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叶ったこと

「サヤちゃんが僕に言ったんだよ。サヨちゃんにとっては嫌な記憶になってるって。僕が知らないだけでいろいろあったみたいだけど、ここであったことって、嫌な記憶だけじゃないよね。僕はすごく楽しかったし、サヤちゃんとサヨちゃんは本当に仲良しに見えたよ。それこそ、双子みたいに」

 日が傾いて、光の色がかすかに変わる。

「人なんて変わるものだから、わざわざ昔の友達を呼んでみたり、引き合わせたりすることに僕は興味がないんだ。ここであったことが、ただの嫌な記憶ならサヤちゃんに会うつもりもなかったよ。ずっと変わらずに仲良くしろなんて、他人が言うことじゃないし、ほじくり返すようなこともしたくないしね。解らないことは多かったけれど、それならそれで僕は納得したと思う」

 そう言ってトモヒコくんは寂しそうな顔をした。

「でもサヤちゃんは一人で、楽しかったことや二人の仲がよかったことまで、嫌な記憶にしようとしてたよ。全然そんなことなくて、すごく楽しかったのに。サヨちゃんだって、絶対楽しかったはずだよね?」

 問いかけるようにトモヒコくんが私達を見た。サヤちゃんは困ったように下を向く。私はちょっと笑って言った。

「サヤちゃんは、ずっと私のお姉ちゃんでいてくれようとしてたんだよね。二人とも同じ歳なのに、私に責任を感じてたんだよね。あの頃、私だって後のことなんかどうでもよかったよ。サヤちゃんのことが一番大切だった。本当のお姉ちゃんじゃないのに、私を心配してくれて、泣いてたら慰めてくれて。自分だって怖くて、寂しかったはずなのに」

 私達のしていることは、おかしいのかもしれない。そう考えるのが怖かった。

「私は楽しかったよ。トモヒコくんが私達を双子だって思ってくれたことも嬉しかった。サヤちゃんのお父さんにしようとしたことや、サヤちゃんに怪我させたことは、できればなかったことにしたいよ。でも、それ以外のことが、どうして私にとって嫌なことになるなんて思うの。あんなに嫌だった毎日が、すごく、すごく楽しいものになったのに」

 あの夜、詰め寄るようにサヤちゃんに言った言葉と重なる。あんなに嫌で寂しいのが間違ってなくて、こんなに楽しかったのが、どうして間違いなの。

「でも私は、本当に必要なことを解っていたのにしなかった。サヨに本気で噓をつかせて、本当の幸せから遠ざけてしまったから」

「サヤちゃんが私に悪いことをしたの? サヤちゃんが私を不幸にしたんじゃないよ? なんでサヤちゃんがそんなことに責任を感じないといけないの? どうしてサヤちゃんが幸せになることは考えないの」

 サヨは幸せになるほうに行こうよ。あの夜もサヤちゃんはそう言った。

「どうして、私ばっかり幸せにしようとするの。ねえ、私達、双子でしょ?」

 サヤちゃんの目をじっと見つめる。本当は大きいはずの目。いつも目を細めて笑うから、周りはそれを知らないかもしれない。

「私が幸せになれたら、サヤちゃんも幸せになれるかもしれないって言ってたでしょ? だから本当のことを考えようって、サヤちゃんが言ったから、ちゃんと私、『お姉ちゃん』じゃなくて『サヤちゃん』って言ってるでしょ?」

 泣きたいような気持ちを抑えてサヤちゃんを見る。サヤちゃんは不安そうに私を見た。私もサヤちゃんも、泣かない子になっている。幸せそうにしていたら、幸せが引き寄せられるなら。願いは、叶ってもいいと思う。

「願いを叶える本そのものは噓じゃないんだから、サヤちゃんも幸せな方へ行こうよ」

「でも」

 そう言いかけて下を向いたサヤちゃんの頬を、指でつついた。トモヒコくんがひょいと口を挟む。

「自分に許可を与える、ってあの本にあったよね」

 のんびり笑いながらトモヒコくんは続けた。

「サヤちゃんが自分にそれを許せば、全部叶うんじゃないかな。今までは、二人が願った内容が少しズレてたから、叶った内容もズレちゃったのかもしれない。あの本って凄いのかもよ。あの頃二人が何を願ったのかも知らなかったけど、僕はまた二人と会えたらいいなって思ってた。願い方はズレてたとしても、『会いたい』って思ってたのは二人とも同じだったから、今会えてるんじゃない? それともサヤちゃんは、それを望んでなかった?」

 離れていても、二人とも会いたいって思ったなら、引き寄せるかもしれない。

 サヤちゃんは顔を上げると、私とトモヒコくんを見て、小さくうなずいた。

「ありがとう。……二人とも、また会いたいって思ってくれていたのが、嬉しい」

 そう言ってサヤちゃんが笑った。それが嬉しいっていうことは、サヤちゃんも同じことを望んでいたってことだろう。ほっとして私もサヤちゃんに言った。

「私もだよ。ごめんね、いっぱい助けてもらって、痛い思いもさせたのに」

「あ、それは全然大丈夫だから」

 お姉ちゃんみたいな笑顔でサヤちゃんが笑うと、トモヒコくんも思い出したように言う。

「実際、あれからすぐに出血は止まってたよね」

「あ、トモヒコくんも来てたんだもんね」

「僕もあのあとすぐ、サヨちゃんに帰れって言われたよ」

 ずっと学校に残ってた生徒みたいに、トモヒコくんが軽く言った。サヤちゃんは困ったようにちょっと笑って話す。

「あのあと私も、傷も服も乾きはじめていたから、人目につかないように気をつけて帰りました。その頃にはもう答えが決まっていて、私はちゃんと父と話しあって、夜のうちに藤木坂の祖父母に連絡をして、むこうに移り住む手続きを進めることにしたんです」

「だから、それっきり会えなかったんだ」

「トモヒコくんに説明できるような状況じゃなかったし、こんなこと言いたくなかったし。ちょっとくらい噓のままでもいいかなって思ったんです。いつか会えたら、その時話せばいいかなって」

 そうだね、とトモヒコくんはのんびり笑ってうなずいた。サヤちゃんは、お社のそばに置いていた鞄の中から手帳を出すと、そこから小さな紙片を出してトモヒコくんに見せた。

「これが、あの時見せなかった写真です」

 それは、私と母親が写っている写真だった。まだ写真を撮るような余裕があった頃の、家族の写真。トモヒコくんは、初めて見るその写真を懐かしそうに覗き込む。

 嬉しくなって、私も生徒手帳を取り出した。学生証の裏側に入れてある、サヤちゃんとお父さんの写真。それぞれは違う写真だけれど、まるで一枚の写真であったかのように、繋ぎあわせてみせた。

「こうすると、双子のいる四人家族になるの」

「いまでも二人は、なんとなく似てるからなあ」

 嬉しそうに、半ば呆れたようにトモヒコくんが笑う。ふと思い出して、私は残念そうにサヤちゃんの目を見ながら言った。

「結局、見れなかったよね」

 サヤちゃんはその視線を受けて小さく吹き出した。どうやら通じたらしい。笑いながらサヤちゃんもうなずく。

「見たかったよね」

「な、何を?」

 トモヒコくんが不思議そうに目を見開くと、サヤちゃんが笑いをこらえきれないように目を細めて言った。

「智彦先輩の、お母さんの写真です」

「僕の? 勘弁してよ」

「……トモヒコ、先輩? あの、まさかトモヒコくんって、年上だったの」

 トモヒコくんを遮って、まじまじと見てしまう。サヤちゃんがそれを見て、苦しそうに震えながら笑いをこらえている。トモヒコくんは写真から顔を上げてのんびり言った。

「どうやら、そうみたいだね」

「ええと、ごめんなさい。私、相田小夜子っていいます。二年です。今は白根沢にいます」

「知ってるよ」

 なんでもないことのようにトモヒコくんが応えた。サヤちゃんも思い出したように言う。

「大学病院があるところだよね。私は綾部沙也のままです。今は藤木坂に住んでます」

「僕は湯川、トモヒコです。三年生です」

 トモヒコくんはびしっと直立して、小学生の『気をつけ』みたいな姿勢で言った。サヤちゃんと私が笑い出す。

 サヤちゃんは笑い上戸なところがあって、時々お腹を抱えて笑いが止まらなかったり、むせたりしていた。今回は、むせて苦しそうに咳き込みはじめた。

「ちょっと、サヤちゃん」

 心配そうにトモヒコくんがサヤちゃんの顔を覗こうとする。慌ててそれを遮った。

「だめ。今トモヒコくんの顔見たら、サヤちゃん笑い死にしちゃう」

 そう言ってサヤちゃんの背中をさすって落ち着かせる。目尻ににじんだ涙を拭って深呼吸するサヤちゃんに、トモヒコくんが笑って言った。

「どっちがお姉ちゃんだか解らないね」

「はじめから同い年だもん。だって私達、双子でしょ?」

 木々の間から、夕日が境内を金色に照らした。ここにあるのは、楽しい想い出だった。


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