表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/319

俺と彼女の甘い生活

二人とも!いつの間に!?

朝、それは俺と彼女のいつもの光景。 部屋で目を覚ます。脳裏にこびりつく夢の残滓、それは昔俺が体験した事件、憎愛が入り混じる血の光景だ。父が母を刺し、息子である俺も刺す殺そうとした記憶。


 今、俺が生きているのは刺された母が自らの命を犠牲に俺を守ったからだ。それ以来、俺は人を愛せなくなってしまった。


 愛情が理解出来ない人間に愛を注ぎ続けてくれる俺の幼馴染みが横で目を覚ます。


 「緑青君、おはよう」


 幸せそうに微笑みながら俺の額にキスをしようとしている。その甘い蜂蜜の様な香りは、彼女の体から発せられたもので、俺の鼻腔の奥をくすぐる。

 彼女の肩から流れる長い黄金の髪が魅力的に揺れ、薄手の寝間着から豊かな白い胸元が覗いている。俺は昨夜の情景を思い出しながら再び彼女の胸元に顔を埋めた。


 キスを中断されたハニーが、くすぐったそうに身悶えている。


 「緑青君、ダメだよ?もうすぐ学校だよ?」


 あぁ、そうだ。

 俺達は八ツ森高等学校に通う生徒だった。未成年でこんな事はいけないな。 ハハハッ。

 俺は名残惜しそうにその胸元から顔を放すと、気だるくベッドの脇に脱ぎ捨てられていたYシャツを羽織る。


 ハニーは俺の体の上で髪を後ろで一つに纏め、その緑青色に輝く瞳が俺を捕らえて離さない。俺達が再会したのはこの年の春。


 7年前、姿を消した彼女が再び現れたのだ。

 俺達は互いに歩めなかった7年間を埋めるように激しく愛し合った。それは友達という枠組みを越えた淫らな関係だったのかも知れない。


 それでも構わない。


 ハニーがそんな俺の思考を読むように、僕に唇を再び重ねていく。


 ・・・・・・いく?


 僕の両肩を有り余る握力で握りつぶそうとしているのか、怪我をしている左肩、鎖骨辺りが軋み、悲鳴を上げている。


 涙目になる僕。


 「(杉村?)」


 僕に重ねようとした唇が、その寸前で目的地を失ったようにさまよっている。杉村から何か同じ様な単語が何回も呟かれている。

   

 「(これは演技、演技、演技・・・・・・そしてチャンス、チャンス、チャンス・・・・・・キス!キス!キス!)」


 先ほどまで顔色一つ変えなかった杉村の顔が、我慢が限界に達したのかみるみると赤みを増していく。

 それにつられて僕の方も顔が赤くなり、杉村の腰に回していた手が震えてくる。


 フラフラしている杉村。


 僕は手を伸ばして杉村の頭をポンポンと叩くと「(無理するな)」と短く言葉を発した。


 その言葉を受けて力なく僕の胸元にうずくまる杉村。


 ご苦労様。


 ため息をついて、近くにスタンバっている木田監督と撮影スタッフに視線を送る。


 「ハイ、カァァーーーット!」


 この冒頭でのシーンの台詞は杉村のみで、僕のモノローグは後から音声別撮りで編集するらしい。僕の台詞はまるまる吹き替えてしまう案も出ている。


 これは耳が聞こえない僕への配慮らしい。


 どんなモノローグが入るのが楽しみであり、不安でもある。頼むから僕の中の黒歴史をこれ以上増やさないでくれ。


 冒頭シーンは、ベッドの中で目を覚ます僕らが戯れながら身支度をするシーンだったのだが、僕へのキスのハードルは英国人の杉村でも高かったようだ。木田が僕らの下にやってきて、ねぎらいの言葉を杉村にかける。

 僕にはメモ帳サイズのホワイトボードにマーカーで文を書いて見せてくれる。


 〆[台本と違って、初々しくてすごくかわいかった。撮り直しはいらないよ]


 演技指導というか、ただの感想だよねそれっ!台本と違うっていいのかよっ!監督ぅっ!?

 木田が僕の部屋で待機している撮影スタッフ(アニメ研究部)に大声で指示を出しているようだ。

 

 〆[次、私服に着替えて校内に用意した山小屋のセットで撮影ね。私服は衣装係に用意させた]


 僕の部屋からぞろぞろとスタッフが出て行く。その中の1人が僕らに衣装を渡してくれる。

 僕のはジーパンに白いYシャツに灰色のセーターを合わせた簡単なものだったが、杉村にはチェック柄の上半身と下半身のスカート部が黒く分かれ、その境目にリボンを飾られているかわいいワンピースと、黒タイツ。紺色のダッフルコート。

 少し底の高いパンプスまでもが用意されていた。紅色のベレー帽まである。


 僕はこれだけでは寒いので、自分の部屋から適当にピーコートとマフラーを引っ張り出してきてそれを着込む。


 10月も終わりに近づき、今日は一段と冷え込んでいた。


 杉村が僕の目を気にする事無く、ワンピースを脱ぎ出すので僕は慌てて反対方向に向き直って着替えを始める。


実際の杉村と、僕が八ツ森の白い光の空間で出会った裸の杉村との差異がどれだけあるのかが、気になったがそれを確かめるには気がひける。本人に言ったら二つ返事で裸を見せてくれそうだけど。


うわ、これは最低な思考だ。


八ツ森の白い光の空間。

仮に八ツ森マジカントと名付けよう。


あの空間では、かつてのハニーちゃんと話せた気がした。あれが恐らく彼女の本来の姿。


つまりは、女王蜂なのだ。


本人には直接聞いていないが、今の杉村は僕の知るハニーちゃんとは少し違う気がする。


ほとんど感覚的なものだけど。


 さて、次のシーンは、教室内で用意された山小屋のセットでの撮影だ。


 順を追わずに都合のついたシーンから撮影を優先するのは出演者や関係者のスケジュールの関係だそうな。


 次は間を飛ばして、最後の山小屋で僕が爆発するシーンだった。


 (場面転換)


 休校日、僕らは空き部屋の一つをまるごと借りて撮影に取り組む。


 セットの作製には美術部の協力の賜と言っていい。


 そこが校内の準備室である事など微塵も感じさせない見事な山小屋が再現されていた。窓には青いシートが張られているのは、あとで映像を合成する時の為の配慮らしい。


 「日嗣尊ひつぎ みことさん入られまーす!」


 人垣の隙間から銀色の髪が目に入り、僕は懐かしさで嬉しくなってすぐに会いに行く。

 もしかしたら久々に話が出来るかも知れないと思ったからだ。


 人集りをかき分けて姉さんの下にたどり着く。

 そこには懐かしい銀色の輝きが・・・・・・?


 「誰?」


 首を傾げる銀髪の女の子。


 「代役です」


 それもそうか。日嗣姉さんは山小屋での一件以来、元の黒髪に戻っている。目の前に立っている日嗣姉さんもどきは、背も低く、花のような甘い香りもしないし、黒目がちな猫の様な瞳でも無かった。


 その褐色の肌に、透き通る水色の瞳。


 背は低いけど日嗣姉さんよりもより膨らみのある胸部。


 大きな瞳が首を傾げて僕をのぞき込んでいる。


 彼女からは異国の香りがした。


 彼女は彼女ですごくかわいいけど。


 僕はため息をつく。


 そんな僕を元気づけるように、かつての姉さんと同じように僕の頭を撫でてくれる。


 「そんな顔をするでない。お主がそんな事でどうするのじゃ。妾も悲しいぞ!」


 えぇ?


 姿形は違えど、そこに日嗣姉さんが現れたような気がしたからだ。


 一度、周りを見渡した日嗣姉さんもどきが、僕にだけ分かるようにメモを書いて渡してくれた。


 〆[私は元星の教会の従者。アウラ=留咲とめさきです。日嗣さんの言いつけは守ってますか?]


 僕は一瞬、ひやりとして周りを見渡した。


 これから始まる撮影の準備でこちらを気にかけている人間など1人もいないようだ。助かった。


 彼女が安心した様に、白いワンピースの上に羽織ったパーカーから、一枚のカードを取り出す。


 「2:女教皇」のカードだった。


 あ、この人、姉さんが僕に占いの結果を伝える時に、彼女に答えをリークしていた人だ。だから日嗣姉さんの普段のしぐさや口調も知っているのか。休みの日にわざわざ僕らの為にすいません。


 「さ、いきましょう」


 と僕の背中を押して、撮影スタンバイに入る僕ら。

 僕と杉村と日嗣尊もどき「アウラ=留咲」さんが立ち並ぶ。


 緊張してきた。


 次は僕が爆発するシーンだ。

 台詞は僕だけ後付けなので、口パクで体だけで表現しないといけない。


 逆に難しい。

 杉村が横で直前まで台本に目を通している。

 アウラさんは、完全に台本を頭に叩き込んできたらしく余裕のある表情をしている。


 練習を何回かして、段取りを再確認した後に撮影が始まった。


 ○石竹君の部屋(早朝)

  登校前の二人のやりとり。 (済)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ