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3品目 真夏のような初夏のある日

 その日は天候に恵まれ、暑いぐらいであった。初夏と言うよりも寧ろ真夏と言って差し支えないほどの日射しがアスファルトを焼いていた。日中の気温が三十度を超えた為か、暑さを凌ぎに『なみはな』を訪れる客が多かった。

「一人で回すのは骨が折れるなぁ……」

 一通り客を捌ききった頃には既に四時を過ぎていた。店主は大きく溜め息を吐き、カウンターに備え付けられた椅子に座る。

「ああ、疲れた……」

 店主は氷入りの水に蜂蜜と輪切りのレモンを入れてストローでかき混ぜる。

「……そういえば、今日まだ柊さん来てないな」

 ここ一ヶ月ほど足しげく訪れてくる客の顔を思い浮かべつつ、店主はカウンターに突っ伏す。と、その時、店のドアが開き、ドアの鐘が鳴る。

「わわっ、いらっしゃいませっ」

 店主は慌てて客を出迎える。顔を上げると、見目麗しい男と赤い癖毛の男──勿論柊と明松である──が立っているのが見えた。

「休憩中だったかな、済まないね」

「気にしないで下さい。いつもの席で宜しいですか?」

「ああ」

 柊が頷いたのを見て、店主は二人を窓際の席に案内した。


 席についた二人は、仲の良い様子で何を注文するかの相談をしている。

「ああしているところを見るとあの二人、友達ってか兄弟に見えるんだよなぁ」

 厨房の入り口から二人の様子を見て店主はそう呟く。確かに二人の身長差や話している様子を見る限り、店主には明松がどうしても幼く見えてしまう。

「……あの人もたくさんお店に来てくれるだろうか」

 注文が決まるのを待っている間、ぼんやりとそんなことを考えつつ店主は輪切りのレモンの入った水をストローで飲み干した。飲み干した後のグラスを流し台まで持って行き、軽く濯ぎ始めると、ちりん、と呼び鈴の音が聞こえてきた。

「柊さんには確か券を十枚渡したから……」

 店主は慌てる素振りもなく、ミキサーを調理台に準備してから厨房を出た。


 店主が注文を取りに来ると、柊は店主にふわりと微笑みかける。

「これでフルーツジュース一つ」

 柊は千円札を四つに折った程度の大きさの紙を十枚見せながら言う。

「季節のフルーツジュースですね、かしこまりました。今月はメロンになりますが宜しいですか?」

 柊から紙を受け取り、店主はエプロンのポケットにそれを仕舞う。

「メロンか……うん、良いじゃないか。後はそうだなぁ、アップルパイは残ってるかな?」

「アップルパイありますよ! ありがとうございます」

 店主は素早く伝票に注文された料理を書き込んだ。

「お連れ様のご注文もお決まりでしょうか?」

 店主が明松を見ると、明松が頷くのが見えた。

「あの、紅茶と……パンケーキを」

「かしこまりました。パンケーキのシロップは蜂蜜とメープルシロップのどちらにいたしましょう?」

「えっと、メープルシロップで」

 まだ慣れない様子で注文をする明松と、それを眺める柊。

「ご注文繰り返させていただきます。季節のフルーツジュースとアップルパイ、あと、紅茶とメープルのパンケーキですね」

「それで頼む。……ああそうだ、ミルクティーも一つ」

 柊はメニューを閉じ、メニュースタンドに立てる。

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 店主は二人に一礼し、厨房に戻っていった。


 紅茶用のお湯を沸かしながら、店主はミルクティー用の牛乳を軽く火にかける。お湯が沸いてから二つのティーポットに茶葉を量を変えて入れ、お湯を注ぎ蓋をして蒸らす。

「うん、良い香りだ」

 紅茶の香りが漂い始めた頃、軽く暖めた牛乳をティーカップに注ぐ。そして茶葉が少ない方のティーポットの紅茶を透明なティーカップに移し、多い方の紅茶は牛乳の入ったティーカップに注いだ。紅茶のティーポットとティーカップ、そしてミルクティーを盆にのせ、店主は厨房を出る。

「お先に紅茶とミルクティーでございます」

 紅茶のティーポットが明松の前に置かれると、明松はぱぁっと顔を明るくする。それからミルクティーを柊の前に置こうとすると、柊が店主を手で制止した。

「柊さん?」

「それは君に。だいぶ疲れてるようだし」

 店主は少し驚いた顔をした。

「柊さんは何でもお見通しですね」

「暑かったから混んだんだろうと思って。……多分この後はしばらく空くだろうし、休んではどうかな?」

 そう言って柊は笑う。

「……それじゃあ、残りの料理を出したら少し休ませてもらいますね」

 店主はそう答えると、ミルクティーをカウンターに置きながら厨房に戻っていった。


 厨房に戻った店主は冷蔵庫からメロンを取り出し、種と皮を取り除き大きめに切っていく。それから切ったメロンをミキサーに入れ、水と蜂蜜を入れて勢いよく混ぜる。出来上がったメロンジュースを氷のはいった背の高いグラスに注ぎ、ストローを差す。店主はメロンジュースを持って再度厨房を出た。

「季節のフルーツジュースでございます」

「ありがとう」

「パンケーキとアップルパイ、少々お待ちくださいませ」

 店主は軽く頭を下げると、足早に厨房に戻る。


 店主は慣れた手つきで小麦粉、牛乳、クリームチーズ等を量っていく。量り終えると牛乳をボウルに移しクリームチーズと卵黄を入れ、よくかき混ぜた。分けた卵白は素早く泡立て、ふわふわのメレンゲを作る。

「今日もなかなかうまく出来そうだ」

 牛乳、卵黄、クリームチーズが混ざったボウルに小麦粉を振るいながら入れ、軽く混ぜた後に更にそれをメレンゲと合わせ、ふわふわとした生地を作ると、店主はそれを軽く熱したフライパンにバターを塗ってから広げた。


 火が通るにつれ、パンケーキの生地が膨れ始め、盛んに表面に気泡を作る。

「焼き加減はどうかな? ……うん」

 店主がターナーを器用に使ってパンケーキを裏返すと、綺麗な焼き色が現れた。店主はムラの無い焼き色をみて満足げに微笑む。そしてもう片面が焼き上がるまでの間、ナイフやフォークを軽く磨く。そして冷蔵庫からバターとメープルシロップを取り出し、調理台に置いた。

「そろそろか」

 分厚く膨れたパンケーキをターナーで軽く持ち上げ、焼き目を確認してから皿に移す。焼きたてのパンケーキは盛んに生地に練り込まれたチーズの香りと湯気を立ち上らせる。

「うん、上出来」 

 バターを四角く切ってパンケーキに素早く乗せ、パンケーキの皿を盆に乗せる。それからレジの横にあるショーケースから最後の一切れであったアップルパイを取りだし、皿に乗せて運ぶ。


 パンケーキとアップルパイを柊の居るテーブルに置き、店主はカウンターに置いてあったミルクティーを立ったまま啜る。

「柊、約束だろ。味見させてくれよ、味見」

 店主がふと柊達の方に目を向けると、ちょうど明松が柊にジュースを一口欲しいと言っているところだった。柊はそんな話もあったな、と紙ナプキンでストローの口を軽く拭ってから明松にグラスを渡した。

「見た感じだと甘くは見えねえのにな、すごい甘い匂いがする」

「まあ、メロンだからな」

 明松はメロンの香りを堪能してからストローを咥え、少しだけ吸う。

「どうだ?」

「……ん。すごく甘い。蜂蜜の味もする」

 幸せそうに答える明松。

「君は好き嫌いが無いんだな、何でも美味しそうに食べる」

「そんなことねぇよ。コーヒーは少し苦手だ」

「そうだったのか」

 柊は軽く頷くと、明松に手渡されたグラスを受け取り、そのままストローを咥える。

「あれ、ストロー拭かないのか?」

「君が気にすると思って。私は気にしないから良いんだ」

 そう言ってジュースを飲む柊。

「俺も別に気にしねぇよ」

「そうか……それならこれからはそのまま渡すよ」

 そんなことを言って笑う二人を見ている店主は少し嬉しそうにミルクティーのカップを口に運ぶのだった。

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