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9品目 子犬拾いました

 今日は『なみはな』の定休日。店主は買い出しのために外に出掛けていた。梅雨にしてはからっと晴れたその日は、青い空に白い雲が美しく映えている。


 行きつけの店で切れかけていたコーヒー豆と紅茶の茶葉を買い、店主は帰路についていた。


 近道である路地裏を歩いていると、鼻を刺すような不快な臭気がこの路地裏に満ちているのを感じた。

 不審に思った店主は臭気の元を探し始めるが、それらしい物は見つからない。

「気のせいか……ん?」

 店主はゴミ箱の影に何かを見つける。ぐしょりと濡れた黒い毛布のようなそれは、横たわった犬であるようだ。

「……犬? 生き、てる?」

 しゃがんで顔を近づけると、弱々しい呼吸音が聞こえてきた。

「かなり弱ってる……。怪我でもしてるのか?」

 店主が手を触れようとする気配を感じ取ったのか、犬は首を持ち上げると牙を剥いて店主を威嚇する。店主は少し驚いて手を引っ込める。

「ごめんな、驚かせるつもりはなかったんだ」

 しかし犬は相変わらず店主を警戒しているようで、よろよろと立ち上がると店主を睨み付ける。店主はその場から動こうとせず、じっと犬の様子を観察していた。

「……ああ、足か」

 観察していると、犬が後ろ足をかばうようにして立っているのに気付く。

「なあ、その足じゃ満足に歩けないだろ? 手当させてくれないか」

 店主は右手を差し出しながら犬に優しく声をかける。しかし犬は変わらず店主を威嚇しており、一歩近づけば飛び掛かってきそうな様子である。やれやれと溜め息を吐くと、店主は羽織っていた黒いパーカーを脱ぎ、犬に被せた。犬は突然視界を奪われて驚いたのか、ぴたりと動きを止める。

「よいしょっと。……随分と軽いな」

 持ち上げた犬が見た目よりもずっと軽いことに驚いた様子を見せる店主。

「おっとと、暴れるなよ」

 店主は前足をばたつかせる犬を小脇に抱え、足早にその場を後にした。


 自宅に犬を連れ帰った店主は犬に噛みつかれそうになりながらも何とか犬の濡れた体をタオルで拭き、後ろ足についていた大きな切り傷の消毒と保護を済ませていた。

「どこでこんな怪我したんだか。……治るまで居て良いからな」

 一通り暴れて大人しくなった犬の背中を撫でながら店主は呟く。店主の呟きに答えるように犬はきゅうんと小さく鳴いた。店主は反応が返ってきたのが嬉しいのか、顔を綻ばせる。

「明日病院に連れてってやるからな」

 そう言って店主は犬の頭を撫でたが、犬はいらない、とでも言いたげに店主から顔を背ける。


 疲れからか眠ってしまった犬に膝掛けをかけてやり、店主は台所に立った。怪我をした犬を放って外に買い物には行けないと断定し、犬の食事を作ろうと考えたようだ。

「人参とカブは食べやすく切って……。たしか胸肉があったからそれ使うか」

 そう呟きながら店主は軽快な音を立てて野菜を切り、小さな鍋に入れた。

「根菜と鶏肉のお粥って所かな、食べてくれるといいんだけど」

 鶏肉を細かく切りながら何となく嬉しそうな顔で呟いた。


 完成した粥を冷ましつつ自分の食事を作っていると、匂いに気がついたらしい犬が店主の足元を歩いていた。

「何だ、腹へったのか?」

 少し待っててな、と声を掛けると、店主は犬を居間に連れていく。

「さて、続き続き」

 軽く溜め息を吐き、一口サイズのロールキャベツの入ったトマトスープを一口啜る。店主は軽く頷くと手早くスープを器に移した。


 店主は先に犬に粥を出し、自分の食事を居間に運んで食べ始めた。犬は粥の匂いを嗅いで、先程店主が作っていた物と匂いが違ったためか首を傾げている。それから不思議そうな顔をしつつも粥に舌をつけた。

「……俺も食べるか」

 犬が粥を舐め始めたのを見て、店主も手を合わせた。しかし程無くして、犬は店主の足元に歩いてくる。

「ん?」

 店主の足の上に前足を乗せ、犬は店主をじっと見つめる。

「もう食べ終わったのか? ……悪いけど、俺のはあげられないんだ。ごめんな」

 店主がそう言い聞かせるように言うと、犬はきゅうう、と悲しげな声を出す。

「そういう悲しい声出されると俺が悪人みたいだろ。お前には塩辛くて体に悪いからあげられないんだよ」

 店主が食事を再開しようとすると犬が空いた椅子によじ登ろうとしているのが見え、店主は慌てて犬を持ち上げて止めた。

「こら、危ないだろ」

 近くに置いておかないと危ないと考えたのか、店主は犬を膝に乗せて椅子に座る。

「やれやれ、やっと落ち着いて食える」

 一口サイズのロールキャベツを箸でつまんで口に運ぼうとする。しかし店主の口に届く前にロールキャベツは消えてしまう。

「……あれ、落としたかな。ああもう、四つしかないのに……」

 首をかしげながらもう一つをつまむ。つまんだ、筈だった。

「……また消えた。まさかお前か? お前なのか?」

 犬はとぼけた顔をしているが、店主が犬の前にロールキャベツを持ってくると、長く、針のように鋭い舌を突き刺しロールキャベツを箸から奪い取った。

 一瞬ではあったが、犬が見せたおよそ犬の備えている器官ではないそれを目の当たりにした店主はあんぐりと口を開けて固まる。

「お……お前……」

 犬は驚く店主の顔を見て針のように細長い舌を見せ付けるように舌舐めずりをする。

「ただの犬じゃ、ないのか。……見た目はただの黒いビーグルなんだけどなぁ」

 犬は何も反応を返さず、満足げに店主の膝の上で丸くなった。

「……ま、端から見たらただの犬だし、気にすることはないか」

 そう呟くと、犬の頭を撫でる。

「俺以外の人間にその舌見せたら駄目だぞ」

 犬は聞いているのかいないのか、気持ち良さそうに欠伸をした。

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