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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
青い傘と黄色いレインコート
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傷の記憶

謎の男と対峙する青の少年。傍らには瀕死の銀の少女。立ち上がれ!緑青君!負けないで!生き延びて!

僕はするりと日嗣姉さんの膝からすり抜け、その勢いのままに床から立ち上がる。


 目の前には黒い目出し帽を被ったサバゲー用の軍服で全身を包んだ長身の男が居た。僕の行動が意外だったのか構えていたナイフが空をさまよっている。その刃先には日嗣姉さんのものらしき血がついている。


 今は後ろを振り返らない。


 姉さんの事は心配だが、相手の事が分からない今、隙を見せる訳にはいかない。ここで僕が死んだら、姉さんを助ける事すら出来ない!僕は涙を流しながら相手を睨みつける。


 目の前の男がなぜ、助けるのでは無く、姉さんを刺したのかは分からない、けど今は!


 耳は聞こえなくても目は使える。


 男が日嗣姉さんに止めをさそうとしていたのか、ナイフの構えを逆手にしている。


 させない。


 絶対に。


 体中が傷の痛みで悲鳴を上げ、骨と筋肉がきしむ音が体内から響いてくる。


 構うか、ここで気を失ったら一生後悔する。武器になるものは今、何も所持していない。

 

 相手はナイフ一本。


 まだ希望はある。


 男が僕の気迫に僅かに怯み、後退る。

 相手は恐らく素人だ。


 着込んでいるとはいえ、体格も僕とはそんなに変わらない。背の高さは僕よりも高いが。


 一歩僕は足を踏み出す。


 それに合わせて相手が裏口に続く扉に近づく。やり合う気は無いらしい。


 相手の男が扉に手をかける隙を突いて、僕は床に転がっていた血塗れのバールを拾いあげる。床を転がりながら、近くに居た犬の一匹に狙いを定めてそれを振り下ろす。


 これでこの部屋の中で動ける犬は全部で6匹。


 まだ勝敗は薄い。


 どちらにしろ、犬は全匹始末しないと日嗣姉さんが食べられてしまう可能性がある。


 男の手が上がり、犬に合図を送る。


 その合図と共に犬が同時に僕に襲いかかる。

 頭の中に入れておいたその6匹の居場所をイメージして辺りを見渡す。


 頼れるのは視覚だけだ。


 飛びかかってきた犬を無視して、床で構えている犬の筋肉の動きを観察し次の動きを予想する。


 その地点に向けて僕はバールを思い切り振り抜く。そして新たに飛びかかってきた二匹を同時に殴りつける。


 衝撃で床に転がる二匹。


 反応速度、柔軟性、筋力。


 どれも僕はハニーちゃんには勝てない。


 けど、動態視力だけはそれなりにあるようで、そこを僕は徹底的に杉村のおじさんに鍛えられた。


 無茶しがちな娘の背中を僕も護れるようにと。


 そして対等な状態で勝てないのなら、先に攻撃を出してしまえばいい。というおじさんの無茶振りに僕は付き合わされた。


 そんな修行がここに来て役に立つとは思わなかった。


 いや、この状況を見越して?


 いや、まさかな。


 お調子者のあのおじさんがそんな事考えてる訳ないか!


 3回目を振り下ろした頃には、部屋内の犬でまともに動けるやつは居なくなっていた。


 僕は息を吐ききって、パールを素振りする。そして、日嗣姉さんを刺した相手の男にその切っ先を向ける。


 その状況に焦った男が、ナイフの切っ先をこちらに向けて襲いかかってくる。その到達点を予測し、体を最低限のエネルギーで横にさばく。 


 そしてナイフを男の手から絡めとると、そのまま下から男の体を切りつける。力が入らないので傷は浅いか。


 そのまま持ち手を逆手に変えて力を込める。

 目出し帽の隙間からの覗く双眸が大きく見開かれる。


 なんてね。


 ナイフの位置はそのままに、僕は男の腹に蹴りを入れる。

 これは教室内でよく東雲雀しののめすずめが使う戦法だ。


 相手との距離を空けたい時に使う。


 厚底のブーツが長身の男を壁際に叩きつける。殺したい、こいつをここで殺すべきだと、僕の本能が告げている。


 ナイフを正面の開いている扉に向かって投げ捨てると、右手にしているバールを構え直す。そしてそれを頭に振り下ろす。


 バールの切っ先が小屋の床にぶつかり、鈍い音を立てる。衝撃がバールを伝い、両手がしびれる。


 傷を抑えながら、男が寸前で避けたのだ。


 続けざまに男の横っ面を殴ろうとバールを振り切るがそれも当たらない。何度も何度も男に向かってバールを振り降ろすが、そのどれもが当たらなかった。相手も完全にバールの軌道を見極めているようだった。


 僕の体力にも限界が来たようだ。


 男が戸惑い気味に僕に殴りかかるが、その拳の先を読みきって相手の手を上にねじ上げる。


 男が苦しみながらもがき、暴れて僕の手を振りきる。手の感覚が無くなってきているので男を拘束しきれない。


 相手の攻撃は当たらないが、僕の攻撃も当たらない。


 あぁ、そうだ。


 僕は防御の方は良くても、攻撃の方は全然ダメなのだ。


 くそっ!


 僕はその場にバールを投げ捨てる。

 それを捨て身覚悟で拾いに来る男。


 当然、僕は男の顔面に向かって蹴りを叩き込む。


 相手へバールは渡ったけど、その先を読みとる僕には当たらない。


 むしろ獣よりも四肢の筋肉の僅かな動きを見極めやすいので予測するのが楽なぐらいだ。


 男がバールを体の正面の位置に構える。

 空気が変わったのを僕は感じた。


 鉄のバールが空を裂き、僕の脳天を直撃するイメージが沸く。


 これはダメだ。


 寸前で頭を横にずらしてそれをかわすが、左の肩が完全にやられてしまう。踏み込みからの一撃。この戦い方、構えは剣道か?


 男の闘気を体で感じ取り、本能が警告を発している。


 男がバールを上段に構える。


 僕は流し続けていた血と肩の痛みにより、その場で崩れてしまう。


 次の一撃は防げそうにない。


 なんだよ、結局、僕は誰一人守れないじゃないかよ!


 男の一撃が僕の脳天に襲いかかる。

 日嗣姉さん、ごめんなさい、僕を庇って刺されたんですよね?


 その行為を無駄に・・・・・・。


 ハニーちゃんの叫びが聞こえてきたような気がした。


 ごめん、僕は・・・・・・。


 振り下ろす直前、男の手が止まる。


 状況を確認すると僕が外に向かって捨てたはずのナイフが男の手に突き刺さっていたのだ。


 誰が?


 男が力なくバールを床に落とす。


 入り口の開かれた扉のところには、朝陽を受けて黄金に輝く髪をなびかせた僕の幼馴染が左肩を押さえながら立っていた。


 彼女は僕の名前を呼んだような気がした。

 僕は安心してそのまま床に倒れ込んだ。


 銃を構えた若草と佐藤が乗り込んできて、必死に叫んでいるがそれを僕は聞くことができない。


 おそらく、床に血塗れになって倒れている僕ら二人の名前を叫び続けているんだろう。


 若草の持つ銃の排出口から薬莢が飛び出し、男にむけて発砲する。


 僕は床を這いながら、背中から血をながす日嗣姉さんの患部に今出来る止血を施す。


 助かってくれ、どうか!どうか!


 声にならない声を僕は上げて姉さんの命を生き返らせようとする。


 もう誰も!僕の為に死なないでくれ!


 外からの光を浴びて、杉村がこちらにやってくる。


 不意に額の傷跡に痛みを感じて、ある光景が頭に流れこんでくる。


 血塗れの女の子と、額を傷つけられた僕。

 薄れゆく意識の中で薄暗い小屋に光が射す。


 夕日。


 その陽の中で黄色いレインコートを纏った、幼いハニー=レヴィアンが僕を心配そうに見つめている。


 この記憶はなんだ?


 この光景は?


 ハニーちゃん、もしかして、僕を助けに来てくれたのか?

 僕はハニーちゃんに向かって手を伸ばす。


 杉村が姿を消した7年前、彼女は事件に巻き込まれた。


 その原因を作りだしたのはこの僕自身?


 僕が額に傷を負った日と彼女が事件に巻き込まれた日は、同じ?


 いや、僕も事件に巻き込まれていたのか?


 膝枕をしていた日嗣姉さんの口の動きから、幾つかの単語を拾うことができた。もしかしたら、それが僕らのその日に繋がっているのかも知れない。


 過去の杉村に伸ばした手を、今の杉村が優しくそれを包み込む。


なんて暖かいんだろう。


 薄れていく意識の中で、杉村が何かを囁いている。


 聞き取れないけど、その言葉は恐らく、あの時と同じ言葉だろう。


 「私があなたを必ず守るから」

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