『ねがいをかなえる』本(2)
「そうなの? でも、ありがとう。今日はお返しに、僕もおにぎりいっぱい持ってきたよ」
持ってきた袋から紙箱を取り出す。いただきものの海苔か何かが入っていた箱には、ラップで包まれた小さめのおにぎりが詰まっている。サヨが目を丸くして驚いた。
「ええっ! トモヒコくんが作ったの」
「まさか。友達にも分けてあげたいって言ったら、お母さんがたくさん作っちゃったんだ。うちのお母さん、すごくたくさん食べさせようとするんだよね。少しでいいって言っても、足りないからだめだって。食べるのは僕なのにさ」
疲れたようにぼやくと、二人は再びきゃいきゃいと笑う。石段の隅に座り、おにぎりが詰まっている箱をサヤに渡すと、中身を興味深げに眺めながらサヤが呟いた。
「なんだか豪華だね。いろんなおにぎりがある」
「ええと確か、梅、昆布、たらこ、しゃけ、コーン、チーズかな」
切ってきた焼き海苔を袋から取り出しながら、おにぎりの具を紹介すると、ええっ? と二人が驚きの声を上げた。
「コーンとチーズって、おにぎりになるの」
不安そうな目でサヨがサヤを見る。サヤも緊張しているような表情で言った。
「はじめて見たかも。でも、食べてみようか」
二人はうなずきあって、恐る恐る手を伸ばす。小ぶりでほんのり黄色いおにぎりに海苔を巻き、黙々と食べ始める。どうかな、とこっちも緊張気味に聞くと、先にごくんと飲み込んだサヤがぽつりと言った。
「なんとなく、おいしいかも」
サヨも口をもぐもぐさせながら、うんうんとうなずく。不思議な顔をしながらおにぎりを食べる二人がおかしかった。
夏休みの間、二人はいつもおそろいのバスケットを持ってこの神社に来ていた。サヨのバスケットには家で作ってきたサンドウィッチ、サヤのバスケットには果物と果物ナイフ、水の入った小さめのペットボトルが入っていた。
サヤはリンゴや甘夏など、果物を飾り切りするのが得意だった。小さなナイフで鋭角に切れ目を入れ、余計な部分を切り外したり折り込んだりして立体的な形を作っていく。
はい、とサヤが切り分けたリンゴにつまようじを刺してサヨに渡す。鳥の羽みたいな形に飾り切りされたリンゴを嬉しそうに囓りながらサヨが言った。
「お姉ちゃん、器用だよねえ」
「うん。うちのお母さんが作るウサギリンゴと全然違うよ。お店のパフェとかに載ってるやつみたいだ」
「……パフェって、どんなのだったかな。フルーツがまぜこぜになってる?」
「チョコレートとか、バナナとか、サクランボとか、リンゴとか、アイスとかがガラスの器に入ってるやつ。あと、コーンフレークが真ん中あたりに入ってるかも」
「えっと、コーンフレーク?」
サヨが首を傾げる。それぞれの具材は知ってるけれど、それがどういう形に一体化しているのか想像できないみたいだった。
「コーンフレークは牛乳かけて食べる甘いやつ」
「それは解るような気がするんだけど、いろいろ解らないよー」
「じゃあ、今度作ってみようか。その材料全部で」
正解を知っているのか知らないのか、サヤが豪快な提案をした。サヨの顔がぱっと明るくなり、とたんに上機嫌になる。
「ガラスの器に、アイスとコーンフレークと飾り切りした果物を載せて食べるんだよね。おいしそう」
サヨの作る、混ぜご飯みたいなパフェを想像していると、サヤがリンゴにつまようじを刺しながら言った。
「普通のウサギもできるよ。はい」
受け取ったリンゴは、赤い耳が二つ並んだ、なじみのある形だった。サヤの癖なのか、ウサギの右耳だけは少し短めで、丸みのある形をしている。
夏のリンゴは手に入りにくいのか、グレープフルーツやカットしたスイカを持ってきたこともあった。カットしてあっても、持ってくるのは大変じゃないかと思う。買い物も遠くでするみたいだし、どこから来てるんだろう。
一度だけ近所で、サヨを見かけた事があった。
近所とはいっても、国道を越えた先なので、あまり行かない場所だった。母親や弟と一緒に買い物に行った帰り道。
珍しくサヨは一人だった。いつものバスケットではなく、買い物袋をさげて歩いていた。自分の知っているいつものサヨとは違うような気がして、なんだか声をかけにくい。母親と弟も一緒だったので、こっちも恥ずかしいというのもある。
「あら、野口さんとこのサヨちゃんじゃない」
庭に水を撒いていた女の人が、歩いているサヨに声をかけた。サヨはほんのり笑いながらもきちんと挨拶していた。
母親と手前の角を曲がったので、そのあとのことは知らない。ただ、名前だけは覚えた。そうか、あの二人は、野口さやちゃんとさよちゃんっていうんだ。