木が冗談っぽく笑った。今だって蒸し暑い。国道から外れた道を歩いているのに、車通りも少なくない。

 問題の神社の裏を通る。あの頃は剥き出しの土が高い壁のようになっていて、ところどころに地層が見えていた記憶がある。今はコンクリートで城壁っぽく整えられている。

 見上げると、昔よりもしっかりした柵が付けられていて、その内側で深緑色の杉の木が、社を隠すように重なり合っている。

「でも、うちの学区内の可能性はあるんだ。一度だけ、神社の外でその子を見かけたんだけど、近所の人が話しかけてたんだよね。『のぐちさんとこのさよちゃんじゃない』って。その時は話しかけづらかったから、声かけなかったんだけど」

「野口、サヤちゃんとサヨちゃん、か。そんな双子がいたら知ってるはずだと思うけど、あの頃、近所に双子なんていたかなあ」

「まあ、同じ学校とは限らないけどね。たまたま野口さん家に親戚の子が来てただけかもしれないし」

 笹木を悩ませても申し訳ないので、どうでもよさそうな口調で言った。それでも笹木は気になるのか、真面目な顔で考え込む。

「でも、ちょっと不思議だよね。六年前の、同学年じゃなければ五年生か四年生あたりに、『のぐちさや』、『のぐちさよ』っていう生徒がいたのかが解ればいいんだよね」

「そんなの解るの」

「同じ小学校だった後輩に聞いてみればいいじゃない。ひょっとしたら、湯川君の遠い夏の想い出が、再び色鮮やかな青春の想い出に化けるかもしれない」

 笹木がロマンチックな単語を並べながらもクールに笑った。

「青春云々はともかく、俺にそんな頼れる後輩がいないなあ」

 部活動もやらなかったし、近所と付き合うのもなんとなく面倒くさかったから、頼れる相手を知らない。笹木はなんでもないように言った。

「ああ、それはこっちに任せて。私はいっぱいいるからあたってみる。面白そうだしね。結果は月曜でいい?」

「お、ありがとう。なんだったら番号教えるけど」

「いいよいいよ。電話番号教えあうような仲でもないでしょ」

 さらりと笹木はそう言って、涼やかに爽やかに微笑んだ。


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