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サヨ

 石段を登って、鳥居をくぐる。本当は、鳥居や参道の真ん中を通ってはいけないとか、細かい作法があったような気がするけれど、子供の頃はそんなことを考えもしなかった。

それどころか、鳥居をよじ登ろうとしたこともあった。神様も、大目に見てくれていたのかもしれない。

 お社の正面に立ち、賽銭箱に百円玉をそっと落として手を合わせる。あの頃、あんなに通いつめたのに、一度もお賽銭なんてしなかったから、ちょっとばつが悪い。

 木々の間から涼しい風が通る。外側から守られているような空間。その静かな世界で、話し声が聞こえた。足音をたてないようにそっとお社の裏手に近付く。かくれんぼをしているみたいに、息をひそめながら聞こえてくる声に耳を澄ます。何を話しているのかは、思っていたとおりだった。

 いろいろと考えていたことが、どうでもよくなっていた。息をひそめて隠れていると、なんだか笑ってしまいそうになる。

 二人の言葉が途切れて、風が鳴った。それに背中を押されるように二人の前に立つ。

「サヤちゃん。トモヒコくん」

 二人が目を見開いて固まった。サヤちゃんは普段そんなに目を見開いたりしなかったから、すごく驚いているんだと思う。

 昔から大人っぽかったサヤちゃんは、さらに大人っぽくなっていた。それでも雰囲気はそのままなのでちょっと安心した。

 トモヒコくんはすぐに嬉しそうに笑って大きな声を出した。

「サヨちゃん! サヨちゃんだよね。どうしてここに、って思ったけど、笹木さんだな」

「当たりです。ササキさんっていう人から電話をもらいました」

 まったく、とか言いながら、トモヒコくんが頭をぽりぽりと掻く。トモヒコくんは普通の高校生にしか見えない。もともとそんなに特徴的な顔ではなかったけれど、話したり、笑ったりすると懐かしい顔になる。

 ササキさんがどういう人なのかは解らなかったけれど、私とサヤちゃんを心配してくれていた。私達の事情は人に説明しにくいし、少し変にこじれてしまった。

「サヤちゃんは、ずっと私のことを心配してくれてたんだね。私もあれから、サヤちゃんのことがずっと心配だったよ。でも、『しあわせ』で負けないでって、サヤちゃんが言ったんだよ。私が幸せになればサヤちゃんも幸せになれるかもって、離れてもまた引き寄せられるって、サヤちゃんが言ったから」

 言葉を切って、呆然としているサヤちゃんに笑いかける。

「私が幸せなら、サヤちゃんも幸せでいるはずだって信じて頑張ったんだよ。心配したり不安になったりするとそのとおりに引き寄せてしまうってあったから、考えないって決めたのに。どうしてサヤちゃんはそんなに辛そうにしてるの」

 トモヒコくんも微笑んでサヤちゃんを見る。サヨちゃんも言ってるじゃん。そんな風に。それでもサヤちゃんは自分を責めるように言った。

「私は、自分のためにサヨを巻き込んだから。本当の意味でサヨのために一番いい方法は別にあったのに、私がそれをわざと歪めて、噓をつかせて、追い詰めてしまったから」

 ごめんなさい、と辛そうに下を向くサヤちゃんにゆっくり言った。

「……サヤちゃんも、謝りたかったんだね。謝りたくても会えないって、辛いことだって私もよく解った。あの時サヤちゃんが言ってたとおり、私、あんなことしなくてよかった。謝りたくても謝れないどころか、取り返しがつかなくなってたよ。サヤちゃんに一番酷いことをしたのは、私なんだよ」

「サヨ、それは」

 慌ててサヤちゃんが私を遮った。心配そうな目をして黙っているトモヒコくんに尋ねる。

「トモヒコくん。サヤちゃんは、私のために肝心なことを話してないでしょう。最後の夜、何があったか」

 サヤちゃんの身体がぴくりと震えた。トモヒコくんは困ったように笑う。

「僕は無理に聞くつもりはないよ。サヤちゃん達に嫌な思いをさせたくてここにいるわけじゃないし。サヤちゃんは、僕達にすごく負い目があるみたいで逆に申し訳ないよ」

「トモヒコくんまで謝るんじゃ、今日は反省会だよね」

 そう言うと、泣きそうだったサヤちゃんが吹き出した。ちょっと安心して、サヤちゃんに近付いて続ける。

「私はサヤちゃんと違って、なんにもできない子だったから、サヤちゃんになんでもしてもらっていました」

 六年前。一学期が終わって夏休みに入ると、荒れた部屋に一人で過ごす生活がしばらく続くのを思うと、心が重かった。でも、サヤちゃんが現れて、すごく素敵な毎日になった。

「私達は双子の姉妹で、忙しくて一緒に住めないお父さんとお母さんがいて、でもいつか四人で暮らせるっていう『噓の設定』を楽しんでいました。でもその『噓』は魅力的で、そっちを『本当』だと思いたくなっていた頃、願いを叶える本を見つけてしまいました」

 すごく楽しいままごとみたいな私達の世界。それを本気で演じることが、願いを叶える近道なんて。

 おそろいの髪型になるなんて簡単だったし、サヤちゃんが簡単なワンピースをおそろいで縫ってくれた。『お姉ちゃん』に教わって、二つの家をお掃除して、洗濯をして、一緒にご飯を食べた。合わせると『四人家族』になる写真を、半分ずつ持っていた。私達はもうすでに、双子として一緒に生活している。理想の家族を手に入れている。叶っているんだ。

「私達のために忙しいお父さんとお母さん。しっかりしていて家のことがきちんとできるお姉ちゃんと、それにならって頑張る妹。私もサヤちゃんも、思い描く幸せが同じでした。だから願いは叶うと、……叶っているかのように過ごしていました。『お父さん』の再婚が決まるまでは」

 サヤちゃんが辛そうに下を向く。私は今辛くないのに、サヤちゃんは悪くないのに。

「私と『お姉ちゃん』は違う環境で生活することになって、『お父さん』は私のお父さんには永遠にならない。そもそも私に『お父さん』も『お姉ちゃん』も初めから存在しない。いずれにしても、夏が終われば、続けることはできなかったんです。でも、そんな現実に戻るには、今までの夢みたいな世界は居心地がよすぎました」

 トモヒコくんはじっと話を聞いてくれていた。時折サヤちゃんを心配そうに窺いながら。

「現実とか、本当のことを考えるのは嫌でした。サヤちゃんのお父さんは、サヤちゃんを藤木坂に預けて知らない女の人と暮らそうとしていました。私のお母さんも、いつか私を置いていなくなるんだと思いました。四人で、いつか楽しく暮らしたかったのに」

 引き寄せの本にあったとおり、そればかりを強く願った。すでにそうであるかのように、幸せな家庭を手に入れているかのように、強く思い込んだ。病的で危険なほどに。

「朝、目が覚めたらお父さんが新聞を読んでいて、お母さんが朝ごはんを出してくれて、顔を洗ってきたらお姉ちゃんが私の髪を結んでくれるのが楽しみだった。でも写真の人は私のお父さんじゃないし、サヤちゃんもお姉ちゃんじゃない。お母さんはめったに帰ってこないし、私は一人になる。すでに叶っているつもりだった世界が、壊れちゃったんです」


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