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ウサギのリンゴ(2)

「お待たせしました」

 いいタイミングで店員がやってきて、二人のいるテーブルに、サンライズとサンセットらしき物体を置いて去ってゆく。綾部さんが驚きの声を上げた。

「すごい」

 手鏡で後ろの様子を盗み見る。店員の持ってきた『サンセット』と、それを見て驚いている綾部さんを楽しそうに眺めている笹木の顔が見えた。

 問題の『サンライズ』と『サンセット』は、巨大なトロピカルドリンクのようだった。それぞれに色違いの南国風の花が挿してあって、チョコレートや飾り切りしたフルーツが二色のアイスクリームとともに、金魚鉢みたいなデカいグラスに載っている。グラスの中はパステルカラーのスムージーで満たされていて、その内部にも細かなフルーツが見え隠れしている。笹木の『サンライズ』はオレンジがかった黄色のスムージーで、綾部さんの『サンセット』は赤みがかったピンク色のスムージーだった。

「綾部さんには、こういう大人っぽくて可愛いピンクが似合うと思ったから」

「そんな」

 綾部さんが恥ずかしがるように下を向いた。なんとなく、結構マジで照れてるっぽい。そんな綾部さんを眺めて、ふふっ、と笹木が笑う。細いけれど真っ直ぐな眉と、目尻までもがきりっと上がった切れ長の目。口角の上がった薄い唇。やだ、なんかかっこいい。

 しばらく二人は楽しげに、巨大なデザートについて語りつつはしゃいでいた。そっちのアイスは何味かとか、こっちのスムージーも味見してみる? とか、見ている自分が空しくなってくるような光景が続いた。別に二人が何をしていても文句はない。なんとなく、何かが間違っているような気がするだけで。

「でも、すごいですね。これってパフェとトロピカルドリンクを足したような感じ」

「上の方はパフェに近いのかも。チェリーが載ってるのって、パフェの名残っぽい」

 さりげなく笹木が気になる単語を滑り込ませると、綾部さんも楽しそうに言った。

「生クリームとか、コーンフレーク……シリアル? が入ってたらパフェっぽいですね」

「プリンとか、スイカが載ってるのもあるよね」

「すいか! どうやってカットしてるんでしょう。パフェのフルーツって、飾り切りしてあるからパフェっぽいような気もするんです」

 綾部さんがおいしそうにアイスクリームを口に運びながら真面目に話す。フルーツにはそれなりにこだわりがあるらしい。

「パフェらしくしたくても、スイカじゃ限界があるからね」

 そう言いながら笹木がリンゴをつまむ。グラスの上に載っていたのは、普通の一般的なウサギの耳付きリンゴだった。他のメロンやオレンジには、細やかで装飾性の高い飾り切りがされているので、リンゴだけちょっと地味に見える。

「リンゴだけ妙に可愛いですね。あ、このリンゴ切った人、私と同じ癖なんだ」

 綾部さんもリンゴをつまんでくすりと笑う。二人の巨大なグラスに載っていたリンゴのウサギは、右耳だけが短くて丸みを帯びている。そんなウサギを見つめながら、綾部さんはしみじみと言った。

「でも大事なのって、食べやすくカットすることですね」

「フルーツカービングとかって、食べられなさそうだしね」

 笹木がきりっとした声で同意する。二人とも、基本的に甘い物の話で盛り上がりながら、あの巨大なデザートを食べてしまった。胃腸が丈夫なんだろう。綾部さんも、すごく大きいですねとか、食べきれませんねなんて言っていたのに。

「あ、そうだ」

 帰り際、思い出したように笹木が尋ねた。

「ごめんね綾部さん、昔、肩とか、大きな怪我したこと、ある?」

 綾部さんが黙った。急な質問に戸惑っているように見える。

「ない、と思います」

 少し怯えたようにゆっくりと答えると、綾部さんは遠慮がちに笹木を見ながら続けた。

「でも、どうして」

「ううん、ごめんね。ちょっと別の人と勘違いしちゃったかもしれない。誰か似てる人がいたのかなあ。でも、綾部さんは綾部さんだよね、サヤちゃん」


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