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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
青い傘と黄色いレインコート
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first kiss

<星>と<隠者>とそして……君はもしかして?

 彼は今、疲れ果てて私の両膝の上で眠りについている。


 私は彼が治療してくれた左腕と扉を破るときに痛めた右足の包帯に目をやる。


 耳が聞こえない彼の断片的な言葉で分かったのは、犬の噛み傷による感染症だったらしい。


 だから私の傷跡を確認した後、噛み傷への消毒をした後に他の傷も可能な範囲で行ってくれた。痛みに耐えられるように携帯していた鎮痛剤も私に与えてくれた。


 自分の分を犠牲にしてまで。


 私が苦しむ姿を見て何匹かの犬が石竹君に噛みつこうとしたけど、気配を察した石竹君は自分の拳を使って床に叩きつけた。


 その動きはまるで犬の動きを見切っているようだった。


 人の事は情報だけでは分からない部分が多いらしい。

 彼の場合は事件の被害者という情報とその境遇、孤独な幼少時代を過ごした背景から彼の持つ強さは想像出来なかった。


 考えてみれば校内の誰もが天使(杉村蜂蜜)を怖がっていた時でさえ、彼はただ一人、危険を省みずに彼女と向かい合った。


 そして、私がこの小屋まで足を運ぼうとした時も、頭ごなしに否定せずに、私ときちんと向き合い、ここまで送り届けてくれた。


 彼は器用な生き方をしているとは言えないけど、私はそんな不器用な部分も含めて好きなのかも知れない。


 「だって、普通はここまで頑張れないよ。こんなに他人の為に血を流せる人なんて見たこと無いよ」


 私の頭に姉の「日嗣命ひつぎめい」の顔が思い浮かぶ。


 「本当にバカな子じゃ」


 私はそっと彼の額の傷跡に手をあてる。


 彼は寝ているし、耳も今は聞こえない状態だ。

 鼓膜は破れても再生すると聞いた事があるし、一生そのままでは無いはずだ。


 「もし、一生聞こえなかったら、私が君の耳の代わりになるよ」


 彼とずっと一緒に過ごす毎日を想像して、それもいいかも知れないと思う私がいる。私は思い出した様に携帯を取り出して、星の教会のメンバーに最後のメールを送る。朝早くに悪いけど、もしもの事があってから遅いしね。今日限りで星の教会は解散する旨を載せたメールだ。


 「あのね、君は記憶を失っているんだよ。とても悲惨な事件の記憶。でももしかしたら、とても君とっては大事な記憶だったのかも知れない」


 私は私の行き着いた仮説を彼に聞こえないのを承知して語り始める。

 もし耳が聞こえる状態でも君はすんなりと受け入れられないかも知れないし。


 「君はもしかして、佐藤浅緋さとうあわひちゃんの事が好きだったのかな?それとも彼女が君の事を好きだったのか・・・・・・それは恋愛の様な淡い気持ちではなく、愛情だった」


 石竹君が杉村さんに愛情を返せない理由に、彼の中の人を愛する気持ちが壊れてしまったのと、愛する事へと「後ろめたさ」があるのかも知れない。


 「君は愛する人、もしくは愛される人を二度も目の前で失った。君は自分が何も出来なかった事を強く責め、その償いとして他人を愛することを自ら封じてしまったんじゃないかな?何よりも強い、自分自身への制約。それが自己暗示となって君を呪縛のように縛りつけている」


 これはあくまで推測だ。私は死んでしまった人の気持ちまで代弁する力は持っていない。私の友達に、死者の気持ちを代弁する事が出来るという子がいるが、私はそんな事出来ない。出来るのは膨大な情報の海の一つ一つをすくいあげ、繋ぎ合わせて想像する事しか私には出来ない。お姉ちゃんが居たら、私なんかよりももっとうまく事件を解決出来そうなのに。


「もういいんだよ、無意識に自分を責め続けるのは」


 これは私自身への言葉でもあるかも知れない。私は姉を犠牲に生きてきた自分を責め続けている。あの時、戦えなかった自分を恥じている。杉村さんもそうなのかも知れない。


 「悪いのは犯人の北白直哉きたしろなおやであり、共犯者なんだから。あのね、これは尊お姉ちゃんの推測なんだけど、共犯者は多分、君と同じぐらいの年齢の子で、被害者の佐藤浅緋さとうあわひちゃんとは何かしらの繋がりがある人間かも知れないの」


 4件目で強く現れていた犯人の意志。

 北白直哉がその子にコントロールされていたのだとしたら、きっと佐藤浅緋ちゃんに好意を抱いていた人間に違いない。


 そして当初の想定と違う結果が、もたらされていたのだとしたら?


 「君は本来はそこに居るべきはずの人間じゃなかったと思うの」


 これも推測。犯人の性格的プロファイリングなら、私なんかよりも佐藤深緋さんの方が格段に上だと思うけど、それぞれの事象を繋ぎ合わせるのは記憶力のいい私の方が自信がある。


 「あの4件目の事件は、佐藤さん姉妹が本当は被験者になるはずだった」


 夜が完全に明けて、朝日が小屋を照らし出していく。陽射しが目に入ったのか、目を覚ました石竹君がこちらを見上げる。


 膝枕をされているのが恥ずかしいのか、起きあがろうとする彼を私は優しく押さえつける。


 夜明けは近い。


 私が彼の側にいて野犬に目を光らせている間は恐らく、彼は襲われない。時間が全てを解決してくれる。私が耳が聞こえない彼に構わず、私の仮説を話し続ける。


 「多分、共犯者の強烈な意志によって君はあの被験者に選ばれた。そして、君の方を多分、殺そうとしたんだと思う」


 石竹君が私の口元を見つめている。いいよ、何も分からなくて。私は目線を彼から扉に移す。今は本来なら君に話すべき内容じゃ無いしね。

  

 「北白を操っていた共犯者にとって、誤算は3つあった」


 「1つは、北白直哉の逮捕に直接結びついた杉村蜂蜜すぎむらはちみつの介入」


 彼女が現れなければ、第五ゲームが新たに発生していた可能性は高い。


 「2つめは、北白直哉が生贄ゲームのルールを頑なに守ろうとした事」


 彼は誰よりも自分自身の魂の浄化を求めていた。


 「そして3つめは、被害者である佐藤浅緋あわひちゃんがこの生贄ゲームのルールを完全に理解していた事。これは多分、過去の3件の事件に彼女の知り合いか誰かが関係していたのだと思う。彼女は少しずつこの事件の真相に近づきつつもあったのかも知れない」


 佐藤さん姉妹が被験者に選ばれたのは、何かの警告だったのかも知れない。恐らく、姉妹同士で生贄ゲームが行われた場合は、姉の深緋こきひさんを犠牲に選ぶつもりだったのか、私達双子のゲーム結果を踏まえて、姉が妹を殺す事は無いと踏んだのだろう。


 佐藤浅緋あわひさんに対する好意と、事件の真相発覚を恐れた自己防衛がここでは両立している事になる。


 佐藤姉妹が被験者に選ばれていた場合、少なくとも生き残った妹さんの心に傷が生まれる。そしてこの事件そのものが彼女にとってのトラウマになれば、事件を調べようとする気さえ恐ろしくて起きないはずだ。


 事件から遠ざけ、かつ邪魔者を排除しようとして、被験者のターゲットを石竹緑青君に選んだ。


 浅緋さんと石竹君は両思いか、当時、杉村さんとの仲を周りが認識していた場合、一方的に好きだった可能性が高い。


 ここである可能性に気付く。


 「佐藤浅緋あわひさんは、共犯者によって心を破壊されようとしていた?」


 杉村さんが解離性多重人格性障害を起こすきっかけとなったのが、あの2年A組の襲撃事件なのだとしたら?


 しかも、事件の関係者がまだ生きていて、石竹君なら私はいつでも殺せるぞ?という類のメッセージ性が強いのだとしたら?


 「佐藤さんにもっと、快楽殺人者の人格的傾向を教えて貰わないと」


 犯人の狙いが、事件を起こし、被験者の心の破壊が目的なのだとしたら、それは一部を除いて成功してしまっている事になる。


 私は寒気がして、後ろを振り向く。


 どうやら小屋の裏口から助けが来たようだった。


 「お、お主は・・・・・・助けに」


 いや、違う。私は慌てて石竹君を庇うように上から抱きしめる。


 「緑青君、君なら大丈夫。そして、杉村さん、ごめんね」


 私は目を見広げる彼の目をのぞき込み、微笑むと、彼の唇にそっと私の唇を重ねた。初めてだからこれであってるのかも解らないけど、私は、最後、幸せだった……よ。


 遠くで周りを囲む野犬達が遠吠えを上げているのが聞こえた。


 それは本当の群のボスに再会出来た祝福の鳴き声にも聞こえた。

 彼に与えられた鎮痛剤が効いていたのかほとんど痛覚は無かったのだけど、苦しく、そしてだんだんと眠くなっていった。


日嗣姉さんはそのまま動かなくなった。

僕の涙は訳も解らないまま流れ続けている。


何が起きているんだ?


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