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眠れる森の狩人

黄金の少女に群がる獣。銀の銃と刃が舞い踊る。忍び寄る男の影。あれは笛吹き男?

「 ♪Summ summ summ! 

   Bienchen summ herum!


  Ei, wir tun dir nichts zu leide,

  Flieg nur aus in Wald und Heide!


  Summ, summ, summ!Bienchen summ herum! ♪♪」


(ぶんぶんぶん はちが とぶ

お池の まわりに野ばらが さいたよ

ぶんぶんぶん はちが とぶ)


 25、26、27・・・・・・


(ぶんぶんぶん はちが とぶ

 あさつゆ きらきら 野ばらが ゆれるよ

 ぶんぶんぶん はちが とぶ)


 40、41、42・・・・・・



 (ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ)



 デザートイーグルの銃がスライドし、プルバックの状態をキープする。その隙を突いて私の死角から野犬が飛び出す。


 (お池の周りに野薔薇が咲いたよ・・・・・・)


 私は気配だけを頼りに後方斜め後ろにグリップの銃底を向けて振り抜く。野犬の顎が砕ける音がして辺りを転げ回る。


 その隙に空になったマガジンを排出し、上着のポケットに収納している4つあるうちの1つの予備弾倉を素早く装填する。


 射出準備が完了したと同時に私は適当に弾を撃つ。


 その大きな発砲音に私をとり囲む野犬達が体を強ばらせる。


 その数は次第に数を増やしていき、私を中心に半径20m四方に30匹、そこから先の距離には20匹ほど集まってきている。


 私は一カ所に留まらない。


 ひたすら駆けながら、両手で握る本物の銃を野犬に放ち続けている。


 体の感覚が鋭く、鋭感さを増していくと共に、私の心と体はどこか別のものであるかのように離別していく。


 冷静に状況を判断している間も、私の体は速度を増し、森を駆ける狩猟犬と化していく。森を縦横無尽に飛び回り、敵に針を刺すクマ蜂にも似ている。


 その耳障りな羽音が私の頭にこびりついて離れない。


 解放された私の中に眠る「殺戮本能」それが私の体を全自動で突き動かす。銃声が一発なるごとに、野犬の顔や体が弾け飛び、あたりに血の飛沫をまき散らす。


 私の体はその飛沫にさえ触れない速度で飛び回る。まるで羽がついているように。


 この野犬達は統制力に優れている。


 どいつが群のボスなのかを見極めようとするが、どうも見あたらない。きっとどこか安全なところで見下して、ほくそ笑んでいる嫌な奴に違いない。


 60、63、67・・・・・・


 私はこの狩りを楽しんでいる。


 頭では殺した犬の数を数えながら、口からはろっくんに誉められた「みつばち」の歌を口ずさんでいた。


 本当は、この子達の命も奪いたくないのに。


 背中に装着している殺傷力の低い2本のトンファーが所在なさげに揺れている。


 確かに、50匹以上の野犬を相手にする場合、こんな武器では数で押されたらひとたまりもない。


 銃の利点は、最小限の力で、最大限の殺傷力を有する点。


 そして、薬莢が破裂する瞬間の音と光が犬を本能的に怯えさせ続けている。数分前、私はろっくんの最後のマーカー弾が付着する木の付近で、ろっくんの背嚢が放置されているのを発見した。


 そこから足跡は一度引き返した軌跡を描いていたが、結局、森の奥へと続いていた。


 遙か遠くの方で、野犬の遠吠えが聞こえた。


 私はなりふり構わず更に足に力を入れて駆けだした。


 木々の間を最速ですり抜ける様に走っている為、小さな小枝が私の露出している顔や手、足に傷を生み出していく。


 私はそんな些細な痛覚を遮断し、一刻でも早く、ろっくんの元にたどり着く為に駆けだしていた。


 遠くで聞こえた遠吠えを境に、眠っていた獣が重い腰をあげるように、森全体がざわざわと蠢いていく。


 一匹、また一匹と痩せた野犬達が仲間の声に反応して一カ所に集まろうとしていた。


 私に今、出来る事は、こいつらを私に引きつけて、先手を打ち、狩る側にあるこいつらを私が先に狩ってしまう事だ。


 私の手にしている銃は、マグナム弾を撃てるオートマチックの銃。デザートイーグル。


 威力は強力だが、弾の装填数は8発程度で、弾丸の射出時の反動が大きすぎる為、片手撃ちにくく、連射にも不向きで、本当はこういう場面には向かない。


 残りの弾はあと24発。


 私は、なるべく一度の発砲で複数の犬をしとめられるように銃の弾道の直線状に犬が重なった瞬間を見定めて放つようにしている。


 銃の残数は、私の残りの命の数にも等しい。


 駆けながら、分厚い底のジャングルブーツで犬の顔面や腹を踏み潰していく。中には一撃で死にきれずに、もがき苦しみながら死を待つか、中にはその死骸に仲間が群がり、腹を満たしていく。


 賢い野犬の数匹は、私を狩るよりも、どんどん増え続けていく仲間の死骸を漁った方が賢明だと言うことに気付いているのだ。


 「あぁ」


 私の口から漏れ出る。

唄が止み、甘美の吐息が漏れる。


 「なんて素敵な夜なんでしょう」


 辺りに私の銃声が響き渡る。


 「これが本当の私。森を駆け、血を求め、命を蹴散らす。なんて最高なの!」


 違う、これは私の声じゃない。わ、たし、の。声じゃ。ない。

 私の意識と感覚が溶けて混じり、何かと融合を果たしていく。


 「ほんと、バカな子達。まだ、私に勝てる見込みが少しでもあると思ってるのかしら」


 73、76、80・・・・・・


 残りの弾数はあと5発程度。


 「それでいい、それでいいのよ。私を受け入れなさい。私こそが貴女の本性なの」


 私は熱を帯びた銃に安全装置をかけると、腰のホルダーに収納する。


 残りの5発は保険用。


 私は刀身の長めの刃物を二本、両手に構える。

 形状的には短刀に似ている為、ニンジャソードと呼ばれているものだ。私はこの子達に、風神、雷神と名付けていた気がする。


 「やっぱり、こっち(刃物)の方が性にあってるわ」


 私は周囲を確認する。

 月明かりが水面を反射し、揺らめいて光るのが見えた。


 私は道を逸れて山を流れる川に走り出した。


 野犬は私に群れの大半の数を減らされ、ほとんどの野犬が勝てないと悟っているが、それでも明確な殺意をもって私に懲りずに飛びかかってくる。


 それを体でいなし、すれ違い様に側面から手にしているナイフを刺し入れて振り切る。


 空中で内包物をまき散らしながら、野犬が絶命する。


 「おかしいわね。普通なら、本能的にとっくに負けを認めて逃げるはずなのに」


 私は川に足をつけながら、血の臭いを消しつつ、暗視ゴーグルを装着する。


 浅いとはいえ、水の中まで入ってきて私に襲いかかってくる野犬はいなかった。


 私はその時間を使って、辺りを見渡した。


 こいつらは、群のボスに従って動いている訳では無い。

 誰かの意図的な命令を受けて動いている。


 私の感じた違和感がそう告げていた。


 川を取り囲む様に次々と犬が再び数を増やしていく。


 ここは私有地。


 もしかしたら、ここの土地の持ち主がこいつらを猟犬の様にしたてて飼っているのかも知れない。


 私は静かに川を突き進みながら、周囲に人間がいないか見回す。


 「ありえない、ありえない。今日、このタイミングでこの数時間の間に、周到に動いて私達を意図的に追いつめる事が出来る人間なんて」


 私はいくつもの可能性を頭に過らせる。

 このキャンプ場への思い出作りは、個人で行なわれたのでは無い。


 あくまで心理部としての、部活動の一環として行なわれている。

 迂闊だった。


 私達の同行が、襲撃事件、もしくは、過去の事件の関連者の耳に入っていたのだとしたら……もし、その状況自体が意図的に作るか、作りだされたものだとしたら?川のせせらぎと、獣の息づかいに紛れるように何か金属が擦れるような音がした。この音は!私はすぐさま行動を移す。川を横切り、草むらへ飛び込もうと体勢を低くした瞬間、弾ける音と共に何かが私の足を掠めた。

 その衝撃で私の体は吹き飛び、私の腿から血がふきだし、溢れだしてくる。私はその場に仰向けに倒れた。

 私の足を掠めたのは、恐らくライフルなどの長距離用の猟銃だろう。まともに胴体に食らっていたら、その内部衝撃で内蔵がぐちゃぐちゃになっていたところだ。


 あと数センチ、銃弾が太股を貫通していたら動脈を傷つけられていたら出血死の危険性もあった。


 私は銃弾が飛んできた方に重い頭をむける。暗視ゴーグルを通して、白い衣服の人影が蠢く。川の縁にある草むらにそれは見えた。犬達のボスは恐らくあいつだろう。

 こちらが動かなくなった事を察してか、遠くにあった人影が、こちらにゆっくりと近づいてくる。


 私の命なんてどうでもいい、どうか、ろっくん、無事でいてください。私は貴方さえ無事なら・・・・・・。


 私は目を静かに閉じた。


 猟銃を私に放った人間が、川まで降りてきて近付いてくる気配がした。


 私は少し疲れた。すごく眠りたい気分。

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