一匹の獣
黄金の少女は森で一匹の獣と遭遇す。杉村さ……ん?
恐らく日嗣さんが付着させたであろう「赤いマーカー弾」の方を辿っていく。でたらめに発砲されたみたいだけど、黄色いマーカー弾の痕跡に付随して付けられている事から、二人で並んで歩いていた事が伺える。
そして、私有地の霊樹の森近くのアスレチックで遊んだ形跡も、その足跡から推測できる。
二人で夜の森を歩いて、遊具で遊ぶデート。
なぜこんな所で遊んでいたかは分からないけれど、もしかしたらただのナイトデートなのかも知れない。私もろっくんとそんな事したことないのに。
私は気力を半分削がれながらも、ろっくんの付けた方のマーカー弾のみに集中して森を駆けていく。
この辺りでもこの時間帯ともなればフラフラと野生の犬が出没する危険性がある。
森の浅い地点でろっくん達が遭遇し、引き返してくれれば、まだ生還率は上がるが、あいつらの縄張りに入ってしまえば一気に死亡率は跳ね上がる。
最初の一匹だ。
最初の一匹に対する対応さえ間違えなければ、野犬に囲まれ、捕食される事もない。
奴らは群れでその真価を発揮する。
まだ、生きているはず・・・・・・。
私は、必死に、ろっくん達の生存率を底上げできる可能性を頭の中で必死に繋げて自分自身を落ち着かせようとしている。
ろっくんがもし、ここで死んでしまったら、私はどうなるんだろう。
私が今、生きているのはろっくんが居る世界に留まりたかっただけだった。
私の起点であり、境界線、そして世界の全てだった。
愛している、ものすごく愛している。
彼が居ない世界に未練も興味無い、だから、いくらでもこの命を!
私は、草むらから急に飛び出してきた物体を体でいなし、遠くへ弾きとばす。
そう、私の一匹目の野犬との遭遇である。
今、この地点は霊樹の森とキャンプ場の境目を走り抜けて間もない場所だ。
私は、飛びかかってきた犬が体勢を立て直す前に辺りを360°見渡し、手元のライトで辺りを探る。獣の目にその光が反射する事は無かった。仲間の臭いも気配も無い。
懲りずにうなり声をあげて牙をむき出しにする野犬。
食べるものがほとんど無いのか、やせ細った体で、あばらが浮いているようにも見えた。下手したら共食いも既に始まっているかも知れない。こいつはもしかしたら、それを恐れてわざとはぐれているのかも知れない。
静かすぎる森。生き物すら拒む様に四方に枝葉を伸ばす霊樹。風で枝が揺れ、葉が音を立ててざわつく。
私は彼等の縄張りに自分の縄張りを広げるように感覚を四方に広げていく。
臭い、音、光、気配、あらゆる情報が私の五感を通して脳に流れてくる。私の中から、余分な情報が次々と削ぎ落とされていく。
私は目を瞑る。
この感覚は久しぶりだ。
私は背負っていた背嚢を静かに降ろす。
野犬の息遣いが止み、足に力を込め、腐葉土を踏みしめる音がする。
1、2・・・・・・3!
私は寸前で目を見開き、一気に体を回転させて野犬の側面に腕全体を使ってそれを叩き込む。
私の全力をもって打ち込まれたそれは、野犬の身体的機能を一時的に完全に麻痺させる。
私の腕に弾かれた犬は、意識を失い、木に叩きつけられる。
目を覚ましたとしても恐らくまともに体は動かせないだろう。
私は、背負ってきた背嚢の口を開いて、この状況に相応しい装備に身を包む。もちろん余分な荷物はここに置いておく。
獣と同等の速度を得る為にはこんな大荷物は逆に邪魔になるだけだ。
トンファー2本に、スタンガン、サバゲー用の銃を体に這わせたベルトに装着していく。
鞄の底に異物を感じてそれを引っ張り出す。
「なんでこんなところに?」
それは以前、パパから譲り受けた非常用の「お守り」だった。
学校の現場検証用に引っ張り出してきた事はあったけど、きっちりと自宅に保管してきたはずだったのに・・・・・・。
この御守りは、私には強力すぎる。
私はそれを腰の後ろに装着する。
使うつもりは無いが、もしもの為に。
そしてもう一つ、ベルトに連結されたたくさんのナイフがぞろぞろと鞄から顔を出す。
私が、自宅から持ってきた記憶があるのは、ナイフのサーバントさんだけだった気がするけど、これはどういう事だろう?
「あ、サーバントさん、どこかに無くしちゃったかも」
あれ、あの子どこやっちゃったけ?
鞄には入って無かった。
物騒だけど私は仕方なく、ベルトに連結されたナイフを体に巻いていく。腿にも2本ずつ装着して私の武装はより完璧に近くなる。
フルアーマー・ハニー=レヴィアンの完成である。
ふと脳裏に、連結されたナイフのベルトを装着する光景が脳裏に蘇る。
いつの記憶だろう。
最近、私の記憶はあやふやで、所々抜けがあるように思える。
なんで・・・・・・だろう。
私は変な喪失感に襲われて、目眩をおこしそうになる。
私は頭を振って、持ちこたえて、歩みを進める。
「今は、ろっくんと日嗣さんの命が優先!」
私は幾分軽くなった体で、森を獣の様に駆ける。
そう、森は私の縄張りなの。フフフッ!
「あ、そうだ」
私は体を反転させて、先ほど気を失わせた野犬の方に向き直る。
「緑青君の危険性に少しでも関わる要素は潰す」
腰のホルダーから「お守り」を引き抜くと、照準を野犬に合わせた。
私の手元を中心に閃光が走り、付随して鈍い振動と音が空気を揺らす。
数メートル先にある、野犬の体が衝撃で宙に舞い、弾け、原型を失う。
「これでよし!」
私はたまらなく愉快になって、笑い声をあげながら森を駆け抜けていく。
「アハハハハッ!緑青君の邪魔者は全部消すの。そう、全部!」
狩りを楽しむ獣の様な獰猛さと、森をすり抜けていく清らかな風になった様な感覚を楽しみながら。