彼女の名前
「うん、やっぱり気になるね」
考えるような顔をして聞いていた笹木が、深く息をついた。
「俺の家や神社は国道のこっち側で、国道越えた先でサヨちゃんを見たんだよね」
「だとしたら、わざわざ駅の向こうまで買い物に行くってちょっと不思議。子供の足じゃ遠くない? 八月の話だよね、疲れるうえに暑いよ。それに梅の木のある歯医者さんって、駅から逆方向のあそこでしょ? 梅鷲町っていうより、隣町に近いよ。……ね、湯川君が夏の危ないストーカーで通報されないため、私の旺盛な好奇心のためにも、ひとつ提案があるんだけど」
真面目な口調で話しながらも、笹木はクールに笑った。
「な、なに」
「湯川君は、綾部さんがサヤちゃんに似てるって思ったんだよね。もし彼女の下の名前が、サヤちゃんとか、サヤカちゃんだったら、どうする?」
「どうって、事情は解んないけど、サヤちゃんじゃないかとは思う」
「じゃあ綾部さんが、マミちゃんとか、ユリコちゃんとかだったら、もう諦めることにしよう。でも、サヤちゃんとか、サヤカちゃんだったりしたら、私、彼女を誘っていい?」
「はい?」
意味が解らず固まっていると、笹木は申し訳なさそうな顔をして言った。
「関係ない私が口を出すのもどうかと思うんだけど、私が綾部さんをお茶に誘って、話を聞いてみてもいいかな」
「ああ、そういうことか、びっくりした。俺には不得意な話ですので、その際にはぜひお願いします」
両手を合わせて笹木を拝む。何がびっくりなの、と不思議そうな顔をしながらファイルや弁当箱を片付けた笹木は、じゃあ、と片手を上げて去っていった。
サヤに似た女の子は、綾部さんというらしい。人の顔を覚えるのは苦手ではないけれど、彼女がサヤかどうかは、時間が経ちすぎて自信がない。よく似ているというだけで。
放課後、帰り支度をしようと鞄に荷物をのんびり詰めていると、目の前に笹木が颯爽と現れた。きりりと涼しげな眼が光る。
「さて湯川君、私は彼女に何を聞いたらいいの?」




