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そうならなかった世界

青の少年と銀の少女は森を行き、もう一つの世界の可能性に思いを巡らせる。短かったけど、私も君と出会えて良かったよ。

 星の光すら遮断してしまいそうな深い森を僕等は歩く。これは日嗣姉さんが前に進む為のちょっとした冒険だ。


 「むぅ、緑青君。この川はどうしよう」


 日嗣姉さんが僕に負ぶられながら、山道を遮断する川に向けて懐中電灯を照らす。やや遠い所で、光を受けた水面が光を乱反射させる。そこには幅50mほどの渓流があり、幸いな事に川辺を下って行けば川底を歩いて行ける深さのようだった。大きめの石が水面から半分顔を出している。

 「ここから下って、歩いて渡れそうですね」

 「ここを、下る?」

 懐中電灯の照らしていない箇所は、ここからだと真っ暗で得体の知れない恐怖を感じさせる。

 「引き返しますか?」

 「いや、進む!」

 そういうと、僕の背中が急に軽くなり、その暖かみを残して日嗣姉さんが地面に足をつける。

 「ありがとう、私はもう大丈夫」

 僕は心配しつつ、草木を掻き分けて下に降りやすい場所を探す。

 「むむむ、確かこっちじゃ」

 そういうと、日嗣姉さんは僕を草むらから引っ張り出すと、川沿いに北東に向かい歩き出す。


 「数年前、川の両岸には確か、小さな橋が架けられていたはずなの」


 日嗣姉さんの記憶を頼りに、僕等はその橋を探す。やや遠方に、山小屋の様なシルエットが見えている。恐らく、そこが、日嗣姉さんが遭遇した事件現場だ。僕等が歩く森は、北白家の所有地でもある。故に、橋や小屋の設備点検は義務付けられていない。

 この森の荒方から、もしかしたら地主も見切りをつけようとしているのかも知れない。

 母を殺した父を持つ僕だからこそ分かる事だけど、その家の1人が犯罪を犯したからといって、その関係者全員が悪では無い事は承知している。


 だが、この森の持つ不気味さがそういった可能性すら飲みこんでしまいそうで僕等は恐ろしくなる。


 「あの、不法侵入になる前に、北白家とのコンタクトをとってもよかったんじゃないでしょうか。犯人はあくまで、北白家の1人であって……」


 日嗣姉さんが、暗がりの中、僕の手を引きながら難しい顔をする。


 「……わかっておる。事件を起こしたのは北白直哉1人じゃが、そう頭で理解していても、妾には関係者全員が犯人の様に思えて恐ろしいのじゃ」


 そういう気持も僕は嫌ほど味わってきたので解る。父と子、その被害者であっても僕は人殺しの子供。そうでなければ、苛めは無かっただろうし、小学校時代の友達が「ハニー=レヴィアン」1人だったという悲しい事も起きなかったはずだ。

 ふと思う、もし僕が誰からの差別も受けずに周りの人間に受け入れられていたとしたら「ハニー=レヴィアン」とも出会う事は無かったのかも知れない。

 「日嗣、いや、MICO姉さん」

 「なんじゃ?」

 日嗣姉さんが、辺りをキョロキョロと見渡しながら僕に返事をする。


 「もし、この世界が、なんの差別も無い世界だったなら、僕は杉村蜂蜜と2人で山に遊びに行く事も無く、2人揃って皆と一緒に、同じ時間を過ごせたのかも知れませんね」

 日嗣姉さんが、優しく僕の目を見て微笑む。

 「そうじゃな、そんな世界があったら、天使も、緑青君も、妾も、こんなに苦しむ事は無かったのやも知れぬ。でも、固定概念や思い込み、ステレオタイプという概念もまた社会を潤滑に動かすにはある程度必要な要素ではあるぞ?」


「差別的な感覚が必要なんですか?」


「うむ。社会がつくる一般的な固定概念がなければ、社会はうまく流れていかぬ。何を基準にして何を信じればいいかわからぬからの。私達はつまるところ、社会に必要な犠牲者なのじゃ」


「理不尽ですね」


「それが世界だね」


 「時々、思うんです。杉村は僕とは違って、世界のコードを書き換える様な天才の部類に属すると思うんです」


 「ふむ、確かにの。メンタル面はともかく、天使の身体能力は群を抜いておるからの」


 「だから、あいつは、僕と出会わなかった方が……」


 「ばっかもん!」


 日嗣姉さんが立ち止まり、僕に向かい合う。

「それは天使が決める事じゃ。お主が……お主が決める事では無いのじゃ」

 さっきとは反転して、囁くように僕に言い聞かせる日嗣姉さん。そして優しく、僕の額にある傷跡に触れる。


 「天使は、妾達とは違い、前だけを向いて突き進もうとしておる。お主がそんな事でどうするのだ。第4の少年よ」


 「ごめんなさい、MICO姉さん……」


 笑顔で僕を許すとこう姉さんは答えた。


 「妾があの事件に遭遇していなかったら、恐らくお姉ちゃんと一緒の高校に通って、大学生活を楽しんで、か、かか、彼氏の1人や2人出来ていたんじゃろうが……の」


 寂しそうに上を向いて、木々の隙間から星を見上げる日嗣姉さん。目には実現し得ない理想を湛え、涙を流す。


 そうして日嗣姉さんがこちらを一度向いてから、懐中電灯を僕の顔にあてる。眩しい。


 僕が眩暈を起こしている隙に、川沿いに先に進んでしまった。


 去り際にこう言葉を残して。


 「でも、君には出会えて無かった」


 僕は少し戸惑いながら姉さんを追いかける。

 全ては偶然の積み重ね、必然なんて無いのかも知れないけど、今はこの廻り合わせを大事にしなければと思う。


 「おおぉ!」


 少し離れた所から日嗣姉さんの声が聞こえてくる。僕は、腰のポーチから小型の懐中電灯と暗視ゴーグルを取り出してそれを頭に装着する。

 

 「見つかりましたか?」


 「うむ。あれじゃ。向こう岸まで繋がっておる」


 そこには、川面から1mぐらいの高さに架けられた橋があった。横に手すり等は無く、木の板が何枚も連結された簡単な橋だった。幸いな事に、造りは頑丈で横幅も3人分ぐらいある。

 「少し、小屋からは離れてしまったがこれで辿り付けそうじゃ」

 「ですね」

 僕等は草木を掻き分けて、橋の前まで到着すると顔を見合わせた。長らく使われていない橋は黒ずみ、苔まで生えている始末。普通の靴なら、間違え無く滑って川底に頭をぶつけてしまいそうだ。

 「お手を拝借」

 「御意」

 僕はMICO姉さんと手を再び繋ぎ合った。僕の方はサバゲー仕様のブーツなので滑る事は無いだろうけど、日嗣姉さんの方は心配だ。



 私は胸騒ぎを抑えながら、森を駆ける。

 2人の僅かな足跡を頼りに。


 静かな森は私の軍靴の音以外を響かせるつもりは無いらしく、余計に私をざわつかせる。森に入ってから10分程走った所に、ポツポツとろっくんの夜光マーカー弾の黄色い光が目に入ってくる。


 道はこっちで合っているようだ。


 私は、すぐにマーカー弾が付着する木を確かめて、辺りを見渡す。黄色い発光に紛れて、桃色に発光するマーカー弾が散見される。

 そして、一際大きく、太い木に「MICO」という謎のメッセージがナイフにより刻まれていた。一体なんのメッセージだろう?私は、その近くにろっくんの愛用するナイフを発見する。そのナイフを、月明かりに反射させる。血などの付着は無く、歯こぼれも無い。野犬と遭遇してはいない様で私はホッと胸を撫で下ろす。でも。これで確定した。あの2人は森で密会している訳ではない。明確な意思と目的をもって、この森の奥に進もうとしている。この辺りは恐らく、まだ八ッ森高原オートキャンプ場の所有地だろう。霊樹の森の一般開放はあの事件の後、禁止されたはずだ。そこへの侵入は法を侵す事になり、そこで2人が諦めて引き返してくれる事を願いながら私は、再び駆けだした。黄色いマーカー弾を辿って行くが、少し、赤いマーカー弾も気になるので、確認だけしていこうかな。


 何かのメッセージかも知れないし、その不規則性からでたらめに乱射している感も否めないけど。


 森は私の縄張り、何も恐れる事は無い。


 この辺りにも、一度、遥か昔にパパと散策をした記憶もおぼろげながらにある。


 地図は無いけど、迷う事は無いだろう。


 現時刻は2時。


 あの2人がここへ印をつけた時刻との差はどれぐらい空いているのだろうか、もしかしたらもう、野犬に襲われた後だったとしたらどうしよう。ろっくん一人ならしばらくは持ちこたえられそうだけど、ろっくんの事だから、きっと日嗣さんを見捨てる様な事はしないだろう。


 お願い、無事でいて、ろっくん、日嗣さん!


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