ドラゴン
ドラゴン
「しかし一体あの中国女は何者なのだ。ここへ呼んで話をさせてみよう。私にかかれば自白させることなどヘノカッパだ。」
女、真紅の絹のチャイナドレスに腰まである漆黒の黒髪、手にドラゴンをかたどった扇を持ちぱっちりとしかしキリリとした目な射しでキケロの部屋に入ってくる。キケロは一瞬物恐じするが負けじと椅子を女の方に詰め寄って女の顔をキッとにらみつけ話を始める。キケロは女の美しさに決して呑まれぬよう最大の注意で言葉をえらび始める。
「お前は一体何の目的でこのローマ帝国という場所へ入ってきたのだ。私にかかればお前を追放することなどヘノカッパだ。お前も観念するがいい。」
女は扇をハタと畳みもう一度この雄弁家の顔を神聖とも言える表情でにらみつけた。
「私は王明美。あなたの知ったことじゃない。私をここから出しな。私はあなたの様な下衆な男に喰われはしない。あなたの母親のところで甘えてくるがいい。私はいつだって決まって自分を安く見積もったりしない。早く出さないとナイフをあなたの喉元に付きつけます。」
キケロはムッとして女の言葉を心の中で反芻し、どうやってこの女をだましてやろうかと真剣に思案した。女は後ろの白いシーツのかかったベッドに座ると見事にスラリと伸びた脚をドレスの切れ込みから投げ出して足を組みキケロを見て不敵に笑っている。
キケロはいっそこの女を殺してしまおうかと思ったが勝手な殺人は皇帝を侮辱することになるのでまた腹立たしさを押さえて思案し始めた。すると女はキケロをバカにしたようにこのように言った。
「あなたのようなバカは相手にしないわ。どこかよそへ行って売娼婦と仲良くして来なさい。いい子だから。私はこのベッドで少し仮眠をとる。あなたどこへでも行ってらっしゃい。」
キケロはついに言葉でこの女を殺そうと決めた。
「おい、お前の目的はわかっている。金だ。そうだな。チャイナマンは金と相場が決まってるから。お前は何の商売でこのローマ帝国をたずねたのだ。お前は売春婦かなにかか。それなら私が20サンチームでお前を買ってやろう。ただし、お前がローマ帝国に害をなすつもりなら私がなんなりと罪状をつけて皇帝に裁いて頂く。よいな。お前を生かすも殺すも私次第。お前の言葉次第で死ぬか生きるかが決定するのだ。皇帝に私がお褒め頂くためにな。」
キケロは不敵に笑ってこの女を挑発した。女はキケロが挑発するとまた不敵に笑ってベッドに座り直すかのように足をさらに高く見せつけた。
「お前は皇帝に殺されたいのだな。それならそれでも良いわ。しかしこのワシの問いに答えよ。何故このローマに侵入した。許可なくこの帝国に入ったものはドラコン立法によって追放されるのだ。お前は売娼婦かなにか知らぬが正直に答えぬと死は逃れられぬ。よいか、最後にもう一度だけ問う。お前は一体何者なのか。お前はこの国に一体何をしに訪れたのか。
すると中国のこの猫の如く妖艶でしなやかな体を持った女性はくんだ脚をサッと解いてベッドから立ち上がりツカツカと中国の布製の靴を足早にキケロの眼前まで運び扇でキケロの左肩をトンと叩いてこう言った。「あなたバカな男よ。私相手にしないわ。私が来たのはこの国につかまっている死刑囚に会いにきたのよ。あなたも妻に会いに刑務所へゆくでしょ。私は私の男に事情を聞きにきただけなのよ。だからあなたの知ったこっちゃないと言ったでしょ。