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『願いを叶える』本

 授業が終わったあとも、しばらく教室で考えごとをしていた。さすがに飽きてきたので、鞄を持って外へ出る。蝉の声が暑苦しい。さすがに夏なんだなと思いながら駅まで歩き、電車に乗った。伊藤や綾部さんの家がある藤木坂を過ぎ、普段下車する梅鷲町の一駅手前、青松町で降りる。

 派手で賑やかな通りを歩いて、高級店が立ち並ぶエリアを抜ける。自動ドアの代わりに黒スーツの男がガラスドアを開閉するような店を過ぎ、少しシャレてる大型書店に入った。

 冷房の効いた店内で涼しさを堪能しながら店内を歩き回る。なんとなく、あの時の本を探してみたくなった。

 サヤとサヨの二人が、願いを叶えるために読んでいた本。大人が読む本のはずなのに、二人はおまじないの本みたいな感覚で、『願いを叶える本』だと笑っていた。

 ビジネス・自己啓発の書棚に、それらしき匂いを感じて立ち止まる。すぐに発見できるとは思っていなかったけれど、似たような本が結構あることにちょっと驚く。

 思考が現実化する習慣とか、引き寄せるための成功の法則とか、願望達成するシークレットな考えグセとか、似ているようで少しずつ違うタイトルの本が並んでいた。これは、読む方もどれを読むべきか悩むだろう。

 そのなかに、ちょっと多めに平積みされた、見覚えのある表紙があった。サヤとサヨが読んでいた『願いを叶える本』に、よく似ているような気がする。

 手にとってページをめくり、目次を眺める。願望を達成するために必要なことが、標語のように並んでいた。

 言い訳をしないとか、夢を大きく持つことを恥じないとか、自分の願望を明確にする、自分に許可を与える、願望はすでに叶っていると信じる、など、なんとなく生きているような人間にはハードルの高いフレーズが続く。

 その中の『願望はすでに叶っていると信じる』という項目のページを読む。


 思考し、願うことが現実を作り出す。考えたことや言葉にしたものは、善悪の関係なく、思考に反応して現実に反映される。

 恐れや不安・心配は、それを含めた状況を引き寄せてしまうので手放すこと。

 願望が実現することを確信する。それを疑ったりせず、行動すること。憧れるだけでは、憧れている状態の自分しか引き寄せられない。


 三度同じ文章を読み直しても、意味が頭に入ってこない。というよりも、これを読んで本の内容のとおりに行動できる人なら、もうすでに自己啓発って済んでるような気がする。

 でも、そのすぐ後にある文章は、理解できないなりにも気になる文章だった。


 大事なのは、『こうなりたい』と願うことではなく、『自分は今、すでにこうなっている』と確信して行動することで、その現実を引き寄せる。

 自分の願いはすでに実現しているかのようにふるまえば、それは引き寄せられ実現する。

 欲しいものがあるならば、それをすでに手にしているかのように行動すること。

 こうなりたいと思うならば、すでにそうなっているようにイメージし、演じること。

 欲しいものや、なりたいものがあるならば、『自分は今、それを持っている。自分は今、そうなっている』と、言葉にすることも大切である。


 本の終わりにある奥付を見る。二十刷とあって、発行年は六年前だった。流行っていたから見覚えがあるだけなのかもしれないけれど、神社で見たのは、たぶんこの本だ。

 この本を、小学生だった二人は読んでいた。願いを叶えるために。

 サヤ、……綾部沙也が、サヨのことを知らないふりをしているのは理解できる気がした。あの夜、サヤはサヨにずっと謝っていた。サヨになんらかの負い目があって、サヨとの関係を肯定できなかったんじゃないだろうか。

 あのあと、近所で変な事件があったという話は聞かなかった。サヤが誰かを傷つけたとは思えなかったし、ナイフは持っていたけれど、怪我をしていたのはサヤだった。

 あの夜に何があったのか、二人がどこの誰で、なぜ会えなくなったのかは解らないままだけれど、気がかりなのはそこじゃなかった。

 あんなに仲がよくて、楽しそうだった二人が、どうして離れてしまったんだろう。

 どんな事情があったのかは解らないけれど、自分にとっては楽しい想い出だった。それが、まるでなかったことのようになっているのが、悔しかった。


 次の日、サヤとサヨを最後に見た夜のことを、断片的にではあるけれど、笹木に話した。

 夜の神社で、二人が泣いていたこと。怪我をしていたサヤが、血まみれでサヨに謝っていたところに遭遇したこと。二人を見たのは、それが最後だったこと。

 そして、綾部沙也と会って話がしたいと、笹木に頼んだ。


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