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獣の視る夢

黄金の少女、眠れる従者の声を聞く。姿を消したのは青の少年と黒き亡霊。お願い、間に合って!

 強い風にさざめく森。それと共に押し寄せる獣の匂い。私は、遠くにその遠吠えを聞いた。森の奥深く、彼らは常闇から這い出て血を求め、肉を食らう。人の味を覚えた犬は、ただの犬にあらず。それは森の番人、地獄の使者、野の犬は時に化物となる。


 それは夕刻、鮮烈な夕日が森全体を貫く。


 私は、幼馴染の彼を捜している。どこに行ったの?彼は、私達があらかじめ範囲を決めておいた領域を越えて、その外にいるようだ。彼の気配が私の縄張りから消えた。


 私は、彼を捜す。


 森に夜が訪れてからは危険だから。光の射さない森は、もはや別世界。夜の住者が起きあがり、人はその居場所を失う。

 「緑青くーん!!」

 私は叫んだ。夕闇の迫る森の中で、夢の中で。獣に喰い荒らされて内蔵を垂れ流している少女を見つける。そして私の愛する人は、頭から血を流していた。その傍には黒衣の女と白衣の男が……。

 「ろっくん!!」

 私は叫び、そして身体を起こす。

 周りを見渡すと、そこは森では無く、テントの中だった。そうだ。私達はみんなでキャンプ場に来ていたのだ。現時刻は1時20分。深夜だ。 私は、さっきみた夢を忘れる為にテントから顔を出し、洗い場に向かう。夢で見た幻影が私に疲労感を与え、歩む足が鉛の様に重い。頭痛も少しあるようだ。

 私は水道の蛇口を捻り、冷たい水を手にすくい溜めると、その冷たすぎる水で嫌な夢を消し去るように顔を荒い流す。顔にかかる滴を気にかけず、私は夜空を見上げる。みんなで見上げた煌めいていた星の夜空が、どこか寂しげだった。誰かに呼ばれた様な気がして、私は辺りを見渡す。こんな時間帯に声をかける人などいない。私の心の中の警鐘がなり、心と身体をざわつかせる。


 何かが起きている。


 誰かが私の名を呼ぶ声がした。

 「女王蜂クイーンよ!」

 私は胸騒ぎがして、何かが起きていないかを確認する。キャンプ場全体に変化が無いかを確認し、テントの中も確認する。

 私の頭の中に、幼い石竹緑青君が額から血を流す光景がフラッシュバックする。私の手が無意識に震えている。女子テントの幕をあげようとして私は違和感に気付く。目が夜の闇に慣れて、その違和感に気付かせた。真新しいブーツの足跡が森の方へと続いていたからだ。

 「なんでブーツタイプの足跡が?就寝時はみんなサンダルだった」

 私は、その足跡を順になぞる様にその行き先を辿っていく。もしかしたら、不審人物が私達の寝込みを襲おうとして、諦めたのかも知れない。私の今の姿は、寝間着用のワンピースで丸腰だけど負けはしないと思う。


 その足跡は、森へと続いていた。


 かと思うとその足跡は急に向きを変えて、男子テントの方へと歩き出した。なんでだろう。私は、見落とさない用に入念に確認しながら辿っていく。やはり、男子テントに辿りつい……え?私はその状況を理解する。誰かが女子のテントから出て、男子テントに寄り、ろっくんを外に連れ出したのだ。この足跡の型は「ろっくん」のに間違い無い。もう一つのは誰だ?私は、念のため、男子テントを確認する。そこには荷物に埋もれて息苦しそうにしている若草君だけが寝ていた。やっぱり。

私はざわめく心を必死に抑えながら、女子テントへと足を運ぶ。誰がろっくんを連れ出したかによって状況は変わるからだ。

 先生の場合は、ろっくんの貞操が。佐藤さんの場合は、ろっくんの貞操が!日嗣さんの場合は、ろっくんの貞操がぁ!!危ない!

 私は音をたてずに素早くテントの幕をあげて中を確認する。居ないのは、日嗣さんだった。なんだかんだで、ろっくんも日嗣さんとは仲がよさそうだったので私は一気に血の気が引いていく。

 もしかしたら、ろっくんが人を愛せないのは私だからかも知れない。過去の事件、両方共に関わる私をろっくんが無意識のうちに避けている場合だ。私は、全身の力が抜けてその場にへたりこむ。

 「ふられちゃったのかな」

 私は少し涙目になりながら上を向く。日嗣さんは綺麗な人で、とても優しい人。余裕の無い私なんかよりもろっくんに幸せに……。

 なぜブーツに履き替えて出たのだろう。それにろっくんのサバゲー用のリュックも丸々消えていた。そこから更に足跡は近くの木に続き、森へと続いていた。昼間、日嗣さんはヤマユリを必死にろっくんのまわりに置いていた。そして何か、思い詰めたように森の奥をずっと見つめていた。

 そして、この山はかつての「八ツ森市連続少女殺害事件」が起きた山小屋がある場所だ。そして、ここから一番近い事件現場で被害にあったのは、日嗣さん本人だと聞いた。

 私は、急いでテントの中に入ると、上着を羽織り、山用の備品が入る鞄を担ぐ。そして、無線のスイッチを入れてろっくんに呼びかける。一向に返事が無い。私は嫌な予感がして、荒川先生を揺り起こす。

 「なんだ?杉村?トイレか?」

 「聞いてください。石竹君と日嗣さんが山の森の中、しかも、昔の事件現場の山小屋に向かった可能性があります」

 「あいつら!」

 荒川先生が、涙目になりながら起きあがり、すぐに身支度をしてテントからでようとする。それを私が強引に力で引き留める。

 「杉村?」

 「夜の森、それも、手入れもされていない(正確には霊樹の森である場合伐採などが出来ない)森に素人が入れば二次被害を招きます。だから、先生は大事になった場合に備えて、いつでも救助を呼べるように待機していて下さい」

 「だが!」

 「私の勘違いなら、二人は夜の森で密会しているだけですから」

 私はそう言いながら、涙を流してしまう。今は万が一にもろっくんの命がかかっているのに、そちらである時の方が私にとってはショックらしい。私は、応答の無い無線機を荒川先生に渡す。私は、念を押して警告する。

 「間違っても、あなた達は森に入らないで下さい。私有地、霊樹の森には夜行性の野犬が俳諧し、人肉を求めてさまよい歩いていますから」

 「お前も危険だろ!」

 「私は大丈夫です。緑青君が死ぬ事の方が私は死ぬより怖いですから」

 私は少し重量のある鞄を背負い、ジャングルブーツを履くとそのまま森へと駆けだした。私の中の誰かが私に警告する。

 「女王蜂クイーンよ、その獣に身を委ねてはいけない」

 私を心配する私は、誰だっけ?


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