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半分の写真

「やっぱり、なんとなく不自然だったんですね。智彦先輩から見ても」

 冗談めかして言ってみると、どうかな、と智彦先輩は自信なさげに首を傾げた。

「当時はあんまり変には思わなかったけどね。考えてみれば、写真を見せてくれた時も、二人が一つの写真を二つに切って持ってるって不思議だった。だから、実は二人の苗字が違うって知ったときは、親が離婚してサヤちゃんがお父さん、サヨちゃんがお母さんに引きとられて、離れてしまった家族の写真を持ってたのかなとも思った。でも写真なんて、二枚プリントすればいいはずなんだよね。せっかく一緒に写ってるのに、サヤちゃんとサヨちゃんの写真を切り離してあるのは、なんとなく気になった」

 『なんとなく』気になったという、昔に戻ってしまったような智彦先輩が、懐かしそうに裏手にある杉の木に歩み寄った。

「サヤちゃんは、恥ずかしいからって自分が持ってる方の写真を見せなかった。写ってるのはサヨちゃんとお母さんなのに、サヤちゃんが恥ずかしがることないんだよね。僕の家みたいに強烈な母親だったら見せたくないのも解るけどさ。サヤちゃんは、サヨちゃんが持ってる半分の写真と、サヤちゃんが持ってる半分の写真が、それぞれ違う写真だから、僕に見せたくなかったんじゃないかな。二人が別の家の子なら、サヤちゃんとサヨちゃん、そのお父さんとお母さんが四人で写ってる写真なんてあるはずがない」

 ごめんなさい、と謝るより早く、なぜか智彦先輩が謝った。

「ごめんね。嫌なことばっかり思い出させて。僕はなんにも解らなくて、のんきに二人と遊んでるだけだった」

「謝らないといけないのは私の方です。騙していてごめんなさい」

 そう言って深く頭を下げる。『嫌なこと』を生み出したのは私だ。

「いや、ごめん、謝らないでよ。サヤちゃんに嫌な思いをさせたくて来たわけじゃないんだから」

 焦ったように智彦先輩が両手を振ってみせる。私が顔を上げると、ほっとしたように話を続けた。

「はじめは、二人に何があったのか知りたかっただけだった。そして、今の二人が全くの他人になっているって知った。あんなに仲のよかった双子が、どうして離ればなれなったんだろうって、それが一番気になった。仲のいい姉妹だねって言うたびに、サヨちゃんは本当に嬉しそうだったし、想い出に執着してるみたいだけど……僕はすごく楽しかった」

 智彦先輩が辛そうな顔をして言葉を切る。私も、たぶんサヨも、楽しかった。

「昔のまま変わらずにいて欲しいなんて、僕は全然思ってない。僕だってこんなだけど、学校や他の人の前じゃもう少し大人ぶってる。変わってしまったことをどうこう言いたいわけじゃないんだ。それでも、一緒に楽しく遊んだ二人が、あんなに仲のよかった二人が、どうしてこうなったのか、解らない」

「それは」

 それ以上、言葉が出ない。どうして、こうなってしまったのか。どこで止めていれば、こうならずにすんだのか。

「それにもうひとつ。最後に会った夜もそうだったし、今のサヤちゃんも、ずっと自分が悪いって言ってるけど、どうしてサヤちゃんがそんなに負い目を感じてるのかな。僕なら、勝手に勘違いしてたようなものだし」

「負い目、ですか」

 予想していなかった質問にとまどう。この感覚が負い目なのかは解らないけれど。

「私のせいでおかしなことになったのは確かなんです。もう智彦先輩も知っていると思いますが、サヨには父親がいなくて、私には母がいませんでした。当時、私の父には再婚の話があって、それを嫌がっていた私を、藤木坂の祖父母の家に預けようとしていました。父は忙しくて、帰らない日も多かったし、再婚を考えている相手がいるならなおさらです。父と私だけでは家事ができないとか、私のためだと説得されました」

 智彦先輩は黙ったまま、考えるような顔で聞いている。

「だから私は、家のことをすごく頑張りました。今までだって母がいなくても二人で生活できていたし、知らない女の人を連れてこなくても、私をよそに預けなくてもいいように、今のままでも父が快適に過ごせるように。掃除も洗濯も完璧にやって、忙しい父の助けになるように食事も作って。でも父は、私が頑張れば頑張るほど、それに負い目を感じてたみたいです」

 いい子にしていれば、しあわせになれると思っていた。私がいい子なら、お父さんもしあわせなはずだと思っていた。私がいい子でいれば、お父さんが離れていくはずがない。

「サヨは、私と似ているようで違う事情がありました。サヨには父親がいなくて、母親が忙しい人でした。手が回らなくて荒れた家に、サヨは放置された状態でした。私は家事がちょっと得意だったから、サヨの身の回りもきれいにしたんです。でもそれが仇になって、サヨの母親は、サヨが家事もできるしっかりした子だと思って、さらに放っておくようになってしまいました」

「サヨちゃんは、そういうタイプじゃなかったよね」

 智彦先輩が腕組みをして、困ったような声で言った。寂しがりで、一人で行動するのが怖くて、いつも不安そうに頼ってきた。自分の言動に間違いないかを私やトモヒコくんに確かめて、やっと無邪気に笑った。

 それがなんだか嬉しかった。必要とされているような気がしたからかもしれない。

「サヨは、私よりも酷い状況にいました。あの子が何かと私や智彦先輩に頼ってきたのは、自分の意見や行動が、他人に嫌われて、見放されてしまうような性質のものではないかと怯えていたんです」

「サヨちゃんは何かを思い付いても、すぐに僕達に判断をゆだねてたよね」

「本当は早く、大人に頼るべきでした。私が余計なことをしなければ、周囲の大人達にサヨの現状が伝わって、もっと早く解決に向かっていたと思います。なのに私が、それをわざと隠しました。自分が寂しいのをごまかすために、サヨを仲間にしようとしたんです。荒れていたサヨの家を二人で掃除して、洗濯や食事もきちんとして。一緒にお風呂に入って、髪を梳かして、周りの人達に心配されないように身だしなみを整えました。大げさなままごとみたいな感覚で、私はお姉さんになりました」

 だよね、と智彦先輩が小さく肩をすくめる。

「私には母親がいなくて、サヨには父親がいないから、二つの家がくっついて、私達が姉妹だったらよかったのにねって冗談で言いあっていました。私もサヨも五年生だから双子の姉妹だねって、寂しさを紛らわすために双子の姉妹のように振る舞って遊んでいました。そんな時に、あの本を見つけてしまって」


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