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ウサギのリンゴ(4)

「じゃあ笹木さん、湯川君、お疲れ様でしたー」

 パスケースを取り出した伊藤が、手を振りながら改札に消えていく。俺と笹木は伊藤と帰る方向が逆なので、反対側に通じる改札からホームに出た。電車を待ちながら、軽い感じで笹木に尋ねる。

「ところで、関係ない話かもしれないんだけどさ、俺達が六年の頃に、近所で殺人事件とかなかったよね」

「はあ? ……たぶん、なかったと思うけど」

「じゃあ通り魔とか」

「はあ?」

 こいつ何言ってるの? という表情で笹木がこっちを見た。慌てて話を打ち消す。

「いやいや、やっぱりないよね。当時の新聞とか探してもそんなのなかったし」

「それ、関係あるの?」

「いや、なかったんなら関係ない。なかったってことが解ればそれでいいんだ」

 黙ったまま笹木が訝しげに俺を見る。ホームに到着した電車に乗り込み、一駅先の梅鷲町で下車する。駅の外へ出ると、そうだ、と笹木が鞄から手帳を取り出した。

「小夜子ちゃんなんだけど、白根沢の方に引っ越したって話だったよね。それからどうなったのか、やっと解ったの。苗字が変わってたみたい」

 そう言って笹木が手帳のあるページを見せてくれる。そこには、青色のペンで小夜子のアドレスらしきものが書いてあった。確かに苗字が野口ではなく、相田に変わっている。相田小夜子。

 笹木は手帳を目の前でぱたんと閉じると、真面目な顔で言った。

「突然会いにいったり、いきなり電話したら、ストーカー扱いされるからやめといてね。私も責任取れないんだから」

「俺ってそんなに危険なことをやらかしそうに見えるのかな。てゆうか責任って、何?」

「普通に考えれば、小夜子ちゃんに何かあったら、個人情報を教えた私に責任が」

「紳士なのにストーカー予備軍みたいな扱いの、可哀想な俺には?」

「可哀想なのは小夜子ちゃんじゃない。小さいうちからお父さんがいなかったり、転校したり、苗字が変わったりで」

 会ったこともない小夜子の心配をしているのか、笹木は少しだけ寂しそうな顔をした。

「まあ、そうなんだよね。転校なんて親の都合だろうけど、二人とも、消えたみたいに会えなくなった。二人が双子じゃなかったとしても、すごく仲がよかったのに、なんでこうなったのかな」

 暗くなってきた道を歩いて、神社の裏手にさしかかる。ここを通るたびに、高い崖のように見えていた壁を見上げてしまう。

 笹木は落ち着いた声で、心配そうに話した。

「湯川君が心配してるのって、双子のサヤちゃんとサヨちゃん? それとも今の綾部さんと小夜子ちゃん? 二人が双子だっていう記録はなかったんだよ。当時からそれぞれ別の親がいて、別の家で暮らしていて、別の苗字だったなら、それって他人でしょう」

「そうとしか考えられないけど、それでも、俺には双子だって言ってたんだよね」

「どうして二人が、双子を装って湯川君に噓をつく必要があるの?」

「……解らないけど、あの二人に強い繋がりがあったのは確かだと思う。そのあとにあったことを考えると」

 笹木が真っ直ぐな目を伏せて黙った。そのまま鋭い視線を横に流してため息をつく。

「これ以上は、聞かない方がいいかな。殺人事件とか、肩の傷だとか、ひん剥いただとか、危険な単語が私の好奇心をいたずらに刺激しないためにも」

「ひん剥いてはいないから」

 反射的にツッコんだあと、続く言葉が見つからない。いろいろ協力してくれて、サヤとサヨのことも心配してくれている。でも、最後に二人を見た日のことは、どう話せばいいのか、判断が付かなかった。それでも何か言おうとすると、笹木は冗談っぽく言った。

「だったらやめておく。これ以上気になる要素が出たりして、この若い好奇心を自分でも抑えられる自信がないし」

「ごめん。でもありがとう。まだちょっと、二人のためにも言いにくいことがあるんだ。解ったら話すから」

 なんとかそれだけ伝えると、笹木はきりっとした目を細め、口の端をにっと上げながら爽やかに言った。

「いいよ。でも湯川君って、いつもなんとなくで要領よく乗り切ってるみたいだけれど、やらかす前に、後々のことを考えてから行動してね。はたから見ても他人で、本人も否定してるのに、『あいつと双子なんだろ?』って女の子に詰め寄ったり、昔の知り合いに顔や名前が似てるからって、ほとんど話したこともない女の子と会おうとするのは危険だからね。相談には乗るから早まらないでよ。女の子のことなら、私の方が解るつもりだし」

「そうみたいだね」

 笹木と話していた綾部さんの様子を思い出してうなずいた。その気になれば、女の子を口説き落とせるんじゃないかな。

「気が向いたらまた話を聞かせてね。じゃ、ごきげんよう」

 笹木は軽く手を上げて、暗くなった路地に消えていった。

 六年前の奇妙な記憶が、今になってさらに不可解になるなんて思いもしなかった。


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