星空の下の珈琲
銀の少女は夜空を見上げ、緋の少女の涙を誘う。私も彼女も見守ってるよ?
八ツ森高原オートキャンプ場にて、僕等心理部メンバーは、アウトドアという非リア充には似合わないイベントの真っ最中だ。
食事を終え、寝間着に着替えた僕等は外のテーブルを囲んでいる。
卓の真ん中には、ランプの火が灯り、夜の闇から優しく僕等を浮かび上がらせている。
「佐藤珈琲、お待たせしました」
佐藤が、僕等に珈琲を配る。
銀のタンブラーに注がれた珈琲が揺れる度に、湯気が立ち登る。
僕等6人が各々、タンブラーを手にすると荒川先生が夜空を見上げながらそれを高く掲げる。
「非リア充共のリア充っぽい思い出と、星空に乾杯」
佐藤が、訳が分かりませんと突っ込みつつも僕ら6人は杯を高く掲げ、乾杯した。
日嗣姉さんが、ランプの灯を消すと、夜空の星の輝きが一層と際立つ。
星を眺めながら佐藤珈琲に口をつける。
さすが実家が喫茶店だけあって、珈琲の入れ方がうまい。珈琲の種類や味も分からない僕でも、この甘酸っぱいような香ばしい香りと仄かに感じる甘味に、心身共にリラックスしていく。
杉村は、猫舌なのかしきりにタンブラーにフーフーと息を吹きかけている。
このタイプのタンブラーは、保温性に優れているのでなかなか冷めないと思うが。
そこに、佐藤がやってきて、用意していた氷のブロックを数個、杉村のタンブラーに投下する。
杉村は笑顔で佐藤にお礼を言うと、嬉しそうにタンブラーに口をつける。
その光景を微笑ましく見守る荒川先生。この人のこんな表情は珍しい。穏やかな顔だ。
日嗣姉さんが、夜空を見上げながら呟く。
「知っておるか?お主達。人間は死んだらお星様になるのじゃ」
若草が、そんな訳無いだろうと突っ込みたそうにするがそれを止める荒川先生。そのまま日嗣姉さんの言葉の続きを待つ。
「だから寂しく無いのじゃ。この世を去った人がずっと生きている者を見守っていてくれている」
「そうだね」
と杉村が日嗣姉さんの肩に手をおく。
2人が見合って微笑み合う。
杉村は、確かプロテスタントだったような気がするから死生観は少し違うだろうけど、日嗣姉さんの考え方には同意したようだった。
「だから、妾はちっとも寂しくなんか無いのじゃ。安心しててね、お姉ちゃん……」
そう言って夜空を見上げた日嗣姉さんの目から自然と涙が流れる。星の輝きを反射させて輝く涙は、そこに星が生まれた様に煌めいていた。
佐藤がその言葉に反応して、優しく日嗣姉さんを軽く抱きしめる。
「私達も居ます。だから日嗣さんのお姉さんも妹さんの事は心配しないで下さい」
日嗣姉さんが、顔を赤くして「ありがとう、姉さん」と囁く。
それに驚いた顔をして、口を震わせる佐藤。
日嗣姉さんよりも顔をぐちゃぐちゃにして涙を流す。
なんだ?どうしてそんなに?
横を見ると杉村も目に涙を溜めている。しかし、その表情は厳しく何かに敵意を抱いているようだった。
荒川先生は、鼻をすすりながら、日嗣姉さんに声をかける。
「お前も、二学期は学校に顔をだせよ?」
それに日嗣姉さんは、寂しそうに「善処してみるよ」と小さく頷いた。
僕の予想では、本人が気付いて無いだけで、結構周りの人間からは慕われている。本人は占いが当るという利害関係が、星の教会の女神たらしめてると考えているようだが、それは日嗣姉さんの持つ、不思議なカリスマ性からくるものだと僕は思っている。
日嗣姉さんの喪服が風にはためく。その光景はまるで、星になった日嗣姉さんの姉が答えているようだった。
……そうか、日嗣姉さんが常に喪服を着用しているのは、星の教会の女神様だからでも、占い師だからでも、黒衣の亡霊だからでも無い。きっと、星になったお姉さんの為にずっと喪に服しているからなんだ。
天上に広がる満点の星空。あの光一つ一つが亡くなった人の輝きなのだとしたら、僕等も挫けず、前に進めるかも知れない。
そんな気持ちで星を眺めると、その中の小さいが一際輝きを放つ紅い星が、その気持ちに反応したように震えた様な気がした。
僕も誰かに見守られているのだろうか。




