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5品目 不思議な一見さん

 その日は、朝から雲ひとつない晴天だった。こんな日は茶でも飲むかとばかりに常連客二人は上機嫌な様子で『なみはな』を訪れていた。彼らは互いにメニューを譲り合いながらなんて事はない雑談に花を咲かせている最中である。二人が雑談をしていると、からんころんとドアベルを鳴らしながらドアが開いた。

「ん、客か?」

「珍しいな」

 ドアが開いたのに先に気づいたのは柊だった。ドアを開けた人影をちらりと見て、すぐに向かいに座る明松に目を戻す。その視線の移動に気付いたのか、明松もドアの方に顔を向ける。すると丁度店主が新しく来た客を席に案内しているところだった。

「驚いた、本当に俺達以外の客って来るんだな」

「来ないということは無いだろう。あまりジロジロ見ると失礼だ」

 店主や客に聞こえないよう小声で話をする二人。

「……一見さんだろうか、落ち着きがないな」

 柊はメニューで視線を隠しつつ、落ち着かない様子で店内を見回している男を見る。

「お前もジロジロ見てるじゃねえか」

 明松はそう言って柊の手からメニューを奪い取り、軽く頭を叩く。

「どうしても気になってしまってな……。彼も常連になってくれるといいんだが」

「そうだな。そしたらあいつ、喜ぶだろうな」

 厨房に目を向ける明松の表情が気に障ったのか、柊は明松の頬を軽くつねる。

「痛っ!? なんだよ急に…?」

 明松は頬を押さえ、柊の顔を恨めしげに見る。

「……別に、何でもないさ」

「じゃあつねるな」

 口を尖らせ、抗議の表情をする明松。

「やれやれ、理由に拘るなんて君らしくもない」

「理由もなく行動するなんてお前らしくない」

「私の行動に深い意味なんて元々無いさ。それでも不服だと言うなら、そうだな、例えば君の怒る顔が見たかった……それが理由では駄目だろうか? あくまでも例えば、ではあるけれど」

 柊が頬杖をつき悪戯っぽい笑みを浮かべると、明松は訳がわからないと目を白黒させている。

「例えばと言ったろう? 君は本当にからかい甲斐がある」

「からかわれる俺の身にもなってくれよ」

「それなら尾行されて家まで特定された私の身にもなって欲しいものだ」

 嫌味で返され、しゅんとする明松。その様子を見て柊は少し困った様子を見せた。

「う……ごめん……」

「……あ、いや、私も少々大人げなかったかもしれないな」

「元々俺が悪いし……」

 はぁ、と溜め息を吐き、明松は靴を脱いで椅子の上で膝を抱え始める。

「またすぐそうやって拗ねる」

「どうせ捻くれてるからな」

「ああわかった、分かったよ。この話はやめるから。ほら、折角来たんだし機嫌直して何か美味しいものでも食べようじゃあないか」

 明松はその言葉に反応して俯いていた顔をパッと上げる。

「……君って本当に単純で……その、現金、だな」

 明松に聞こえないよう、小さな小さな声で、それこそ音になっていないような、そんな声で柊は呟くのだった。


 それから二人は注文を決め、店主を小さな呼び鈴で呼び出して注文を告げた。

「ああ、楽しみだ。今回はどんなのが来るんだろうなぁ」

「さっきまであんなに拗ねてたのに」

「それとこれとは話が別だ」

 そう答える明松の声音からは先程の機嫌の悪さは微塵も感じられなかった。

「君を怒らせたときはここに連れてくれば機嫌を直してくれそうだな」

「なっ……俺はそんな単純じゃねえ」

「へぇ、それじゃあ私が今『何でも好きなものを頼んで良い、奢ってやる』と言ったら?」

 明松の顔に期待の色が浮かび、すぐにハッと我に返る。

「単純じゃないか……」

「俺って単純だな……」

 やれやれと溜め息を吐く二人。そして溜め息はすぐに笑いへと変わる。

「やっぱり君といると飽きない」

「あーそりゃどーも」

 二人が仲良さげに笑い合っているところへいつのまにか店主がやって来ていたようで、無言でテーブルに紅茶とコーヒー、そしてアップルパイ二つを並べていく。

「わ、びっくりした」

「声をかけてくれれば良いのに」

「ああいえ、お二人の邪魔をしてはいけないと思いまして」

 店主は若干引き気味に苦笑する。

「お前何かとんでもない誤解をしてねぇか?」

「邪魔者は去りますから、ええ。どうぞ続きを」

「いや誤解だって」

 それでは、と背を向けて去る店主を止めようとするが、明松の手は空を切った。

「……ふふ、分かってますよそれぐらい」

 店主は軽く明松達を振り返りにこりと笑うと、もう一枚の伝票を確認し厨房に急いだ。


 店主が去った後、明松は腕を上げて伸びをする。

「あー、柊だけじゃなくて人間にまでおちょくられた」

「言うほど嫌そうではないんだな」

「そ、そうか?」

 柊はコーヒーを飲みながら軽く頷く。

「嫌じゃないか……何だろうな、なんか……憎めないって奴?」

「そうか、君はおちょくられて喜ぶ特殊な性癖を……」

「何でそうなる」

 呆れた様子で溜め息を吐き、明松は紅茶を飲む。

「……ただ、関わってくれたのが嬉しいんだと思う」

「関わってくれたことが嬉しい、か」

 柊は目の前の友人の過去を思い出す。柊が知っているだけでも確かに明松に積極的に関わろうとした存在は貴重であった。

「妬けるな」

「え?」

 明松が聞き返すが、柊も自分の発言に驚いた様子である。

「あっ、い、いや、何でもない」

「何で急にそんな話になるんだ? 何を焼くんだよ? 肉か? 魚か?」

「……君が馬鹿でよかった、本当に」

 ほっと息を吐く柊を睨む明松。

「なっ……俺が馬鹿って……しかも馬鹿でよかったって何だよそれっ」

「言葉のあやだ、あまり気にするな。……それより、紅茶が冷める」

 明松は不満そうな顔をしていたが、諦めたようにふっと笑顔を作る。

「俺はそんなんじゃ騙されねぇがまぁ……仕方ねえから今日はこれで騙されてやるよ」

 そう言って柊の頬を両手で挟むように軽く叩いた。

「ははっ。そうか、騙されてくれるか」

「騙されてやってるんだからな、勘違いするなよ?」

 明松はびしっと人差し指を柊に突きつける。

「分かってるさ」

「ならよしっ」

 満足げに頷くと、明松は飲みかけのティーカップに紅茶を継ぎ足した。

「それじゃ、いただきます!」

「いただきます」

 二人は両手を胸の辺りの高さで合わせ、フォークを手に取る。

「この間柊が食ってたのうまそうだなって思ってさ」

「それで君もアップルパイにしたのか。紅茶によく合うぞ」

「ほんとか?」

 明松はフォークでアップルパイを切り始める。フォークが入るとパイ生地がパリパリと音を立て、林檎の甘い香りがふわりと広がる。

「わ……良い匂い」

 一口口に入れるとすぐにバターの香ばしい香りが明松の口一杯に広がる。それから林檎の甘味と爽やかな香りが口内を満たしていった。

「幸せそうだな。」

 頬に手を当てて顔を綻ばせる明松を見て、柊も笑顔になる。

「ここの料理は魔法みたいだ。楽しい気分になるし、また食べたくなる」

「案外、魔術の類いをかじっているのかもしれないな。」

「あんなぽやーんとしてるやつが魔術ぅ?」

 そんな冗談を言い合っていると、入り口の方でドアベルが鳴った。

「ん?」

「さっきの……何だ、ケーキとか頼まなかったのか勿体無い」

 柊はふと、レジの音や店主の声が聞こえなかったことを思い出す。

「会計、したか?」

「……そういえば、してないような?」

 明松が首を傾げると、柊はすっと立ち上がり先程まで男が座っていたテーブルを調べ出す。するとすぐにテーブルの上に千円札が無造作に置かれているのを見つけた。

「あの男……まさか、な」

 常人が決してたどり着かないような仮定に行き着くが、柊は有り得ないと首を振る。

「あいつ帰ったのか? って千円置いてあるし! ……会計する時間なかったのか?」

「……そう、だな。きっとそうなんだろう」

 コーヒーだけを飲み、置き土産のように千円札だけを置いて帰っていった男に柊は違和感を感じずにはいられなかった。

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