棺
その小屋は銀の少女の半身その棺。それを前に少女は何かに気付く。
私は、帽子にくくりつけている少しくたびれてしまったヤマユリの花をそっと胸の前におろした。
この目の前の山小屋は、私と姉が犯人によって誘拐され監禁された場所。
外観はどこにでもあるような山小屋だけど、事件現場である為か当時の状況をそのまま今に残すように人が手入れをしているような様子はどこにも見受けられない。
私はそっとヤマユリの花を小屋の前に置く。
やっとこの場所に足を運ぶ事が出来た。
ここまで来るのに約10年かかった。
私はお姉ちゃんのお墓に、お花を捧げた事は一度も無かった。
お姉ちゃんの肉体は、この場所で滅びた。
だからあれからお姉ちゃんの魂はここにあるような気がしてずっと花を捧げる事が出来なかったのだ。何度も何度もこの場所に足を運ぼうと思ったけど、過去の凄惨な事件光景が私の意識に流れ込んできて恐ろしくてここに足を運ぶ事が出来なかった。
誰に何を言われようが、私の正装は喪服だった。他の人々が時間の流れの中でお姉ちゃんの事を忘れても、私は忘れない。すっとお姉ちゃんの事を考え、喪に服している。
それは決して前向きなものでは無いと自覚していた。過去と決別し、前へ進むための足枷としかならない。
分かっている。けど、私には出来ない。
どんなに凄惨な事件でも、どんなにマスコミが注目を引かせるような報道の仕方をしたとしても、やがてその事件は流れていく情報の中で風化し、単なる一事件と化してしまう。
だから私は世間の人々にこの「八ツ森市連続少女殺害事件」を風化させない為にも喪服を着続けてきたのかも知れない。
お姉ちゃんは生きていた。
私を助ける為に死んで、私を生かす為に命を託した。
そんな10歳の勇敢な女の子の行為を、世間が忘れない為に。
私は北白直哉にこの場所に監禁された時、既に生きる事を諦めていた。相手は大人の男性。鎖に繋がれた片手。置かれたナイフ。
何をどう足掻いても、避けられない死だ。
私がこの事件を調べるうちに分かった事だけど、犯人の北白直哉は”生きようと足掻いた少女”は殺さない。
生贄となるのは生きる事を諦めた方の人間。死を受け入れ、絶望に心折れた者に生き残る資格を与えない。
第一ゲーム、里宮翔子と天野樹理では生きる為に何度も犯人に立ち向かった天野樹理にその資格が与えられた。
第二ゲーム、川村仁美と矢口智子の事件では両者とも死亡する結果に終わってしまったけど、川村仁美の遺体は犬に食い荒された状態で見つかり、矢口智子は包帯などで治療を受けた後、丁寧に小さな棺桶に寝かされた状態で山小屋の床下から見つかった。
その事から、犯人が意図的な差別化をしていた事が伺われ、おそらく勝者は矢口智子の方だろう。
私達の第三ゲームでは、恐らくお姉ちゃんに軍配があがったはずだ。
私はただ状況に絶望し抵抗する意志も無く、あろう事かお姉ちゃんがゲームに勝つために私をナイフで殺そうとしているものだと思いこんでいた。本当に馬鹿な私。
私たちはそっくりな双子。
そして私はダメな方の妹。
なんで私の方が生き残ったんだろう。
ねぇ、教えて?お姉ちゃん。
なんで私なんかを生かしたの?
生きるべきはお姉ちゃんだったはず!
私は耐えられずにその場にうずくまり、背中に爪を立ててかきむしる。
なんで、なんで、私は生かされたの?
私の鳴き声が静かな森に響きわたる。
死ぬべきは私だった。
憎むべき犯人は、重度の精神病と診断されて今ものうのうと生きている。
何度もあいつを殺したいと思ったけど、けど、お姉ちゃんはそんな事しても戻って来ない、喜ばない。
それで私が捕まってしまえば、お姉ちゃんに貰ったこの命が無駄に消耗されてしまう。お姉ちゃんが託した命が、意味を無くしてしまうっ!
なんで、なんでこの世界は!
泣き叫び、背中をかきむしる私を止める為に両腕を掴む石竹緑青君。
「姉さん!しっかりして下さい!もう事件は終わったんです!あなたはここに居ます!」
彼の声が、私の存在を過去から現在へと結びつける起点となって私の意識を繋げていく。
第四ゲーム。
八ツ森市以外の世間の認識では、ある少女の介入により「未遂」扱いとなっている。
存在しない、幻の第四ゲーム。
その事件の記録と共に抹消された佐藤さんの妹「佐藤浅緋」。
第四ゲームの内容を知る人物は少ない。
当時の事件内容を知るはずの人物が、精神異常者の北白直哉と記憶喪失の石竹緑青君だけだからだ。
佐藤深緋さんも必死に事件を追っているが、その全て知る事は出来ていない。全てが推測に過ぎないからだ。
第四ゲーム、生き残ったのは「石竹緑青」君。
きっと、彼がより生き残ろうと・・・・・・。
私はある違和感に気付く。
なんでこんな単純な事に気付かなかったんだろ。
これは連続少女殺害事件。
生贄になるのは、少女のはずだ。
第四ゲーム、最初から生贄になるのは決まっていた?
どう足掻いても、緑青君が生贄になる事は無い。
だって男の子だもん。
生贄に選ばれるのは、常に少女だ。
そしてその事を最初から「佐藤浅緋」が知っていたのだとしたら?
私が今、こうして生かされ、この場所に立っている意味を考える。
「ありがとう、お姉ちゃん」
視点が定まり、散り散りになっていた理性が急速に収束し始める。
私にもまだ何か出来るかも知れない。
私は。ポーチに入れていた携帯を取り出すと、ある内容を電子メールで一斉配信する。
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[ 件名:星の女神 ]
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内容:八ツ森市連続少女殺害事件、被害者、佐藤浅緋。
その当時の交友関係をなるべく詳細に教えて下さい。
どんな些細な事でも構いません。
一緒に歩いていた程度でも構いません。
私に、もしもの事があった場合はそれを「佐藤深緋」さんに伝えてあげて下さい。
夜分遅くに、申し訳ありませんでした。
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私の冷静な顔に安心したのか緑青君が、笑顔で私の肩を抱いて立ち上がらせてくれる。私がこうして生かされた意味があったのかも知れない。
「緑青君、最後のお願い聞いてくれる?」
少し困った顔をしてこちらの瞳を覗きこむ彼。
「なんですか?MICO姉さん」
「山小屋の中に入りたい」
私の体の事を心配して、驚いた顔をする緑青君。
「心配するで無い!妾はもうへっちゃらホイホイじゃ!」
私はそっと手の震えを隠して、元気な素振りをする。頭の中に流れ込んでくる当時の事件の記憶の波に飲まれないように歯を食いしばる。
何か、何か手掛かりがこの小屋に残っているはずだ。警察ですら気付かない何かが。
北白直哉には、その意思の決定に関わる共謀者が居るはずだから。
奴が、正真正銘の精神障害者なのだとしたら、こうまで意図的な被害者の選定は出来ないはずだから。
最後の事件にだけ、ルールを超えて強烈な犯人の意思が干渉しているように思えた。
*
ある人物に電話をかけ終わった後、一件のメールが転送されている事に気付く。私は不審に思いながらもその内容を確認する。
[ 件名:星の女神 ~ ]
私はその内容に愕然とする。
日嗣尊が何かに感づいたのかも知れない。
私自身が動くべきか?
いや、まだその段階では無い……はずだ。