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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
青い傘と黄色いレインコート
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木田監督の改定脚本

創作少女は青の少年に映画出演依頼をする。目指せ!主演男優賞!

 2学期が始まってから二週間ほど経つが僕の耳はまだ聞こえづらい。


 山小屋での一件で自爆とはいえ、鼓膜を損傷してしまった。医師の話ではあと2週間ぐらいで完全に治るそうなのだが。どうだか。


 今日も学校の授業を終え、その内容の復習に苦戦している。


 同じぐらいの成績だったはずの杉村にどんどん成績の差を開けられてきている気がする。黒板から書き写したノートにならって席を並べる杉村が一つ一つ個別解答してくれる。ノートの横にメモ帳を並べて筆談する形で意志疎通を行なう。


 今、僕は数学のノートを開いている。

 

 〆(メモの内容)[ 緑青君、その不等式の証明は a,b> だから相加平均と相乗平均の関係で・・・・・・]


 ん?んん?


 筆談でも分からないぞ!


 それより杉村はいつのまにこんなに頭が良くなったんだ?


 夏休み前は僕よりもクラス内のテスト順位は低かったはず。


 不思議に思い、杉村の顔を覗く。

 僕と目が合い頬を赤くする杉村。


 そして目を瞑り、口を突き出す。

 

 「違うから!」って言葉を紙に書き終わる前に、前の席で僕らのやりとりを見ていた佐藤が僕の頭を叩く。衝撃で完治していない左の鎖骨が軋む。


 杉村の頬にはまだ青い痣が残り、左腕と右足の包帯は取れていない。


 僕は杉村に命を助けられた。

キャンプ場で静かに寝ていれば、こんなに怪我をする事も無かったのに。


僕は死んでいたけど。


そもそも日嗣姉さんが山小屋に向かわなかければ……。いや、済んだことはもういいか。日嗣姉さんもあの一件で元の綺麗な黒髪を取り戻し、今はクラスメイト達と楽しい高校生活を送れるようになった。


その性で接点が少なくなってしまった僕等。時々、寂しいような気持ちにもなるけど、本人が幸せならそれで十分だ。


次は僕等が幸せになる番だ。

いつになるかは分からないけど。


 僕は杉村が望むもので、与えられるものはあげたいとは思うけど。でも愛情を返せない僕からの行為になんの意味があるのだろう。


まずは杉村を追い込む原因を作った犯人を探さなくてはならない。


杉村が閉じていた瞼を残念そうに開けると、佐藤に微笑みかけて何かを話している。


 「(私ならいつでもOK)」何がだ。


 そこに若草がアニメ研究部3人組の1人、木田沙彩きだ さあやを僕の席に連れてきた。


 軽く会釈をし、木田は杉村の顔色を伺っているようだった。木田とは夏休みに図書館で調べ事をした際に、少し仲がよくなった。


 木田に気付いた杉村が優しそうに笑う。


 若草が耳の聞こえない僕に構うことなくいつも通りに「(お前と杉村に用があるんだってさ)」と話しているようだ。


 杉村が何かを話しながら、僕にも分かるように手元のメモ帳に文章を書いていく。僕と同じで右手しか使えないのになんて器用なんだ。


 〆[他の生徒の目があるので、カウンセリング室で話を聞きます]


 場所を変える必要があるのかと思いつつ、僕らはいつも使用している部室へと足を運んだ。


 *


 木田の話の内容とは、12月に行われる「八ツ森高校文化祭」にアニメ研究部が上映する映画の内容についての話だった。


 当初は、転校生の金髪美少女である杉村蜂蜜を主役にして、アニメを上映するつもりだったらしいのだが、諸々の事情で僕を主役にした短編映画を作成する事に変更したらしい。アニメ研究部というか、まるで映画研究部のようだ。


 まぁ、木田は確か、映画監督を昔目指していたらしいので本人的にはこちらの方が合っているのかも知れない。


 数分後、アニ研作画担当の「小室亜記こむろあき」も合流し、カウンセリング室のソファーに腰掛け、百合の花が飾られた長机をみんなで囲む。


同席者:心理部(石竹、杉村、佐藤、若草)

    アニ研(木田、小室)

    帰宅部(杉村)


 木田に山小屋での一件を訪ねられるが、正直なところその全てを知っている訳ではない。掻い摘んで佐藤や若草から筆談で聞いたぐらいだ。


 あれから日嗣姉さんに僕が気を失っていた間の状況を何度も聞こうとするのだが、どういう訳かその事については避けられているようだった。最近、目すら合わせて貰えない。


 僕が説明できる山小屋での出来事を並べるとこうなる。


 [〆]


 ①日嗣尊ひつぎみことに誘われて夜のキャンプ場を抜けだす。

 ②アスレチックで少し遊ぶ。

 ③北白家の所有する私有地に無断で足を踏み入れる。

 ④犬に全身を噛まれる。

 ⑤閃光筒スタングレネードで自爆。鼓膜を損傷。

 ⑥マジカントに行き、裸の杉村と幼い女の子に会う。

 ⑦日嗣姉さんに膝枕されて、キスされる。

 ⑧目出し帽の男が現れ、日嗣尊ひつぎみことを刺す。

 ⑨僕、戦う。

 ⑩逆に殺されかける。

 ⑪寸前で杉村に命を救われる。


 ざっとこんなとこだろう。


 クラスの皆は僕のことを「星の女神」を救った英雄として視られているようだけど、これ、人の土地に無断で入ったあげく、正当防衛とはいえ飼い犬の命を奪った凶悪ないたずらっ子だからね。


 「って!!」


 メモ用紙に山小屋での出来事を書き連ねて思い出したけど、日嗣姉さんにキスされてた?


 とりあえず「働きウォーカーさん」が怖いので⑥の部分だけ修正を加えてその箇条書きを皆に見せる。日嗣姉さんとのファーストキスの事は書かない。


 意識は朦朧としていたけど、少しずつ思い出していく度に姉さんの唇の柔らかさが・・・・・・。


 横からの杉村の視線に我に返る。

 何かを怪しんでいる眼差しだ。杉村は僕に対する勘が鋭すぎて怖い。


 いつもなら、ここで「働きウォーカー」さんが現れるのだが、依然として沈黙を守ったままだ。少し前に、杉村自身にその存在を認識しようとしたが、なんど筆談で聞いても首を傾げるばかりで本当に分からないようだった。


 若草の話によると川原で一度姿を現したそうなのだが、杉村の痛みを一心に受けて気を失い、再び眠りについてしまったようなのだ。


 木田が僕のメモを自分のレポート用紙に書き写していく。


 脚本作りの前準備らしい。撮影やら編集やら間に合うか心配だけど、2ヶ月あれば簡単な映画ぐらいは作れるそうなのだ。


 木田が僕のメモを主軸に、他のメンバーとの整合性をつけていく。


 質疑応答が何度も当人達によって繰り返されるが、その内容を僕は聞き取れないので1人蚊帳の外だ。


 今は木田と若草、佐藤が情報交換している。

 小室は必死に最近髪型を変えた杉村の顔をスケッチしている。


 同時上映として「キューティなハニーちゃん」のアニメを差し込む為に映画制作と平行して作業をしているらしい。


 杉村を描く小室の荒い息が、聞こえてきそうでこの子少し怖い。

 呆れた様に杉村を見ると、僕に笑顔で答えてくれる。


 うまく説明出来ないけど、何かに違和感を感じる。


 彼女の僕に向ける笑顔はいつだってどこか悲しげだったが、今はそれを感じられない。あの山小屋での一件を境に何かが変わってしまったのかも知れない。もしくはまた1人で何かを抱え込み、僕に悟られないようにしているのか?


 「(杉村蜂蜜の介入)」


 山小屋で僕を膝枕していた日嗣姉さんの口元は確かにそう呟いていた。


 僕の脳裏に刻まれた夕刻の記憶。

 額の痛みと共に溢れ流れていく僕の感情。


 そこに現れた杉村蜂蜜。

 彼女はその日を境に僕の前から姿を消した。

 

 そして今、その彼女がここにいる。


 「共犯者」

 「被験者」

 「君 殺そうと」

 「誤算」

 「ゲームのルール」


 「浅緋」


 「心 破壊」


 「緑青君、君なら大丈夫」


 これらの言葉は耳が聞こえないと分かっていた上で僕に語りかけられた言葉だ。


 「浅緋あわひ」?


 この単語が妙に僕の中で引っかかる。

 それにこの単語を昔、よく佐藤が使っていた気がする。


 んっ?


 気付くと部室にいる全員の注目を浴びていた。知らないうちに考えていた単語が口から漏れでていたらしい。


 あれ?えっ?


 注目を浴びていたのはそれだけでは無い。僕が知らないうちに涙を流していたからだ。最近、妙に涙脆い気がするなぁ。


 間髪入れずに佐藤が真剣な表情で僕に掴みかかる。僕はその力に購えず、ソファーに押し倒される。


 何かを必死に僕に訴えかけているが、僕の視界が涙で歪み何も口から読みとる事は出来ない。


 取り乱した佐藤を押さえてくれる若草。

 小室と木田はすっかり怯えてしまっている。


 額の傷と杉村が関係しているという事は分かった。でもまだ何かが足りない。


 僕の失ってしまったものを埋めるための何かが足りない気がする。


 大切な何かが。


 そっと体を重ねて僕の震える体を温めてくれる杉村。僕は一体、どうしてしまったんだろう。


 僕が落ち着いたのを見計らい、木田が映画の脚本の大まかなあらすじを僕と杉村に提示し、上映の許可を求められる。


 生徒会に上映内容の変更申請を行なう際に、本人の承諾が必要なのだとか。


 ×  ×  ×


[接合藻類の結合(仮)]


 あらすじ


 八ツ森高校に通う石竹緑青(17)は、どこにでもいるような普通の男子高校生。僕の暗くジメジメした日常生活に一筋の光明が差し込む。転校生杉村蜂蜜すぎむらはちみつだ。7年の時を経て再会する僕らの間に言葉はいらなかった。僕らは一緒に過ごせなかった7年間の空白を埋めるように互いを求め合い、強く愛し合った。そんな僕の前に銀髪の綺麗なお姉さんが現れる。僕はその誘惑に負けて・・・・・・爆発する。


1幕 僕と彼女の甘い生活


 ○石竹君の部屋(早朝)

  登校前の二人のやりとり。


 ○八ツ森高校 校門前(早朝)~


2幕 波乱の予感


 ○カウンセリング室(夕)

  杉村を待つために部室で時間を潰そうとする石竹。

  カウンセリング室には先客が居て・・・・・・。


  銀髪のお姉さんといい感じになってしまう石竹。 


3幕 三角関係


 ○教室(朝)

  石竹を取り合う2人の少女。


4幕 事件


 ○森 山小屋

  クズ男、石竹は二人を森の山小屋に監禁し、非道なゲームを持ちかける。

 石竹「お前等、重いんだよ。めんどくさいから殺し合って勝った方が僕のお嫁さんね」


終幕 爆破


 ○山の麓

  無事帰還する2人の少女。後ろを振り返り山小屋での顛末を思い返す。石竹爆発。


 クズ男は爆発した。


 ~ happy end ~


  ×  ×  ×



 どうしてこうなった!!

 僕は木田の脚本を声を上げて床に叩きつけた。こいつらどんな質疑応答をしたんだよ!


 山小屋での事件関係無いよね!?

 僕の英雄伝説はどこいった!?


 僕の反応を見て可笑しそうに大笑いする顔をしている同席者達。


 杉村は食い入るように脚本を眺めている。

 納得いかない内容があったらしく、木田に修正案を出しているようだ。


 そりゃこんな内容、当人達が了承するとは思えない。


 その修正要望箇所とは、エンディングで銀髪のお姉さんが爆発して。杉村と僕とが結婚するラストに差し替える内容だった。クズ男は滅びるべきだという監督の意志を尊重して、内容の変更は叶わなかったが、大幅な僕と杉村のイチャラブシーンが大幅に追加される事で杉村は了承する。


 って、これ、僕ら本人が出演するの?

 演技なんか出来ねぇよ!


 耳もろくに聞こえないのに!


 「(許可を下さい)」


 木田がその類の言葉を口にして、書類へのサインを僕の求める。

 自分が最後に爆発する映画なんて僕は嫌だったが、杉村の強引な力技によって僕はサインを強制されてしまった。


 多分、杉村は僕とのイチャラブシーンにしか頭に無いと思う。


 木田は満足そうに笑いながら、カウンセリング室を出て行った。

 全く迷惑な話だ。


 そういえば、僕等心理部は文化祭に何をするんだ?佐藤に聞くと僕にメモ書きを渡してくれる。


 〆「佐藤珈琲の直販」


 ただの佐藤家の個人的な商売目的じゃねえかよ!


 〆「メイド服で奉仕する石竹君」


 誰得だよっ!



  *


 ふう、これで文化祭に上映予定だったアニメとの差し替え案がなんとか纏まりそうだ。


 当初はより本人達の実際の境遇に近い物語を想定していたが、杉村さんに脅されている今となってはそんな危ないものを上映する訳にはいかないからね。迂闊に杉村さんの秘密に触れてしまうような内容だけは避けなくてはならなかったし、石竹君が爆発する内容ならコメディでも通用するはずだ。素人映画のシュールな感じに仕上がってもそれはそれで面白そうだ。もちろん、彼らに演技が出来ると分かればドラマチックな内容に変更するつもりでもある。


 とりあえず、杉村さんの許可が下りたと言うことは、この内容で上映しても私の安全は確保されるということだ。


 私だってこんなところで人生を棒に振りたくはないしね。


 「沙彩ちゃん?」


 文化祭の発表内容の提出日〆切りが近いので、その日のうちに生徒会室に足を運ぼうとする。そこに我がアニメ研究部の主戦力の1人、天然系美少女の「江ノ木カナ」に声をかけられる。


 「おぉ、カナちんじゃん。元気かい?」


 「うん!元気だよー?こんなところで沙彩ちゃんは何してるの?」


 私は手にしている提出用の書類を目の前でヒラヒラさせる。


 「文化祭の出し物の申請書を出しに生徒会室にね」


 江ノ木ちゃんが、あごに人差し指をあててかわいいしぐさで何か思い当たる節があるのか難しい顔をしている。


 何かを思い出したよう手を叩く。


 「あ!それなら夏休みの日に、学年代表の田宮さんに催促されて、ちょうど机の上に置いてあった申請書をだしちゃった」


 いつの話だ?田宮さんからの催促なんて私は知らない。


 「その話は私は知らないよ?」


 「確か、その日、沙彩ちゃんは体調不良で学校に来なかった日だったような・・・・・・」


 杉村さんに高架貯水槽から落とされそうになった日だ。

 図書委員をしている私の事を知っている田宮さんが私の事を訪ねてきていたのか。迂闊だった。


 早くこの差し替え用の申請書を持っていかないと。


 「ありがとう、早速この改訂脚本を生徒会室に持って行くよ」


 「うん、じゃあね。どんな内容に改定したの?」


 「えっとね、掻い摘むと、石竹君が爆発する話」


 「見たい!楽しみ!」


 眼を輝かす江ノ木に私は笑顔で別れの挨拶を済ますと生徒会室へと急いだ。大丈夫。この映画の内容は、石竹君の被害にあった事件ともほとんど関連性が無いし、すぐ許可は下りるだろう。


 イチャラブシーンを杉村さんがどのレベルまで求めているかは謎だけどまあいいか。彼女の機嫌はとっておくにこした事はないし。


 二人の事だからもう付き合っているとは思うのだけど、あまり過激内容は上映出来ないなぁ。


 あ、廊下で前を歩いているのは生徒会の面々だ。私は早速その人達に声をかける。


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