さいごのよる(2)
サヨは、いやいやをするように首を振った。サヤはそんなサヨの顔を覗き込み、優しく言い聞かせる。
「私と違って、サヨは素直でいい子だから、願いごとも叶いやすいはずだよ。だからもう行こう?」
「ほんとに? ほんとに大丈夫なの? 血が」
縋ろうとするサヨに血が付かないよう、サヤはさりげなく後退して微笑む。
「大丈夫。だけど、誰かに見られたらびっくりされちゃうから、サヨは早く帰ったほうがいいよ。私はあとから、人に見つからないように帰るから。もし見つかったら、知らない大人のせいにしちゃうよ。私達、それくらい噓ついたっていいよね?」
掃除当番をごまかすみたいに、冗談っぽくサヤが笑った。そんな様子にごまかされずに、サヨがぽつりと尋ねる。
「会えなくなっちゃうの」
「うん、そのほうがいいんだと思う。でも、解らないよ? 離れてても、いつか二人とも会いたいって思ったなら、『引き寄せ』できるかもしれない」
いたずらっぽく笑ってみせるサヤに、サヨは肩を震わせて聞いた。
「元に戻れないの? だめなの?」
「本当の、元に戻るだけだよ。サヨ、あんまり泣いてたら、帰り道、周りの人にびっくりされちゃうよ。これから、周りの人よりしあわせになるの。しあわせそうにしていたら、しあわせは引き寄せられるはずだから」
「……うん」
「私達、双子でしょ? サヨがしあわせになれたら、私もしあわせになれるかもしれない」
サヤがそう言うと、痛みをこらえるような表情で、サヨはなんどもうなずいた。サヤは触れないように気遣いながら、サヨを参道へ向かうように促す。
固まっていたように動かなかった身体が、ふっと揺らいだ。その気配に気付いた二人の足がぴたりと止まる。
「トモヒコくん」
サヨが驚いたように口元を手で押さえる。サヤはサヨに向かって、強い口調で言った。
「サヨ、帰ってて」
サヨは泣きそうな顔をしながらも、サヤの言葉に従って走り出し、目の前を通り過ぎ、石段を駆け下りていった。
遠ざかるサヨを見届けると、サヤはふっと力が抜けたように息を吐いた。言葉が出ずに立ち尽くしていると、サヤは自分がいるのも構わず、すぐに血まみれのワンピース脱ぐ。その下に着ていた白いキャミソールにも血はついていたが、出血はおさまっているように見えた。
ためらいながらもサヤに近付く。右肩から腕にかけての傷が痛々しかった。サヤは傷に触れないよう脱いだ服をそっと持つと、社を挟んだ反対側にある小さな池へ向かった。
「トモヒコくん」
サヤは、サヨに向けられた声とはうって変わったような、低く冷たい声を出した。持っていた服を池の水に浸しながら言う。
「お願いだから、誰にも言わないで。悪いのは全部私なの」
言おうにも、何があったのか解らなかった。サヤは何をしたんだろう。
「傷は、大丈夫なの」
できるだけ動揺を覚られないよう、冷静なフリをしながら聞いた。あまり大きな怪我をしたことがないので、目の前の赤い血が、純粋に怖かった。
「うん、平気。そんなに痛くないから」
そう言ってサヤは池のふちに屈んで、ざぶざぶと必死に服の血を洗う。完全な白には戻らないが、徐々に血のしみは薄くなっている。明るいところで見なければ気付かない程度まで血が落ちると、サヤは服をねじって絞り、慣れているかのようにぱんぱんと振って、裏手の柵に掛けた。
続いて血の付いているナイフを洗う。サヤは誰かと争って、相手を刺したんだろうか。まさか。
「本当にお願い。誰にも言わないで。私達に会ったことも、全部」
月光を背にして、サヤはまっすぐこっちを見つめた。まだ右側の首や耳には血のようなものがこびりついている。どこか大人びた表情のサヤに気圧されて、事情も解らないままうなずくしかなかった。
「ありがとう。トモヒコくん、こんな時間にこんなところにいたら、叱られるんじゃない?」
「あ、そういえば」
自分がここにいる理由を思い出して血の気が引いた。戻らないと、大変なことになっているかもしれない。
そんな様子を察したのか、サヤは少し笑って手を振った。
「じゃあね、トモヒコくん」
サヤを一人にしておくのは心配だったけれど、急いで神社を後にした。話は次に会ったときに聞こう。サヤとの約束を守るためにも、今はとにかく帰るしかなかった。
学校の花火に顔を出さず、遅くに一人で帰ってきたので、母親にはさんざん叱られた。それでも神社に行ったことや、サヤとサヨのことは言わずにすんだ。
後日、何度も神社へ行ったけれど、サヤにもサヨにも二度と合うことはなかった。あの夜が、二人を見た最後だった。




