たこ焼き焼けた
青の少年は水に全てを委ね、黄金の少女に頭を垂れる。う、浮気はダメだよ!?
たこ焼きを顔面に「いただきます」した僕は、シャワーを頭から浴びる。昏倒している間に搔いた汗と一緒に、ソースの匂いは流れていく。
「佐藤・・・・・・怒って、いや、泣いてたな」
佐藤が表情も変えずに涙を流す場面が頭に浮かぶ。
どうして涙を流したのだろう。いつもなら、ああいうシチュエーションに遭遇すると、潔癖な佐藤は怒って僕を殴りにくるのだが。
ふと、テント内での日嗣姉さんとのやりとりを思い出す。自分の心臓が妙に高鳴り、全身の細胞から力が吸い取られていくような感覚に襲われる。日嗣姉さんは、なんで僕にあんな事を?
その思考を途中で遮る様に僕はシャワーの栓を閉め、早々とシャワールームを出る。これ以上、一人で考えても答えなんて出ないからだ。
僕らのテントに戻ろうとすると、自分の着替えが無くなって、杉村からミリタリーチックな装いを借りたであろう日嗣姉さんが、洗面器を抱えて歩いている姿が見えた。
少し小恥ずかしくなった僕は、気付かれないように足音を消して歩く。
「うおっ!そこっ!」
まるでニュータイプの様に僕に気付いて振り向く日嗣姉さん。
僕らは刻が止まったように視線を交差させ、精神感応をする前に、足早に日嗣姉さんは駆けていってしまった。
後ろからでも解るぐらい、白い耳を赤くさせてとことこと小走りに去っていく。
僕は一つだけ、気がかりがあった。
彼女は「これが最期のチャンスかも知れぬ」と言っていた事だ。
どういう意味なんだろう。
何かとても大事なメッセージの様な気がする。
心理部メンバーと仮顧問の荒川先生が食卓を囲むテーブルに僕も顔を出す。
「よぉ、緑青。目が覚めたか?」
僕は「すっかり元気になった」と若草に返事をする。
佐藤に目線を合わせると、視線を避けるように顔を赤くして、お好み焼きに箸をつける。佐藤はお好み焼きを出汁で食べているようだ。
若草はテントでの事を知らないらしく、変わらない調子で僕にお好み焼きのトッピングを聞いてくる。オススメは豚とチーズと餅らしい。
普段、あまり食べないのでそのチョイスがいいのかは解らない。
田宮稲穂がよく作ってくれる「おでん」ならよく解るのだけど。
若草が豚バラを鉄板に乗せると、何とも言えない脂身が焼ける香ばしい匂いが辺りに広がる。
その香ばしい匂いに反応して周りの利用者がこちらに顔を向ける。
そして杉村蜂蜜の美貌に気付くと全員がはっと息を飲む。
俯き気味の杉村はその視線に居心地の悪さを感じつつ、ちびちびと慣れないお好み焼きを租借している。その姿でさえ絵になるのはさすが美少女パワーのおかげだろう。淡い黄金の髪が風に揺らぐ。カップルの利用者にとって、僕らの集まりは非常に危険だ。ソースの匂いに誘われて顔を向けると、杉村の美しさに目を奪われるシステムは男女に破綻を招く。
「尊さんはどんなトッピンッグにするんだ?」
若草が繕わ無い笑顔で日嗣姉さんに注文をとる。僕が気を失っている間に仲良くなったようだ。よかった。
「うむ。妾は昔、屋台で食べたイカ焼きがおいしかったぞ。なので、シーフードっぽく頼むぞ!」
「了解!」と、手際よく若草が生地の中に、千切りにしたキャベツと卵を割り入れて、馴れた手つきでかき混ぜる。
鉄板には、豚バラと小さめに刻んだイカとエビが踊るように跳ねている。
誰かが僕の背中を叩く。
蜂蜜の様な甘い香りが広がったので、恐らく杉村だろう。
「ろっくん、もう平気?」
「ありがとう杉村。僕ならもう大丈夫」
「あとね・・・・・・あ、あ、ありがと!」
杉村が自分の額に軽く指をあてて顔を赤くしている。あ、そうか、僕は意識を失う寸前で踏ん張って額に口づけをしたのだ。
「い、いいよ。今はこれぐらいしか出来なくて、ごめ・・・・・・」
「今はっ!!!!」
杉村が大きな声を上げて、手元の紙皿を地面に落としてしまう。
なんでだ?
「今はって事は!」
あ、そうか。思いがけず恋人同士が通るであろう道を予約してしまったようなものなのか。
「はーい、杉村さん、一丁追加ね」
「あ、ごめん。若草くん」
「気にすんな。今のは緑青が悪い」
「うん」
「僕が悪いのかよっ!」
「あぁ、お前が悪い」
と荒川先生までもが、僕を理不尽に責める。すっかりお酒が入っていい感じのようだ。
笑う心理部メンバーの中で、佐藤と日嗣姉さんだけは顔を伏せている。
杉村がそれを不自然に思ったのか、日嗣姉さんと佐藤に視線を送り、僕に確認をとる。
「日嗣さんと何かあって、佐藤さんが何かしたの?」
鋭すぎるだろ!何その超洞察力と推理力。探偵になれるよ。
あ、でもそうか、車内での出来事といい、杉村の「超」能力は僕を主軸に発動されるようなので結局無理なのか。
杉村はテント内での出来事を佐藤から聞いていないらしい。日嗣姉さんも口外してはいないようだ。
僕らが唇を重ねようとした事を。
僕は、あの時、意識が朦朧としていたけど、確かに自分の意志で日嗣姉さんの気持ちに答えようと・・・・・・。
杉村が視線を戻し、僕の瞳をのぞき込む。
「ろっくん、浮気は、許さないよ!」
「すいません」
とりあえず僕は謝罪しました。
たこ焼きはとっくに焼けてて
今はお好み焼きを焼いてた。
名探偵 杉村蜂蜜
「ろっくん関連の事件ならまるっと解決してみます!」