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ヴァンパイアハンターM

月明かりの差す森を歩く夜の女王とその従者。少年たちはその弾丸に願いを込めた。

 八ッ森キャンプ場から続く森は、人の手が行き届いているようで特に歩きにくいという事も無かった。


 日嗣姉さんの手に持つ小さな懐中電灯を頼りに、森の中を歩く。静まりかえった森の中、梟のなく声がその静けさを助長させている。


 「思ったよりも怖くないの」


 「そうですね。人の手が行き届いているので、木も適度に間引かれていますし」


 八ッ森に群生する木々は、昔から霊樹とされていて、伐採を禁じられているものもある。適度に間引くように木々が伐採されている事から、これらの木々が霊樹の類では無いと分かる。


 背の高い真っ直ぐな木の隙間から、月明かりが適度に地面を照らしているので懐中電灯もいらないような明るさだ。月明かりで出来た木の影を踏みつけて僕等は日嗣姉さんの目的地が書かれた地図を頼りに進む。その手を繋ぎながら。


 森の中を歩きだして、慣れてきたのか、自然と手に込められていた力も弱まっていた。


 でも、僕はある種の違和感を感じていた。


 あまりにも静かすぎるからだ。この夏の季節、蝉の一匹も見つからない。そして、生物の気配がほとんどしないのだ。


 「なんじゃ、想像しておったよりも、簡単じゃな」


 「そうですね。こんな装備を用意するまでも無かったですね」

 

 僕は暗闇でも辺りを見渡せるように、額に暗視ゴーグルをセットしている。今は、懐中電灯と月明かりのおかげで出番は無いが。


 コンパスの方角を確かめながら、日嗣姉さんが少し立ち止まる。

 そして辺りを見渡し、懐中電灯のライトを彷徨わせて、何かを見つける。


「ほれ」


 そこには、野生のヤマユリが群生したいた。


「あ、昼間、僕の為に摘んできてくれた百合ですよね」


「だ、誰が!」


 日嗣姉さんは、照れて顔を背けると、手を離して先を進んでしまった。暖かみを残した手の平が、森を吹き抜ける風で冷やされていくのが少し寂しかった。


 「このヤマユリが咲く地点から、北西に進むぞ。小さなアスレチックの遊技場があるはずじゃ」


 先を進む日嗣姉さんについて行く僕。手は繋いでいないので、僕の魂ごと離してしまった様な気がしなくもない。


 「あ、日嗣姉さん!」


 「なんじゃ?苗字よりも、尊お姉ちゃんと名前の方できちんと呼んで……ひつぎという名字は、棺みたいであまり好かぬ。ふむ、まぁ、今はMICOと呼ぶが良い」


 「み、MICOさん。迷わない様に、目印つけときますね」


 首を傾げる日嗣姉さん。


 山道を舐めてはいけない。少しでも道から外れればすぐに迷う。

 ましてやこの暗がりの中、普通歩く人間なんていない。


 僕は、鞄から、ナイフを取り出して近くの木に、傷をつける。


 「私もしたい!」


 するりと僕の手から、サバイバルナイフを奪うと、木の表皮に名前を刻む。


 深々と「MICO」と刻まれた木がなんだかかわいそうに思えた。


 「あの、これ、多分、あのキャンプ場の木だと思いますけど……」


 ナイフをその場に落とし「どうしよう?」と困った表情でこちらを見つめる日嗣姉さん。


「目撃者が僕しかいませんし、大丈夫ですよ」


「まさかお主!この私の弱みを握って、揺りをかけて、いいようにするつもりではないじゃろうな!」


「しませんよ。それに、いいようにって何ですか!」


「そ、それはその……金品を要求したり、か、体を……ごにょごにょ」


「?」


 僕は溜息をついて、鞄からペイント弾が装填されたサバゲー用の銃を取り出す。それを周囲の木々に向かってペイント弾を付着させる。


「これなら、木を傷付けずに済みますし、暗くてもすぐ見つけられます」


「おぉ、光っておる!夜光性のペイント弾じゃな。お主も天使と同じものを持ってきておったのじゃな」


「はい。僕等が山で遊ぶ時の標準装備の一つでしたからね」


日嗣姉さんが優しく笑う。


「いいのぉ。幼馴染というものは」


僕は「そんな事ないですよ」と遠慮がちに答えたが、杉村と佐藤が居なかったら、僕の生活はもっと荒んでいたと思う。その点では恵まれている。


「妾にも一丁渡してはくれぬか?」


 僕は鞄にあったもう一つの銃を渡す。

 こっちは、ピンク色に光るペイント弾を装填している、銀色の銃だ。


「フフフ、妾はヴァンパイアハンターMICO。夜の眷属どもよ、どこからでもかかって来るがよいぞ。この銀の弾がお主たちの脳天を貫いてくれようぞ」


本人にその気は無いが、偶然的にその口調と設定が中二病臭い気がしたが突っ込まないでおく。


「日嗣姉さんが、夜の女王みたいですけどね」


 喪服のワンピースを風になびかせながら、銃を構える日嗣姉さんこそヴァンパイヤぽかった。黒帽子に咲く一輪の百合が一際輝く。


「フフフ、お主、なかなかするどいの。バレては仕方ない」


 そう言うと、僕の前に立ち、首元に軽く噛みついてきた。


「ガブー!」


 首元がぞわぞわして、すぐに体を離そうとするが、なんだか力が抜けて動けない。まさか本物?


「これでお主も妾の従者じゃ。あ、ただし、童貞に限る。それ以外の者は不死のアンデットとなって、この辺をなんか適当に永遠に彷徨い続けるであろう」


 僕は強がってゾンビのフリをして、日嗣姉さんに襲いかかろうとする。


日嗣姉さんが青ざめた表情で後退(あとずさ)る。


「え!?何時の間に!天使と緑青君はそんな関係に?!いや、あの小さい方の幼馴染み、佐藤さん?それとも、まさか!あの吸血女、ランカスターと……」


 日嗣姉さんの銃口が、僕の額に向けられて何発ものペイント弾が撃ち込まれる。実弾では無いとはいえ、痛い。やめてください。


「この狼男ー!!」


 僕の顔は不気味にピンク色に発光して、本当にゾンビみたいになった。


「ふえーん、緑青君がいつの間にか大人になってたよー。私なんて今年二十歳なのに……」


僕はしばらく棒立ちになっていたが、溜息を一つついてから、日嗣姉さんの前に跪く。


 「なんなりのお申し付け下さい。主人(マスター)


 不機嫌になっていた日嗣姉さんの機嫌が解り易く治っていく。


 「フフフ、やはりそうであったか。よし、今日からお主は妾の従者じゃ。ついてくるのじゃ」


 機嫌を取り戻した日嗣姉さんが再び歩き出す。


 こんな調子で朝までに戻れるのかな?と思いつつも、日嗣姉さんに首を噛まれて、従者になった僕はその後ろをついていく。


 僕はとりあえず、顔についたピンクのペイント弾を拭いとった。


 日嗣姉さんが夜風に身震いしたので、僕は羽織っていたグレーのレインコートを日嗣姉さんにかけてあげた。


風を受けてはためくレインコートがマントの様に見えて、余計にヴァンパイアっぽくなった。


僕は友人を助ける為に、ハーフヴァンパイアになったあの児童書の物語を思い出す。その物語も、ほとんど悲劇まみれのような話だったが、最後には救いがあった。


僕等は救われるのだろうか。


そんな事を1人で考えていたら、日嗣姉さんがこちらを覗き込んでいた。


 「ありがとう。優しいね」


 不意の僕の対応に、普通の口調に戻ってしまう日嗣姉さん。こっちが素なのかな?そんな所もだんだんかわいく思えてきた僕は、日嗣姉さんに血を吸われ、従者となった憐れなハーフヴァンパイアなのかも知れない。


確か、あの児童書ではお互いの指先に傷をつけて血を分けるんだったかな?


 時折「そこ!」と言ってでたらめにペイント弾を発射する日嗣姉さん。この主人について行って大丈夫なのかな?ペイント弾の色を分けといてよかった。下手したら帰り道が分からなくなっていた。


 僕は、5m間隔毎に目印代りのペイント弾を木々に撃ち込んでいく。


 そのあと、アスレチック広場で10分ほど2人で遊んだ後、少し休憩を挟み、更に15分ぐらい歩く。


「ふぅ、久しぶりに体を動かしたぞ!」


「まさかこんなとこで、縄登りや雲梯をするとは思っていませんでした」


「うむ。雲梯をしている時に、緑青君にパンツを覗かれたのは誤算であったが、いい思い出になったぞ!」


「暗くて分かりませんでしたよ。それより、思い出って、ここに来るのが最期みたいじゃないですか……そんな、死ぬみたいな事、言わないで下さいよ」


「そうだね、けど、もし、万が一にも私が私じゃ無くなったとしても君は私の事……いや、やっぱりいいや」


日嗣姉さんが、言葉を無理矢理引っ込める。その言葉の意味を確かめようとした時、目の前を歩いていた日嗣姉さんの歩みが急に止まった。


 辺りを見渡すと、いつの間にか月明かりが弱くなっている事に気付く。


 「MICO姉さん?」


 僕の声に我に返ったように、こちらを向く日嗣姉さん。


 目の前の木々の手前には、黄色いロープが張られ「私有地につき侵入禁止」という赤い札が、まるで結界の様にずっと遠くまで僕等の道を塞ぐように張られていた。


 「ここからが本当のヴァンパイア物語の始まりじゃ」


 「私有地ですね。許可を得ないと不法侵入になりますから、明日の朝に……」


 日嗣姉さんは僕の言葉を聞き終わらない内に、張られていたロープを潜り、その先へと足を踏み入れた。


 僕は直感的に気付く。


 ここからは本物の野生の森が広がっているのだと。


 


 



石竹「ハリホタよりも、ダレンジャンが好きです」


(☆元ネタは、ダレン=シャンです。

同じ作者のデモナータも好きです。)

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