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獣の群れと手榴弾

蠢く獣の波はいとも簡単に少年を飲みこむ。

そして銀の少女は一つの仮説に辿りつく。すごいね、貴女は。君はまた誰かの為に血を流す。大丈夫、貴方は私が護るから。

 「緑青君っ!!逃げて!私の事はいいから早くそこから離れて!」


 何かを引きずる様な足音がだんだんと近くなり、壁越しに緑青君の気配がする。


 「そこに居るんですね、姉さん!」


 私は壁越しに精一杯に叫ぶ。


 「ここに居るよ!私は大丈夫!君は大丈夫なの!?」


 「よかった……。もう犬に食べられてしまったかと思いましたよ……本当によかった」


 緑青君が本当に心配そうな声を私にかける。


 「僕の不注意です。破損している床下から大量の犬が這い上がってきてしまい……ました」


 床下から聞こえてくるたくさんの犬の呻き声は未だに止んでいない。気の性か緑青君の声が段々と弱くなってきている様な気がする。


 「日嗣姉さん、一つお願いが……あります」


 かつて私を助けてくれた時の「めいお姉ちゃん」の声が緑青君の声と重なる。


 『尊、お姉ちゃんの最後のお願い聞いてくれる?何があっても、何が聞こえても目を深く瞑って、絶対に開けちゃダメだからね!』


 私は嫌な予感がして必死に壁を叩く。

 私はまた誰かの犠牲の上に生かされるの?そんなのはもう嫌だ。


 「嫌、絶対にそんなこと聞かぬぞ!お主と一緒に帰るんじゃ!」


 壁越しに緑青君の呆れながらも笑う顔が見えたような気がした。


 「僕は約束しました。姉さんを、皆の所に還すんだって」


 何を言ってるの?私だけ帰っても意味が無いじゃない。


 「お主も一緒じゃ!」


 私はすぐさま納屋の扉を開けようと扉の取っ手に手をかけて開こうとするがビクともしない。簡単なかんぬきの鍵が向こう側についている為、恐らく緑青君がそれをかけたのだ。


 「いいですか、よく聞いて下さい」


 静かな覚悟を秘めた声が薄い扉越しに聞こえてくる。


 私と彼との距離はこんなにも近いのに、扉一枚がこんなにもわずらわしく感じるなんて。


 「今から数えて10秒後ぐらいに大きな破裂音がすると思いますが、気にしないで下さい。そして扉を破壊してこちら側に出てこようなんて考えないで下さいね?念のため、姉さんは耳を閉じていて下さい」


 私に目を開けないように指示した姉の言葉。

 いつも皆、私なんかの為に無茶をしようとする!なんで!なんでそんなに私を生かそうとするの!?


 私が泣き喚めいていると、緑青君が言葉を続ける。


 「姉さん、貴女自身は気づいていないかも知れませんが、貴女は素敵な人です。だからほっとけないんです。安心して下さい、きっと夜が空けたら僕らが居ない事に気づいた先生や杉村が何とかしてくれます。あ、約束ですよ?二学期になったら、必ず2年D組に顔を出して下さいね?きっとみんな……」


 獣の鳴き声と共に突如として声が途切れる。


 緑青君の苦しそうな声が扉越しに聞こえてきて泣きそうになる。やめて、やめて、もう誰も、私の為に死なないで!ピンが外れる様な音がして、何か鉄製の丸い物が床を転がるような音がする。この音は!よく映画などで見る光景が頭に思い浮かぶ。複数の敵に囲まれた主人公が手榴弾のピンを抜いて自ら自爆するという。


 私の好きな映画の一場面ワンシーンにもそんな場面が最後にあった。

 

 「死なないで!」


 私の叫びも空しく、緑青君からの返事は一回も無かった。私はその場に崩れ、扉に背中を預ける。


 そして緑青君の言いつけ通りに耳を両手で塞ぐ。両手越しに石竹君の雄叫びが聞こえてくる。私の手は彼の聞いた事の無い魂の叫びに手を震えさせる。


 丁度10秒後に耳をつんざく様な大きすぎる破裂音が辺りに鳴り響いた。凄まじい閃光が壁の向こう側から漏れだし、私の居る納屋を一瞬照らし出す。


 涙で視界がぼやけている。


 「なんで、なんで……?」


 私は違和感に気付く。

 壁に隙間は全く無かったはずだ。


 それに光の広がり方もおかしかった。


 丁度、一つの穴から光が溢れ広がっていく感じに……。私は転がっていた懐中電灯を拾い上げると、閃光の記憶を頼りに壁を入念に調べていく。


 あった!


 私の丁度、腰辺りに小さな覗き穴が設けられていた。


 先程の光が無かったら見落としていたに違いない。ただ、その位置が微妙な高さにあった。


 立って覗くには低すぎるし、座って覗くにも低すぎる位置にある。私は辺りを見渡して奥に乱暴に並べられていた木箱をその穴の前に移動する。

 木箱を椅子代わりにして座れば……。ダメだ、それでも低すぎて私でも覗き辛い。不意に聴覚の記憶が蘇る。


 私は事件当初、ずっと目を閉じていた。


 姉が柱に刃物を突き立てている音と共に、背後から別の物音がしていたのを思い出す。

ここから見えるのは丁度、私達が拘束された柱の背面。壁を誰かがノックするような音が鳴っていた。


 これが共犯者の合図?


 もう一人の犯人は私達の背後に最初からずっと居て、事件の経過を観察していた。


 でも、この高さは……。不意に先程の男の声が蘇る。


 「つまらないなぁ。この前なんて仲良しの友達同士が一つのナイフを奪い合い、血まみれになって殺し合ったのにーー」


 ここだ!


 先程ひっかかったのはこの言葉だ。


 北白が無作為に犯行の対象を選んでいたのだったら、被験者同士が「仲良しかどうか」なんて分からない!


 私の頭が今置かれている状況を無視して、急速に回転し始める。


 第一ゲーム、被験者同士の関係性は無かった。学年も違う。第二ゲーム、被験者同士の関係性は校内でも評判の仲良し2人組だった。第三ゲーム、私達は双子だった。


 そして、石竹君が被験者に選ばれたのは?なんでだろう?杉村さんと石竹君の関係性は幼馴染みにカテゴライズ出来るけど、なんで石竹君と佐藤さんの妹なんだろう?


 私は嫌な予感がする。


 このゲームの流れで言うと、無関係な人間同士の生贄ゲームは既に第一ゲームの時に条件はクリアーされている。それをわざわざ、双子の被験者を選んだ後にそんな組み合わせを考えるのは明らかに不自然だ。


 その当時の佐藤さん姉妹と石竹君の関係性は確か、同じ家で暮らす同居人だったはず。


 母親を父に殺され、遠い親戚に引き取られようとしていたところを、佐藤さんのご両親が彼を引き取ったのだ。なんだろう、なにかがもう少しで繋がりそう。第4ゲームの組み合わせは本来の想定した組み合わせでは無かった?ここで考えられるのは2パターンだ。


 一つは”幼馴染”という関係性を持つ「①杉村蜂蜜さんと石竹緑青君」の組み合わせ。


 もう一つは、”姉妹”という関係性を持つ「②佐藤深緋こきひさんと佐藤浅緋あわひさん」の組み合わせだ。


 私は再び脳内に思考を走らせる。


 これまでの生贄ゲームの傾向を考えると、①は片方が男の子なので考え辛い。すると必然的に②の佐藤姉妹が当初の被験者だった可能性が高い。


 しかも、石竹君の話によると杉村さんの当時のあだ名が「黄金銃」と呼ばれるぐらいに化け物じみた強さだった事で有名だった事から、被験者の関係性を知る共犯者が彼女をターゲットにする可能性は低い。


 幻の第4ゲーム、犯人達が被験者に選んでいたのは姉妹である佐藤さん達?


 そして生徒同士の交友関係を把握出来るのは、同じ学校に通う八ツ森小学校の教員か生徒になる。


 更に、納屋に設けられた覗き穴の高さから察するに、共犯者は背の低い子供だった可能性が極めて高い。私の背中を悪寒が走る。


 最初の八ツ森市連続少女殺害事件が起きたのは丁度12年前。


 そして、石竹君のクラスである2年A組を襲ったのが当時の共犯者だとしたら、犯人は八ツ森高校に在学中の生徒という事になる。


 卒業生が犯人なのだとしたら、あまり公にされていなかった英国人の転入生の情報が巡るにはもう少し時間がかかったはずだ。


 私は動悸が激しくなるのを抑えながら、たどり着いた一つの信憑性の高い仮説に恐怖を覚える。共犯者はずっと、被害者を観察し続けていたのだ。それもずっと近い位置で。


 私の意識が脳内の情報の海から這い上がり、現実に戻ってくる。彼には生きていて貰わなければならない。彼の中にきっと事件の真実は隠されているのだから!私は静かになった小屋の扉を力一杯蹴り上げる。 開け!開け!開けぇ!


 まだ私は諦めない!


 石竹君もきっと生きているはず!


 彼も私と一緒で、命を託された人間なのだとしたらきっと「佐藤浅緋あわひ」さんが護ってくれている!


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