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幼馴染

光に包まれた世界そこは死者と生者が交錯する世界、八ッ森を囲む霊樹は結界であり、又、牢獄なのである。やっと会えたね。けど、ここに来ちゃダメ……なんで裸なの?

ここはどこだろう。白い閃光に包まれた後の事を僕は知らない。辺りを見回しても光が無限に広がっているだけで、その場所は何も無かった。僕は思い出したように自分の体を見下ろして傷の状態を確認する。


 確か犬に全身を噛まれたはず。


 しかしあるはずの噛み傷は無く、痛みも無い。首元に噛みつかれた傷すら無い。


 おまけに何故か真っ裸である。


 「あ、なるほどね」


 僕はどうやら「マジカント」……ではなくあの世の狭間に居るのかも知れない。臨死体験という言葉が相応しい。


 死んでもないし生きてもない。


 こうして思考が働くという事は、僕の脳は「まだ」無事で単に気を失っているだけかも知れない。時間の問題かも知れないけど。


 僕はあらゆるしがらみから解放された気分になって、両手足を広げて地面に仰向けになる。この空間は僕以外誰もいない光に包まれた世界。優しい風と共に甘い香りが僕の嗅覚を震わせる。


 その懐かしい香りに自然と涙が出る。


 この蜂蜜の様な甘ったるい香りは僕の幼馴染の香りだ。


 「結局僕は最後まで、何もしてやれなかったな」


 雨の降る紫陽花が咲く小さな公園で僕らは出会った。ハニー=レヴィアン、僕の幼馴染み、僕の最初の友達だ。


 母さんが僕を公園においてけぼりにし、父さんと違う男の所に通っている間、僕は黄色いレインコートを着て公園で一人遊んでいた。


 そこに青い傘を差した人形の様な女の子が僕の前にふらりと現れた。


 何の前触れもなかったけど、そうなる事が必然であるように、僕らは出会った。


 異国の血が混じる彼女に、親に愛されなかった僕。2人は境遇的に孤独で独りぼっちだった。


 ハニーちゃんの方は優しいお父さんが居たけど、僕の母は冷たかった。


 だから、僕のレインコートと青い傘を交換した日、僕の心の暗くて穴の空いた部分を彼女が埋める様に暖かく照らし出してくれた。


 そういえばあの青い傘はどこへやったんだろう。


 それから僕らはどんどん仲良くなって毎日が楽しくて仕方無かった。

 そんな毎日がずっと続くものだと思っていた。


 けど、現実はそうはならなかった。


 僕がもうすぐ11歳の誕生日を迎えようとしていて、一緒に誕生日を祝ってくれる約束をしていた矢先、彼女は突然僕の前から姿を消した。


 そして気付いたら、額に大きな傷跡が出来ていて、僕の心にまた大きな穴が空いてしまっていた。


 どうしたらいいか分からなかった。


 僕はただ学校にもほとんど行かず、彼女とよく待ち合わせをしていた紫陽花公園に毎日通い、彼女がいつかきっと再び現れる日を機能しない心で待ちわびていた。


 それから僕は高校に上がって、それなりに現実と折り合いをつけられる様になってきた頃、再び目の前に彼女が現れたのだ。


 口ではしっかりと彼女には伝えていないけど、僕も彼女との再会を心底喜んでいた。昔失った半身を再び手に入れたような懐かしい感覚だ。


 でも、誰かが、何者かが僕らを邪魔しようとしている。


 僕ら幼馴染は居場所を無くしてさまよい、やっと見つけた二人だけの場所を容赦なく奪おうとしている人間がいる。


 若草が言った。


 諦めず、何度も何度も立ち向かっていれば、そいつらに一矢ぐらい報いる事ができるのでは無いかと。


 僕はまだたくさんやり残した事がある。


 あいつにまだ、何も返してやれてない。


 あいつは、母が父に殺された時も血塗れの僕をずっと抱きしめてくれていた。


 そして僕の幼馴染はこう言った。


 「ろっくんは何も悪くない。大丈夫だから。私が、あなたを守るから」と。


 その時からかも知れない、僕らの繋がりが更に強さを増したのは。


 「ハニーちゃん・・・・・・」


 自然と口からその名前が出る。


 ハニーはその名前が嫌いで、八ツ森市に戻ってきた際には「杉村蜂蜜すぎむら はちみつ」と名乗っていたが。


 もう今更何を思っても仕方無いか。

 僕は犬に全身を噛まれて死んだんだから。

 おかしいな、急所は寸前で全部外してたはずなんだけど・・・・・・。


 「ろっくん」


 幻聴が聞こえる。

 それは僕の幼馴染が僕を呼ぶときに使う名前だ。


 「ろっくん?」


 幻聴のくせにやけにはっきり聞こえ・・・・・・。


 「じーっ・・・・・・」


 言葉の次に視線を感じて居心地が悪くなって僕は起きあがる。


 「あ、起きた!」


 「寝てねえよ!って!どこを見てるんだよ!」


 あれ?目の前に杉村居る?


 「ろっくん、なんで裸?」


 「いや、お前も裸だから!」


 「お揃いだね」


 いや、そこは恥ずかしがるところだろ。

 17歳の乙女なら。


 いや、これは僕の記憶の中の杉村だ。本人ではないはずだ。


 でもまぁいいか。


 最後にこうして話ができるだけでこの世に未練が少なくなる。


 裸で向き合っているのもなんなので、僕は別の方向を向いて体育座りをする。


 杉村もそれに倣うように反対側を向いて体育座りをしたらしい。


 なぜか背中をくっつけてくる。妙に背中が暖かく感じる。


 死んでるのに。


 唐突に杉村が口を開く。


 「私、死んじゃったかも」


 僕は驚き、後ろを振り返る。


 黄金の髪は解かれており、長く美しい髪が白い背中に流れるように張り付いている。


 「なんでだ?お前はキャンプ場のテントの中で寝ていたはずだろ?」


 顔の向きを変えずに杉村が首を横に振る。


 「胸騒ぎがして、ろっくんのあとを追いかけて森に入っていったの」


 おかしい。


 これは幻のはずだろ?なんで知らない情報まで僕は想像できるんだ?


 「記憶は曖昧だけど、そこで私はライフルで背中から撃たれてしまったみたいなの」


 「冗談だろ?嘘だよなぁ?お前がそんなに簡単に死ぬなんてありえない」


 悲しそうにこちらに振り向いて笑う杉村。


 「私の分まで生きて?ろっくん」


 「いや、ダメだ!そんなの認めない!俺は何一つ、お前に返せてないんだぞ?!お前は生きろ!」


 杉村が驚いた様に目から涙を流し、微笑む。


 「ろっくんには貰ったよ?」


 頬を朱くして額を抑える杉村。


 「そんな!額にキスしたくらいで、お前に返せる借りなんて何一つないんだ」


 微笑みながらもう一度首を振る杉村。


 「ううん、それだけじゃないよ。あなたが居たから私は今日、ここまで生きてこられた」


 僕らが望むものは、普通の人間が手を伸ばせばすぐそこにあるようなものなのに、なんでこうも、それが手に入らないのだろう。


 答えは簡単だ。それを邪魔する人間が居るからだ。


 「杉村、もし、僕らのささやかな願いすら消し去ろうとする人間がいるのだとしたら」


 杉村が何かを決心した顔つきになる。


 「全力でそれに立ち向かおう」


 杉村が静かに頷いた。


 「ろっくんなら、やれるよ。信じてる。私が居なくても大丈夫」


 僕は儚げに笑う杉村が可哀想になってその肩を抱きしめる。


 「そんな、寂しいこというなよ」


 「ごめんね、ろっくん。来世では幸せになろうね」


 僕は杉村の目を見て言い聞かせる。


 「来世でなんて言うな。今だ。今を僕達は生きている。だから幸せになるぞ!ハニーちゃん!」


 杉村が顔を真っ赤にして膝に顔を埋める。


 「わ、私達、結婚しまーすぅ?!」


 なんでだよ。いや、そういう意味で言ったんじゃ・・・・・・。


 裸の杉村が勢いよく立ち上がり、空を見上げる。


 「私、来世なんて待ってられない!」


 「お、おう」


 とにかく元気になってよかった。

 これで僕も心おきなく逝ける。


 「えっと、実はさ、僕も死んだっぽいんだよね」


 杉村が「まさかーっ」といったように笑いながら手でリアクションをとる。


 「いや、なんとか日嗣姉さんは守れたんだけど、犬に噛まれて死んだっぽい」


 それを聞いて固まる杉村。


 僕らは現状が分からずに途方にくれる。

 どちらかが死んだのか、両方死んだのか、それとも生きているのか?


 杉村が周りを見渡して現実味の無い事を話だす。


 「この八ツ森市は四方を霊樹の森で囲まれてるの」


 「うん。知ってる。確か霊験あらたかな木々の森を開拓してこの町は創られた。八ツ森を囲む霊樹は結界であり、また牢獄なのである」


 「それは古い言葉。昔の人々から脈々と受け継がれてきた森に、どんな願いが込められているかは知れないけど彼らは恐らく、死んでしまった大事な人と話をしたかったんじゃないかな?」


 「そんな事が実際にありえると……」


 「私達がこうして話せているのが何よりの証拠」


 その大胆な仮説を信じてしまった方が楽なのだが、どうも全てを鵜呑みにする事が出来ない。これは僕の想像が創った世界である可能性が高いからだ。


 無意識に目を反らしている問題を、死の淵に立たされた事によって脳内で自分自身で再認識させているのかも知れない。


 ふいに優しい視線を感じて振り向く。

 それにつられて僕の脳内の裸の杉村も視線を移動させる。


 そこには佐藤によく似た、顔も名前も思い出せなかった少女が居た。


 「君は……誰なんだ?」


 僕の言葉に何も答えず、ただ、僕に優しく微笑みかけるだけの少女。


 杉村は反対に怯えたような表情になる。


 「ごめんなさい、ごめんなさい!私はあなたを助けられたはずなのに!」


 杉村がその場に崩れ落ちる。


 白い光に包まれた少女は優しい眼差しのまま、杉村を赦すように微笑みながら首を横に振った。


 そして、僕らの向いている方向とは反対の方向を指差す。


 あっちに歩いていけということか?

 僕は崩れる杉村の肩を抱えて進み出した。


 僕の背中を後押しするように、少女の暖かい手が僕の背中に触れたような気がした。


遠くで僕と杉村の名前を何度も呼ぶ声が聞こえてくる……。

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