さいごのよる(1)
最後に二人を見たのは、八月の終わりの、月が出ている夜だった。
残った花火を使い切ろう、というクラスメイトの提案で、夕食後に小学校の校庭で花火大会をすることになった。といっても集まるのは十人ほどで、友達の親が監督するという話になり、夜なのに堂々と家を出た。
神社のそばを通り、足を止める。夜の神社ってどんなだろうとなんとなく興味がわいて、肝試しみたいな気分で寄り道をした。なんだか怖いような気もするけれど、青松町の霊園ほどは怖くないだろう。
正面から上を見上げて、どきどきしながら石段を上る。遠くの明かりを受けた鳥居が、ぼんやりと光って見えた。
鳥居をくぐると、今まで当たり前のように聞こえていた雑多な音が遠ざかり、ふっと空気が変わったような気がした。しんとした空間に、虫の声だけが時折ひっそりと響く。
ふと震えるような声が聞こえた気がして、びくりとして足を止める。幽霊とか妖怪とか、一瞬いろんなことが頭をかすめる。神社なら、ワラ人形くらいしかないはずだ。
それはそれで怖いということを、考えないようにしながら社の裏手に近付く。柵がある崖の近くに、泣いている二人がいた。
声を詰まらせながら泣いているのは、白い半袖のワンピースを着ているサヨと、ところどころ黒っぽく濡れているような、同じワンピースを着ているはずのサヤだった。
駆け寄って話しかけようと思った。でも、二人のどこか異様な雰囲気と、サヤの格好、この空間の暗さと静けさが、それを止まらせた。音を立てずにそろりと近付く。
大きな杉の木に囲まれた空間。木々の黒い影の上に、濃紺の夜空が見えた。夜の空って黒くはないんだな。ぼんやりとそんなことを思う。
明かりは月の光しかなかった。青く冴え冴えとした光が、真夏であることを忘れさせる。月の明かりに目が慣れて、二人の姿がはっきり見えた。
白い服を着て泣いているサヨ。泣きそうな顔は見慣れていたけれど、本当に泣いているのを見るのは初めてだった。
サヤも泣いていた。ワンピースの右肩から腕のあたりが赤黒く濡れていて、それが血液だと遅れて気付く。サヤの右手にある何かから、ぽたりと赤い水が流れ落ちた。手にしていたのは、いつかリンゴを切っていた果物ナイフだった。
「ごめんね、ごめんなさい、サヨ」
「お姉ちゃん」
二人の声が聞こえた瞬間、固まったように動けなくなっていた。気付かれちゃいけない。なんとなくそう思って息を詰める。
サヤは、どこで、何をしてきたんだろう。二人とも、どうして泣いているんだろう。
サヤは泣きながらも、ひたすらサヨに謝り続ける。
「ごめんなさい。あとのことまで考えずにいた私が全部悪いのに、間違いだって、本当は解ってたのに」
濡れた頬が月あかりで光って見えた。サヤは声を震わせて続ける。
「サヨをこんなことに巻き込んだりしないで、私一人でしていればよかった」
「お姉ちゃん、私、それでもよかったんだよ。あんなに嫌で寂しいのが間違ってなくて、こんなに楽しかったのが、どうして間違いなの」
サヨは悲しげにそう言った。二人がなんの話をしているのかわからない。血まみれの服を着たサヤが、白い服を着ているサヨにひたすら謝っている。
風が吹いて、流された雲が月を隠すと、暗闇に二人の嗚咽だけが響いた。
「違うの、サヨ。サヨはちゃんと、今よりもっと、しあわせになれるはずなの。間違いでも噓でもない、しあわせに行けるはずだったの。私が逆の方に引っぱったから」
「どうして、そんなこというの」
かすれたようなサヨの問いに答えることもなく、サヤの頬を流れた水がぽたぽた落ちた。サヨが責めるような口調で言う。
「寝坊してもお姉ちゃんが起こしてくれて、お父さんが新聞読んでて、お母さんが作った朝ごはんを食べるんじゃだめなの? 間違いなの?」
「それはね、サヨ。私がいなければ、本当にそうなってたかもしれない」
「そんなの嫌。お姉ちゃんが一番優しくて、一番私を大切にしてくれたのに。私だって、他のことなんかどうでもいいくらい、お姉ちゃんのことが大切だったのに。ねえ、私達、双子でしょ?」
確かめるように、サヤはサヤの目を見つめる。雲が流れて、白い月あかりが二人を、赤く染まったサヤを照らした。
サヤが血まみれであることを思い出したサヨが、怯えたように息をのむ。サヤは強い瞳で微笑んだ。
「大丈夫だよ。このことは私達しか知らない。他の誰も知らないんだよ。だからサヨは、しあわせになる方に行こうよ。私達は一緒にいられないけど、あんなことしなくてよかったって、あとで思えるはずだから」
サヨを見つめながら、サヨがぽろぽろと涙を流す。サヤは笑って続けた。
「本物の願いは叶うから。あんなに、なんでもできるようになったでしょ。『しあわせ』は絶対に叶うから、本当のことをちゃんと考えよう。中学生になっても、高校生になっても、他の人達に、『しあわせ』で負けないで」




